PMF(Product Market Fit)とは、顧客がお金を支払ってでも使いたいと思うような、マーケットに支持されるプロダクトができていることですが、起業してPMFを達成するのは狭き門だといいます。

実は奥深いPMFについて、VCとして数々のスタートアップに伴走し投資してきたグロービス・キャピタル・パートナーズ パートナーの湯浅エムレ氏に成功事例を交えながら解説してもらいます(聞き手・文=吉峰史佳)

 

PMFが使われるコンテクスト

-最初にPMFの簡単な定義と、どういう状況で使われるのかということをお聞きしたいと思います。

 

湯浅:PMF(Product Market Fit)とは、ざっくり言うと自社のプロダクトが顧客に支持されている(深く刺さっている)状態のことをいいます。起業したら、誰の、どのペインを解決するかを決め、次にそのペインを解決するためのプロダクトをつくります。ここで顧客がお金を払ってでも使いたい、いつまでも使い続けたいと思うような、顧客に深く刺さっているプロダクトができることをPMFといいます。

 

僕はPMFを要素分解して、①ターゲットユーザーが明確、②プロダクトになっている、③必須になっている、④収益化できる、の4つを満たすことだと定義していますが、これの詳細は後ほど説明します。

 

PMFという言葉をよく使うのは、スタートアップに投資をしているVCやスタートアップ経営者など、経営に関わる人たちです。ユーザーにとってはあまり関係がない話ですね。

 

-スタートアップは資金ショートとの戦いだと聞きます。資金ショートしないように資金調達をしていくわけですが、投資を受けるのにPMFはどれくらい効いてくるのでしょうか。

 

湯浅:「プレPMF」と「ポストPMF」では全然違います。PMFしていたら資金調達の可能性は格段に高まりますが、PMFを達成するのは、本当に難しい。それこそYコンビネーター(アメリカのアクセラレータプログラム)に参加するような有望なスタートアップでも、7~8割はPMFを達成できないと聞きます。数年かかっても達成できないこともざらで、途中でキャッシュアウトしてしまうとそこまでとなります。

 

-先のお話だと、まずペインを特定して、次にプロダクトをつくるということですよね。顧客のペインを特定したら、自然とプロダクトができるのでは…?と考えてしまったのですが、プロダクトづくりの難しさとはどのようなものなのでしょうか。

 

湯浅:ペイン自体は、日々の生活を通して発見もできますし、業界に詳しい人ならしっかり見つけられると思います。そのペインの解決が実現不可能なものだったり、ペインを解決するための要件定義まで解像度を上げられないということはありますが、BtoBでもBtoCでも、着想は割と得やすいんです。

 

一方、そのペインを解決できるプロダクトとなると、ビジネスとして成立させるために、お金を払ってもらうに値するプロダクトを作り込むのが難しいんです。これまでに全くないものもありますが、大抵は既存の置き換えです。その場合、既存より桁違いで良いものでないと、スイッチしてお金を払ってでも使いたいとユーザーはならないんです。

 

-なるほど。解決したいペインはあるのに歯がゆいですね。

 

湯浅:そうですね。ここが結構面白いところで、実際にはペインとプロダクトを行ったり来たりしている感じがあります。

 

我々が2016年にシリーズAで投資したスマートロック「Akerun」を提供しているフォトシンス社を例に話していきますと、創業した2014年時点で彼らが解決したかったのは、「物理的な鍵を持ち歩くのは面倒だ」というペインです。そこでtoC向けに後付け可能なスマートロックを開発しましたが、一言でいうとなかなかPMFしませんでした。顧客からすると「あったらいいな」程度で、お金を支払うまでではなかったのでしょう。

 

約2年試行錯誤して、中小オフィス向けのほうにチャンスがあると彼らは気づいたんです。オフィスのほうが使用する人数が多いし、セキュリティにも敏感で、お金を払う余地もある。社員に鍵を持たせると紛失リスクやコピーをつくられるリスクもある。それをデジタルで全部管理できるようにしたら、中小企業にすごく刺さり始めて、事業はぐんぐんと伸びて、2021年に上場するに至りました。

 

-PMFするために、個人のペインから中小企業のペインの解決へと、解決したいペインも変わるということがあるんですね。

 

湯浅:変わるものと変わらないものがあります。「Akerun」で最終的に実現したい「キーレス社会(鍵の無い社会)」というビジョンは創業時から変わっていません。ただ、その実現にあたっては、toCよりtoBから着手したほうがいいということに気づき、最初のターゲットやプロダクトの方針は変わりました。

 

このような事業転換を「ピボット」といいますが、ほとんどのスタートアップがピボットします。最終的なビジョンは同じでも、入口でつくるプロダクトや、ペインは変わり得ますし、むしろ変わるほうが普通です。

 

PMFしたのか、していないのか。判断する4つのポイント

湯浅:じゃあ、結局何がPMFなの?と考えたとき、最初に紹介した次の4つ①ターゲットユーザー、②プロダクト、③必須、④収益化できる、を満たしていることだと考えています。

