……童貞を救おうと考えることは、そのやり方によって効果が異なる。

童貞であることを恥じるな、童貞差別と戦おうなどと言われても、童貞はまったく救われない。むしろ、「ソープへ行け」の一言のほうが、遥かに童貞を救うだろう。

その童貞はソープへ行く度胸はないかもしれず、セックスは好きな女としたいと思っているかもしれないが、そう言われれば、童貞であることは自分の責任であると意識することができ、近代的な恋愛幻想に捉えられていたり、買春を悪とするフェミニストに媚びていたりする自分がいけないのだと思えるからである。
しかし、では童貞がソープランドへ行けば誰でもそうでなくなれるかといえば、それも疑問である。初めてのセックスの試みは、恋人相手でも緊張してうまくいかないことが多い。いわんやソープランドにおいてをやである。

しかもソープは値も張るから、一度失敗した男が、また挑戦する気になるかどうか疑問であり、かつ、再挑戦するほどに肝の太い男であれば、童貞であることに悩むまで童貞でいたりはしないだろう。
『童貞放浪記』P.7

童貞放浪記

童貞放浪記

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小谷野敦の『童貞放浪記』という本を読んだ。おれも童貞について語りたくなった。かつて童貞だったあのころの自分について語りたくなった。そんなものはすぐ書けるだろうと思った。思いながら、ひどく時間がかかった。

 

ひとつには、「自分が童貞だったあのころ」が、自分が思っていたよりもはるか昔になってしまっていることがある。もうひとつは、結果的に幸福とは言えなかった中学・高校生時代について思い返さなければいけないということだ。これは少し書きにくい。

だが、同じ小谷野敦の『私小説のすすめ』という本を読んでいたら(このごろなぜか小谷野敦を読んでいて、「とちおとめのババロア」にはおどろいた)、このような一節があった。

『蒲団』以降のものは、情けない失恋話だからいいのであって、私小説の醍醐味は、苦しみや切なさもさることながらこの「情けなさ」にあると私は思っている。モーパッサンはそれを「皮剥ぎの苦痛」と言っているが、それがまさに、私小説を書き、読むことの喜びと苦しみであり、それは表裏一体なのである。

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『童貞放浪記』には表題作のほかに収録されている「ミゼラブル・ハイスクール一九七八」という作品がある。著者が高校時代を描いた私小説だ。いじめられ、孤立し、人間関係に苦しむ。これは「皮剥ぎ」なのだろうと思った。これを書くのはすごいことだと思った。

 

それに比べたら、自分が書こうとしているものなどたいしたことではないと思った。なので、いくらか追憶を書く。

 

 

童貞について語る前に

童貞について語りたい。その前に前提を述べておいたほうがいいだろう。これは小説ではない。

おれは三十年前に、南関東の中高一貫の男子校に通っていた。当時の中高一貫私立男子校で、神奈川県下最低の偏差値だった。私学一貫校に行こうという意志や家庭環境にありつつも、「しょせんはおれたち逗開だしな」というだらけた雰囲気が漂っていた。

 

そしておれは、男子校に通っていた一時期の特殊な感情を除けば、ほとんどヘテロセクシャル男性だ(これについてはあらためて述べることがあるだろうか?)。

男子校の閉じたホモソーシャルな関係性のなかで、ミソジニーに繋がる発想も出てくる。今ならそんな話にもなる。おれの中高生時分にはそんな意識はなかった。いずれにせよ、おれは自分の記憶を語るだけなので、開示したこの前提を認識しておいてほしい。おれの前提、時代の前提。

 

思春期の焦燥感

「童貞」というのはそもそも思春期の男子中高生をひどく悩ませるものではないかと思う。「そうでもなかった」という人もいるだろう。だが、おれはとても「童貞」にヒリヒリする思いを抱くタイプだった。

そもそも、おれが私学に進みたかったのは、公立小学校で浮いた存在で、いじめられていたからという理由もあった。しかし、それと同時に、女子に値踏みされるというと言いすぎだろうが、やはり小学生なりの男女の「モテ」というものがあって、学年でいちばんのチビだったおれはそこから逃げたかった。だから男子校だけを狙った。

 

