インド映画はもはや、それだけでひとつのジャンルだ。
だいたい長尺。そして、いきなり歌って踊り出す。
先日、宇宙開発についての解説記事を書くためにいろいろ調べ物をしていたら、ひとつのインド映画が検索にヒットしてきた。
インドが2014年に打ち上げた火星探査機「マンガルヤーン」の開発をモチーフにした映画である。
この「マンガルヤーン」、実は人類の火星探査の歴史的にはスゴい、というかかなりスゴい存在なのだが、そこはさすがにインド映画。
最近の日本の世の中の、なんだかんだの閉塞感に引っ張られていた自分の心が少し晴れた。
火星探査機「マンガルヤーン」と映画「ミッション・マンガル」
いま、世界の宇宙開発の最大の目玉は火星探査である。
そしてマンガルヤーンは、アジアではじめて火星の周回軌道に到達するという偉業を成し遂げた探査機なのだ。
マンガルヤーンの凄さはそれだけにとどまらない。
国として初の火星探査機打ち上げを一発で成功させたというのもそうだが、予算面でもスゴい。
総予算は45億ルピー=約7400万ドル、だいたい80億円くらいと報じられている。
「ハリウッドの宇宙映画より安い」。
当時のモティ首相が高らかにそう述べたシーンが、映画では再現されている。
ハリウッド映画「グラビティ」の予算は1億ドル。
ロイターによれば、同時期に火星の周回軌道に入ったNASAの無人探査機「メイブン」は6億7100万ドル、欧州宇宙機関(ESA)が2003年に実施した火星探査事業の当初予算は約2億ドルだったという。
インド、やるやん。
さて、これをモチーフにした映画「ミッション・マンガル」。
見る前から意表をつかれた。
この映画、2時間しかないのである。
いやいやインド映画といえば3時間がデフォだろう、今回はドキュメンタリー調だから事情が違うのか?
まあ、とりあえず見てみようではないか。
誰だって腐りそうな幕開け
ストーリーは、ロケット打ち上げの失敗シーンから始まる。
その責任者だったラケーシュとタラは「火星探査」という、表向きは夢がありつつも無謀なプロジェクトに異動させられる。
パワハラのようなものだ。
実際、当時のインドではそんなことは不可能だと考えられていた。
しかし、母は強し、か。
タラは家庭料理や節約法をヒントに、低予算での火星探査の可能性を見出していく。
とはいえ、誰もがそっぽを向くようなプロジェクトに集められたスタッフは、経験が浅い上にモチベーションも低い。
引退間際なのに何という閑職を与えられたもんだ、と嘆く熟練エンジニアもいた。
何を思いついて何をお上に提案しても、返ってくる答えは「そんな予算はない」だ。
そりゃあ、誰だって腐るだろう。
映画「ミッション・マンガル」はそこからの逆転サクセスストーリーである。
そして、ドキュメンタリーでもあるのだ。
しかし名言が多すぎた
このプロジェクトには「異例」がたくさんある。
まず、火星だからといって、それ専用の新しいロケットを開発する費用はない。
それならば従来型の「PSLV」を使えばいい、とタラは言い出すが、ことはそう簡単ではない。
月探査なんかよりもはるか遠い場所に探査機を到達させなければならないのだ。
普通に考えれば燃料がまず重量オーバー、搭載したい機器がサイズオーバー、そのような議論がことごとくスタッフの心を折っていく。
しかし実際、マンガルヤーンはこのPSLVで打ち上げられたのである。
「常識を覆す」それがこの映画の最大のメッセージである。
さて、それ以上のストーリーの詳細は本編に任せるとして、この映画のどんなシーン、言葉たちにわたしが吸い寄せられたのか、サクッと並べていきたい。
「あなたの科学者としての誕生日はいつ?」
この映画の盛り上がりシーンのひとつだ。
家庭での出来事をきっかけに、ある日タラは、バースデーケーキと部屋飾りを準備してスタッフの出勤を迎える。
そして「誰かの誕生日か?」といぶかるスタッフにこの言葉を放ち、モチベーションのないスタッフの心をまとめてみせたのである。
というのは、タラの夫は若い頃に描いたダンサーの夢破れ、家庭で子供の教育に執着し子供たちからも面倒くさがられている人物、として描かれている。
タラ自身は、子供の頃「スター・ウォーズ」を見た日に科学者になろうと決めたと明かす。
そして、「みんなにも科学者としての心が生まれた日があるはずでしょう?」と語る。
「子供はみな夢を抱く。でも、かなえる人は何人いる?夢をかなえた私たちは幸運だわ。でも忘れてしまう。日々の生活に追われ、定時で帰ることが夢になってしまう。
でも皆は選ぶことができる。懐かしいと夢を振り返る人生か、夢を見つけた日を思い出し、夢を精一杯生きる人生か」。
だいぶ泣いた。
正直、わたし自身には「子供のころに強烈に抱いた夢」というのはなくて、
いや、あったのだけれど常に移ろっていた。
強いて言えば最初の夢は「ピアノの先生」だったのだけれど、
音大になんて通わせられるほどの経済力がある家庭ではなかったので、現実に目覚めるのが早すぎたのかもしれない。
でも考えてみれば、その起源を大人になって思い出し、いま自分は音楽に舞い戻ってきたのだから、「三つ子の魂なんとやら」とはよく言ったものだ。
それはさておき。
このくだりの直後にインド映画お決まりの歌い踊りが始まった。やられた。
作り手はよ〜くわかってやがる。
1.「思いついたぞ、プロジェクトの名前は『MOM』だ!」