 

①ターゲットユーザー

まず、ターゲットユーザーが明確になっていること。「Akerun」の例を続けると社員数500名以下の中小企業で、セキュリティが強固でないビルに入居しており、物理的な鍵を使って多くの社員や業者がそのオフィスに入退出している。ターゲットは具体的であればあるほど、刺さるプロダクトをつくることができます。

 

②プロダクト

顧客のペインを解決する「プロダクト」がある状態になっていること。ここでマニアックですが、「機能」と「プロダクト」という概念を紹介します。前者は既存のものの改善ツールのようなもので、後者は既存のやり方そのものを変えてしまうもの、という違いがあります。Instagramに投稿しやすくなるアプリがあったら、それは機能です。でも次のInstagramをつくろうとしたら、プロダクトです。

 

③必須

今使っているユーザーにとって、そのプロダクトが「なくてはならないもの」になっているということです。もうそれ無しでは業務ができない、毎日のように使っている状態になっている、などです。リテンションレート(継続率)やアクティブレート(使用頻度・量)などの定量で計測することができます。

 

④収益化できる

最後は、収益化の道筋が見えているということです。現時点で収益化している必要性はありません。例えば、メルカリは初期は手数料を取らずに、無料でユーザーと流通を増やすことに集中しましたが、いずれ手数料を徴収すれば収益化できるのは予想できました。特にtoCのプロダクトは無料から入ることも多いです。なので「収益化している」ではなくて、「収益化できる」と表現しています。

 

この4つが備わっているとPMFしているというふうに言っていいんじゃないかと思います。反対に、どれかが欠けていると、まだもっとやれることがあるという感じがします。

 

-この4つは非常にわかりやすいのですが、渦中にいると、どれができてどれができていないのかわからなくなりそうです。そういう場合、起業家はどうするのでしょうか。

 

湯浅:ひとつは我々VCのような外部の人と壁打ちディスカッションをするのは手だと思います。ディスカッションを通して、「たしかにこのカテゴリの顧客に刺さっている、ここがターゲットかもしれない」と起業家のなかで整理されていくかもしれません。

 

客観的な指標を挙げますと、一番いいのはチャーンレート(解約率)、リテンションレート(継続率)です。他にもNPS*や顧客満足度を測ることもできます。継続率から、プロダクトの改善点がわかりますが、注意しなければならないのは、表面を見てしまい実態を読み誤ることもあるということです。

 

NPS*:Net Promoter Score(ネットプロモータースコア)の略。顧客ロイヤリティや顧客がサービスや商品を継続して利用する意向があるかどうかを測る指標。

 

例えば、toBの1年契約で1年間は解約されないので安心していたら、その間に実は実際のユーザーが当初100人から30人、20人と減っていっていた、とか、20代がターゲットで、そこにはすごく刺さっているけど、30代40代も入れて押しなべて算出してしまって、全体でみると悪い数字に見えてしまう、とか。このあたりを見誤るとプロダクトの磨き込みの方向を間違います。そうならないためにも、4つの要素を全て満たすことが重要です。ですが初期は誰がターゲットになるのかがわからなかったり、プロダクトそのものも未熟だったりするので、仮説を立てながら、徐々に改善していくことになります。

 

PMF(Product Market Fit)とは、マーケットに支持されるプロダクトができていることですが、起業してPMFを達成するのは狭き門です。前編ではPMFの定義について、後編では成功確率をあげるためのヒントを、VCとして数々のスタートアップに伴走し投資してきたグロービス・キャピタル・パートナーズ パートナーの湯浅エムレ氏に解説してもらいます。

 

PMFを達成するための必勝法はなし

―PMFの定義がわかったところで、次はPMFを達成していくステップを教えてください。

 

湯浅:これがわかれば、より多くの人がPMFを達成できると思うんですけど、そんなに甘くないというのが今までの僕の経験の中での認識です。近道はないし、正攻法もあまりないと思っています。数カ月で見つけられるかもしれないし、数年かかるかもしれないし、見つからないまま終わるかもしれない。見つからないことも頻繁に起こりうるっていうのが実態だと思います。

 

じゃあ、その中で何ができるかというと、ターゲットユーザーに向き合い続けて、そのペインを解決するプロダクトをひたすら磨き続けるPDCAサイクルを回す。実は、それ以外に、あまりやれることはないんじゃないかと思います。

 

―厳しい世界ですね。そういうなかでも何かヒントになるようなよく使われる手法などはありますか。

 

湯浅:よくやるのは、膨大なインタビューですね。数百人に話を聞くと朧気ながら「こういう傾向の人はこういうペインあるな」という仮説が立てられます。そこに対してプロダクトをつくって当ててみる。そこで刺さらなくて、次の仮説を立ててプロダクトをつくってまた当ててみる。また刺さらなくて次の仮説へ…という、結局はPDCAの繰り返しになってしまいますが。