逆にいえば、それだけ女子を意識していたということでもある。おれは小さなころからえらくすけべな子供だった。だが、この身長ではモテない、という事実から逃げたかったのだ。

結局おれは、中高で男子校に行ったのが正解だったのかどうかわからない。ただでさえ人間関係の構築や持続に問題のある自分が、女子などというものがいる環境でさらに苦しんだ可能性はある。ただ、周りに女子がいなかったがために、「よくある淡い青春の思い出」とも無縁だった。共学に行けばそういうことがあったとはいえないが。

 

男子校という環境

さきに述べたとおり、おれが通っていたのは中高一貫の私立男子校だった。男子校とはなにか。女子生徒がいない学校のことである。

思春期で、女のこと(正確にいえば女性の身体、もっと率直にいえばエロいこと)で頭がいっぱいの猿たちが集団でいるのだ。その集団は、意外なことに、あからさまに女性への話題をしたりはしなかった。あくまで女子の目のないだらけたぬるま湯のなかにいた。それでも、ひそかにエッチな本やビデオについて情報を共有することはあった。

ただ、そこ止まりだ。だれも、学校の外で彼女がいるとか、そういう話をしなかった。合コンをしたとか、そういう話はないのである。すくなくとも、おれの通っていた学校はそうだった。

 

童貞の焦りと疑念

ということで、皆が女性との交渉などなく、安心できる空間だった……かといえば、それはそれで違う。少なくとも、おれは疑心暗鬼だった。みんなに隠して、どこのだれかが我々の見えないところで、たとえば小学生のころの同級生だった女の子と仲良しかもしれない。もっと進んで交際しているのかもしれない。あるいは、セックスまでしているのかもしれない……。

そういう想像を始めると、おれの心は嫉妬と焦燥感でいっぱいになった。体格も良く、いけている感じの、今なら「陽キャ」と呼ばれるようなやつらは、女の子とつきあいがあるのかもしれない。しかし、クラスでも全然目立たないあいつは、この間、小学校の女子の同級生と話したと言っていた。案外、ああいうタイプが我々に隠れて女子とセックスをしているのではないか?

 

むろん、妄想に次ぐ妄想に過ぎない。過ぎないけれど、それはおれの心を嫉妬で満たしたし、焦燥感でいっぱいになったのをありありと思い出せる。そういう妄想を始めると、なかなかに止まらないものだった。

そんなおれ自身がどうだったかといえば、まったく女子との接触はなかった。おれの出た小学校は、ひどく男女交際のようなものについて禁忌となっていたようなところがあった。そしておれは、いじめられっ子の嫌われ者だったので、卒業後は全ての同級生と関係がなかった。卒業する前にはまったく関係がなくなっていた。それでどうして私立の中学に上がって、元同級生の女子と接触があろうか。六年間のブランクは、あとにも尾を引くものになったが、それはべつの話だ。

 

田崎の決意と謎の言葉

ただ、おれにも友達がいたことはある。男女交際と友だちの話は別なので、おれに友達がいなかったことについてはべつに話したい。それはつらい話になるだろう。ともかく、おれは友達が作りにくい人間であり、できたところでそれを続けられない人間だ。それでも、いたころの話だ。

おれは帰宅部だったが、なぜか柔道部のやつらとつるんでいた。柔道部の連中といっても、なにやらオタクサークルかという雰囲気もあり、学校帰りにゲーセンに寄って、スト2とかKOFとかの対戦台で遊んでいた。もちろん学校からゲーセンに行くのは禁止されていたが。

 

そんな柔道部のキャプテン的存在の田崎という男がいた。田崎は体格も立派で、腕っぷしも強かった。茅ヶ崎から逗子までママチャリで通学するなど意外なこともしたし、なにか教師相手にも堂々と渡り合うところもあって、一目置かれる存在だった。

その田崎が、ある夏休みの前、「この夏で童貞を捨てようと思う」と言った。我々のグループも反応に困った。べつに田崎に彼女がいるとか、そういう話はまるでなかった。とはいえ、田崎ならそういう相手ならあてなりがあるのではないかと思わせないでもなかった。

 

夏休みの終わり、学校が始まってしばらく経ったあと、誰かが「あの話はどうなったのか?」と聞いた。緊張が走った、ように思う。田崎は「知った方がいいことと、知らなくていいことがある」と言った。