妊娠を理由にあわよくばプロジェクトを抜けようとした女性スタッフへの、責任者ラケーシュの言葉である。
その人生をひっくるめてまでスタッフを受け入れている言葉だ。
「妊婦だからって重大ミッションに携わる機会を奪う道理はない」。
打ち上げ成功後、熟練エンジニアが「このプロジェクト名が『DAD』だったら失敗してたかもな!」と笑うシーンもある。
2.「いま『不可能』と言ったよな?君はこのプロジェクトにいるべきじゃない!今すぐ出ていけ!」
決してパワハラではない。タラがスタッフをまとめ、全員の士気が高まった後のことである。
その上で必死に計算をしたが、「この燃料の量では不可能です!」とあるメンバーが言ったのである。
それに対し、責任者ラケーシュが怒鳴ったというシーンだ。
しかし「言霊」の重みはある、ということを筆者は思い出した。
この後、担当者は夜通し図面と向き合い、解決策をひらめいて翌朝颯爽と出勤する。
「適切な燃料噴射は脳にも効くようだ」。
怒鳴った後のラケーシュはそう漏らす。
そう、彼は無理難題だとわかったうえで厳しい言葉を吐き、結果としてメンバーを新たな発想のステージに導いたのである。
3.「女性は、夕食の残りを翌朝の朝食に使います」
火星プロジェクトが予算オーバーしつつある時、宇宙庁総裁は「優先順位を考えろ」とラケーシュに言う。
しかしこの頃時を同じくして、技術的な理由から月プロジェクトが中断されていた。
そのことをタラは指摘し、「中断しているプロジェクトの予算を使うべき」と主張する。
確かにその通りだ。
優先順位とは何か?
国家プロジェクトとしては「月」が優先だった。
しかし、目の前を見たときの優先順位とは何なのか?
いつ再開できるかわからない月プロジェクトよりも、現在進行している火星プロジェクトである。
これに総裁は了承する。
月プロジェクトという晩餐は一度終了しているのだ。しかし食材は残っている。
その残り物は、目の前のプロジェクトに使うのが優先順位というものだろう?というロジックだ。
インド映画のメンタリティ
この映画には他にも、気の利いたセリフが随所に散りばめられている。
それは本編に任せるとして、
宇宙開発モノの映画ってのはやっぱり、スケールが違って夢があるよなあと思い、その後「はやぶさ」を扱った日本映画を観たのだが、どうにもフィットしない。
なんだか、失礼を覚悟で言えば、いちいち「辛気臭い」のだ。
もちろん、ボロボロになりながら帰還した「はやぶさ」は、自らは大気圏で燃え尽きて姿を消しながらも、カプセルをきちんと地球上に届けて見せた。
感動するストーリーであることは間違いない。
帰還直前に、
「はやぶさくんに、最後に地球の姿を見せてあげましょう」。
と、はやぶさに逆方向を振り返らせ、地球の写真を撮らせる。
ブレブレの、画角にかろうじて青い球体を捉えた写真。
それを受け取った関係者が涙する。それもわかる。
わたしたちからすれば想像を絶する苦労のもとに生まれた探査機は、そりゃあ科学者にとっては子供のような存在で、「ミッション・マンガル」でもマンガルヤーンはそのように描写される。
しかし「ミッション・マンガル」の場合。
感動シーンにこちらが浸ろうとしている時に、例の調子で歌と踊りが始まるのである。
そして苦難にぶち当たった時の関係者の言葉が、いちいちポジティブで軽快なのだ。
この「軽さ」って、日本人に足りてないんじゃないだろうか。
苦労話を描くのに、わざわざ難病を持つ人を引っ張ってきたりする。
それ、本当に必要ですかね?
「うわ、かっる!」
日本社会ってなんだか、そうやって「その場のノリ」を軽視する、いや、蔑む風潮がある気がしている。
いや、ノリでことが決まって何が悪い?
起きる前の出来事についていちいち重く捉えていたら、そりゃあメンタル持たないわ。
「自分より苦労している人がいるのだから、自分は頑張らないと」。
はやぶさを扱ったある映画はそんなストーリーだった。
いやいや、そういう他人がいないと頑張れないのか?
それって他力本願だよね。
火星に行ったら人間は軽くなる?
以上、好き放題述べてしまった。
最後に、「ミッション・マンガル」にあった、個人的に耳の痛いセリフをご紹介する。
「火星に行ったら、あなたは軽くなる?」
「イエス!」と言いたい。
しかし、よく考えれば、残念ながら答えはノーなのだ・・・
と気づくのが理系脳というやつだろうか。
体感が変わるだけで、体重は変わらないのだ。
身長に見合わない体重になってしまった今の自分、人間という生命体としては健康的ではないだろう・・・
運動せねば。
実に勉強になった。
そんなトンチを挟んでくるこの映画にまた一本取られた。
たぶん、この映画、個人的にはむちゃくちゃリピートするだろう。
喜怒哀楽すべての材料として。
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【プロフィール】
著者:清水 沙矢香
北九州市出身。京都大学理学部卒業後、TBSでおもに報道記者として社会部・経済部で勤務、その後フリー。
かたわらでサックスプレイヤー。バンドや自ら率いるユニット、ソロなどで活動。ほかには酒と横浜DeNAベイスターズが好き。
Twitter:@M6Sayaka
Facebook:https://www.facebook.com/shimizu.sayaka/
Photo:Tim Mossholder