 

いつPMFを達成できるか予想できないので、長く挑戦し続けられる状態をつくる必要があります。その状態をつくるには3つの要素があります。

 

1つ目は、自分がその領域に情熱を持っていること。数年かけても見つからないかもしれないという、成果がでる確約がないものに対して取り組み続けられるだけの熱意を持てること。

 

2つ目は、高速でPDCAを回していくチーム体制があること。プロダクトをつくって、ターゲットユーザーに当ててみるというサイクルが速ければ速いほど沢山挑戦できるので、そこを速く回せたほうがいいですね。

 

最後の3つ目は資金です。ランウェイ(会社が生き残っていられる期間)をいかに長くするか。毎月のバーンレート(キャッシュアウトするスピード)を下げて、打席に立てる回数を増やすことが重要です。例えばシードで3,000万円調達して、毎月300万バーンしていると10ヶ月しか持ちませんが、毎月100万のバーンだと30ヶ月持ちます。当然30ヶ月挑戦したほうがPMFを見つけられる可能性は高まります。

 

PMFに終わりなし?

-聞いているだけで胃が痛くなってくる話ですね。それだけ苦労してPMFして、資金調達もして軌道に乗っているように見える起業家でも、「PMFしたとは思っていない」とか「PMFはまだまだ続く」とおっしゃる方もいます。2つ質問がありまして、PMFするのは、スタートアップの事業ステージでいうとどの段階なのでしょうか。もう1つは、PMFが続くというのは、どういう意味なのでしょうか。

 

湯浅:事業ステージは、人によって分け方が全然違うので、あくまで僕の場合になりますが、ざっくり「シード」「アーリー」「ミドル」「レイター」の4つに分けています。PMFするまでがシード。PMFしてからある程度事業化していくまでがアーリー。そこから、もしかしたら複数市場とか複数プロダクトを立ち上げるところがミドルで、最後上場に向けてまた別の一手を打っていくところをレイターとしています。

―そうすると、PMFするのは起業の本当の入り口なんですね。PMFが続くというのは、シード期の中でずっと続くということでしょうか。

 

湯浅:いえ、会社全体としては先ほど挙げた事業ステージで進んでいきますが、プロダクトはどのステージであろうが常に進化させ続けます。プロダクト開発に終わりはなく、アーリー、ミドルと事業ステージが進んでも、常にプロダクトを進化させ続けることになります。

 

もっと言うと、プロダクトが進化し続けるということは、スタートアップは永遠にPMFを探り続けるということです。進化の方向は大きく2軸あって、1つはターゲットを拡大してマーケットを伸ばすこと。もう1つはプロダクトの価値を高めていくことです。

 

最初に絞り込んだターゲットから、市場規模を拡大するためにターゲットの幅を広げます。すると初期のターゲットセグメントとは微妙に異なるセグメントが入ってくるので、新たなセグメントに対してしっかりPMFさせる必要があります。

最初のターゲットは、具体的に絞りこんだほうがいいとお話しましたが、その理由はこのメッシュが細かいほうが、痒い所に手が届く、刺さるプロダクトになるからです。そのトレードオフで、他のセグメントに刺ささらないこともあります。蓋を開けてみたら、セグメントを広げられなくてマーケットが非常に狭く、事業としての伸びしろが期待できないということもあります。

 

我々VCがシリーズA(PMFしてからの最初の資金調達)で、スタートアップに投資をする時に重視するのがこの点で、PMFしたこのプロダクトでどこまでマーケットを取りにいけるのかを議論します。

 

もう1つのプロダクト価値の軸でいうと、提供価値を追加してプロダクトの価値を常に上げ続けます。例えば、初期のInstagramは、写真をアップロードして共有できる機能だけでしたが、途中から高度なフィルター加工や、ハッシュタグ機能が追加されて、ユーザーも爆発的に増えていきました。

(法人向けスマートロックの)Akerunの例でいえば、最もシンプルな「社員がキーレスでオフィスに入退室できる」提供価値から、将来的にはオフィスの使用状況からオフィスの最適なスペースの算出やレイアウト提案もできる方向に進化するかもしれません。新たな価値を付加できると、単価を上げられ、収益性が更に高まります。

 

こうやって顧客に刺さるプロダクトをつくり続けるという意味でPMFには終わりがありません。

 

―その挑戦をやり続けるスタートアップ経営者は素晴らしいですね。

 

湯浅:そうなんですよね。前人未踏の挑戦をしながら、社員を雇用して責任を負ってやっていくので、本当に尊い存在と想いますし、とてもリスペクトしています。

 

-ありがとうございます。

 

 

(執筆:湯浅 エムレ 秀和)

 

 

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【著者プロフィール】

グロービス経営大学院

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ヒト・モノ・カネをはじめ、テクノベートや経営・マネジメントなど、グロービスの現役・実務家教員がグロービス知見録に執筆したコンテンツを中心にお届けします。

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Photo by:Toa Heftiba