なんなのだ、それは。結局、やったのか、やれなかったのか。それ以上、誰も追及するものはいなかった。その台詞に飲まれてしまった。その程度で飲まれるほど、我々は童貞だった。思春期をはるかに過ぎた今でも、あの言葉の真意はわからない。やっていそうな気もするし、やっていなかったのかもしれない。やろうとして失敗したのかもしれないし、やって失敗感を抱いたのかもしれない。おれにはなにもわからない。

 

『GTO』と「ヤラハタ」の衝撃

おれは高校を卒業すると、慶応大学というわりと「モテ」そうな大学に入った。しかし、恋人どころか友人もできず、フランス語の活用も「二人一組になって」も嫌で、すぐに退学してしまった。退学してニートになった。

そのころだったろうか。『GTO』という漫画があった。ドラマ化もされたので知っている人もいるかと思う。ストーリーとしては、暴走族を率いていた大の不良が、替え玉受験をして高校教師になった、という話だ。暴走族時代を描いた『湘南純愛組!』もかなり面白いヤンキー漫画だったと思うのだが、『GTO』のほうがはねて、いまいち影が薄いのが残念だ。

 

まあ、それはいい。それはいいのだが、おれにとって問題だったのは、主人公の鬼塚が「ヤラハタ」だという設定だった。「ヤラハタ」。この漫画で知ったかもしれない。「ヤラずのハタチ」、すなわち20歳を過ぎて童貞だということだ。『湘南純愛組!』時代から、鬼塚が童貞だという設定はつねに活きていたが、「ヤラハタ」という言葉で帰ってきた。

おれはたぶんちょうど20歳くらいだったろう。顔が引きつるような思いをした。弟と『GTO』について話すときも、どこかしら「そこには触れないでくれ」と思ったものだった。おれにとって『GTO』というと「ヤラハタ」の漫画となってしまった。素直に楽しめないところがあった。そのくらい「ヤラハタ」という言葉は重く響いた。

 

時代の変化と童貞の意味

このようなおっさんの昔話を読んで、なにやらピンとこない若い世代もいることかと思う。男女交際や脱童貞についてのプレッシャーは、二十年前と今では大きく違っているように見える。おれにはそう見える。おれが年を取って、当時の感情から遠く離れてしまったからかもしれない。でも、どうもそのように見える。

なにがあったのだろう。ネットでは「非モテ」の運動もあった。あるいは「草食系男子」という言葉が半ば肯定的に受け入れられてきた経緯もあるだろう。統計のようなものでも、男女交際が晩年化していることがうかがえる。

 

2024年の調査で大学生の性交経験率は、53.7%で、前回調査より上昇はしているものの、1999年、まさにおれが20歳のころが頂点を示していて、63%もある。まさに世の中は「ヤラハタ」を笑い者にして、どんどんやらなきゃいけない、みたいな圧があったように思う。セックスだけでなく、それに伴う(伴う?)クリスマスなどの圧も、今とは比べ物にならなかった。そう感じる。

それがいまや、べつに生身にこだわることなんてないんじゃないかという雰囲気さえある。

 

それは、いいことだと思う。おれが感じた童貞へのヒリヒリした感じ、誰かへの嫉妬や自らの焦燥感、あんなものはべつに青春のよい思い出でもないし、人格形成に役立ったとも思えない。

 

とはいえ、今の世でも、童貞に苦しむ男もいる。それが30歳になったのかもしれないし、40歳になったのかもしれない。その後、結局おれはそれほどセックスに困らない人生を歩んでいるが、そこからアドバイスを取り出すこともできない。おれはいまだにモテたい。

して、結局のところ、おれにはどうもヒリヒリするような童貞の話はできなかった。いちばんヒリヒリする中高生の時期に、あまりにもセックスから遠かったからだ。もう少しヒリヒリするエピソードがあればよかったのだが、こればかりはAIに創作してもらうわけにもいかない。

 

そうだ、あんたはどうだろうか。やはり若い世代はそんなにヒリヒリした思いはしなかったのか? ちょっと気になるのでネットのどこかに放流しておいてはくれないだろうか。

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Simone Daino