学生時代、塾の講師をやっていたことがあります。

古い雑居ビルの2階・3階に入っていた、あまり大きくはない塾でした。河合塾とか代ゼミとか、そういう大手の進学塾の影に隠れて、地元の子どもたちを集めてなんとか経営を成り立たせている、そんな塾だったと思います。

 

その為なのかどうか、生徒の成績はどちらかというと振るわない子が多く、「落ちこぼれてしまった子が、なんとか学校の授業についていく為に」通う塾、というようなところがありました。

塾には何人か講師がいましたが、殆どは私と同様の学生アルバイトで、残りは卒業後にそのままバイト上がりで就職したようなメンバーでした。子どもにもそれほどやる気はなく、親も当然受験受験という感じではなく、講師の意識もそこまでは高くなく、まあ言ってしまえばかなりいい加減な雰囲気の塾でした。

 

とはいえ、そんな中でも、「出来なかったことが出来るようになった」瞬間、子どもの顔がぱっと輝くのを見るのが楽しく、当時私は随分いろんなことを知りましたし、随分いろんなことを工夫しました。

そんな中で、私はいくつか、多分大手の塾のアルバイトでは学べなかったことを学べたと思います。今回は、その中から二つをピックアップして書いてみようと思います。

・「分からないことは、分からない要因をすべて順を追って発掘して潰さないと、絶対に「ちゃんと分かること」にはならない

・「何かが分からない」際には、本人も何が分からないのかよくわかっていないことが多く、それを発掘する際にはある種のコツがある

 

 

順番にいきます。

「分からないこと」は、分からない要因をすべて順を追って発掘して潰さないと、絶対に「ちゃんと分かること」にはならない

私の担当は小学校高学年から中学校低学年くらいだったのですが、その塾で知ったのは、

世の中には、信じられないくらい初歩的なところで学習につまづいてしまっている子がたくさんいる

ということでした。

 

特にわかりやすかったのが算数・数学でして、

「6年生の子で、小数の計算が分からないというので見てみたら、そもそも「掛け算・足し算の「繰り上がり、繰り下がり」というものが分かっていなかった」

であるとか、

「中学生の子で、図形の文章題がさっぱり出来ないので聞いてみたら、三角形や台形の面積の出し方が分からず、そもそも「面積」の意味がよくわかっていなかった」

であるとか、

「同じく中学生の子で、1250という数字が、「1000と200と50を足したもの」ということが理解出来なかった(つまり、桁数の概念がない)」

であるとか、細かく挙げているとそれだけで物凄く長くなってしまいますので挙げませんが、そういう子が山ほどいました。5年生で九九が曖昧な子もいれば、二ケタの足し算が出来ない子もいましたし、イコールの左右が同じ値だということを知らない子もいました。

 

国語で印象に残っているのは、「そもそも数行以上の文章を、意味をもって読み解くことが出来ない」というくらい読解の経験がない子、でした。

とにかく、読めるとか読めないではなく、根本的に文章を頭に入れることが出来ない。「長い文章を読む」という経験が根本的に欠如しているのです。

そういう子たちですら、「なんとか学校教育についていける様に、塾に通わせてあげよう」という意識があるご家庭のお子さんだったわけで、恐らくそれ以上に「初歩的なところ」でつまづいている子は、世の中にたくさんいるのだろうと思います。

彼ら、決して理解力がない訳ではないんです。頭が悪いわけではないんです。丁寧に説明すれば、ちゃと説明してくれた部分についてはわかってくれるんです。ただ、それまでの学校教育で、「取り逃がした」ところで立ち止まってもらえなかっただけ。テストで点数が悪くても、「根本的にどこが分かっていないのか」ということを、学校教育で丁寧に拾い上げてもらえることは稀です。

 

技術や知識というものは、積み重ねです。ある知識を得る為には、その前提となる知識が必要であって、その前提を取り逃している限り、絶対にその上に新たな知識を積み上げることは出来ません。ブロックの二段目なしで三段目を積むことは出来ない道理です。

だから、「あ、この子は、多分もっとそれ以前の段階で躓いている」ということに気付いた場合、まず「積んでいないブロック」が何なのか、掘り起こしを行わなくてはいけません。この「掘り起こし」が、その塾での私の主な仕事でした。

 

 

「何かが分からない」際には、本人も何が分からないのかよくわかっていないことが多く、それを発掘する際にはある種のコツがある

技術的には、「問題の分解とステップ化」がすべてでした。問題を、「これ以上はもう無理」というところまで細かく細かく分割して、生徒と一緒に順番に解いていきます。その時、必ず途中で「解けなくなるポイント」が出てくるので、そこで改めて、そのポイントを解決する方法を考えます。

以前、割り算の筆算について、小学生に教える時の記事を書きました。手前みそですが、一部をちょっと引用してみます。

 

昔、小学生に割り算の筆算教えてた時の教え方晒す(不倒城)

2.205÷17の筆算式を板書。「205という数字に、17は何個入るのかなーということを当てます。筆算という便利なやり方があります。こんな風に書きます」記法は流した方がいい。覚えられるかどうかだけの問題。

3.「17は、「1」と「7」の二つの数字から出来ているので、まず二つの数字同士で比べます」重要なルール。桁数の考え方は、筆算の技術的には必要ないので、最後まで出来て、まだキャパシティがありそうなら後からおまけとして教える。よく出来たからご褒美に秘密を教えてあげる、として教えると食いつきがいい。

4.「20の中に17は入るかな?」数の大小の比較が出来るかどうかを確認。ここでつまづく子も、ごく少ないがいる。つまづいたら戻ってそちらの説明。

5.「17は20の中に何個入るかな?」4の延長だが、初歩の暗算が出来るかどうか一応確認。ここでつまづく子もいる。つまづいたら勿論確認。ちなみに、ここでつまづく場合二桁÷一桁の筆算に一旦切り替えた方が良い。

6.「はい、20の中に17は1個入るね。上に1と書いて、下に入った17を書きます」記法ルールなのでさらっと流す。覚えているかどうかは後から確認すればいい。

 

細かくはその記事に書いてあるので、興味がある方はよかったら。「割り算ではなく、何個入るかな算として教える」というのが一番のポイントでした。

で、この時私は、トップダウンではなく、必ずボトムアップで教えていました。つまり、「基本的な方から順番に」というやり方です。

図形の文章題が分からない子がいたとします。本来であれば、「補助線引いて、どことどこが同値になるのかを公式から推測して、それに基づいて図形を分解して、面積を算出する」といった解き方になるところですが、話していると「あ、この子、かなり基本的なところからわかってないかも」ということは見当がつきます。

 

そういう時は、迷わず「面積の比較」や「四角形の面積の求め方」あたりから始めます。

勿論この時点では細かく説明するわけではありませんが、「四角形の面積から出そうかー。公式こんなだったよねー」から始めると、分かる子は「うん、それは分かる」となりますし、分からない子は「うーん…?」という反応が帰ってきます。

子どもの意識として、「ここわかんない、ここわかんない、ここわかんない、ここわかんない、あ、分かる」となるよりも、「ここは分かる、ここは分かる、ここは分かる、ここは分かる、あ、ここわかんない」となった方が、問題を解こうという気が持続することが多かったのです。

また、生徒の傾向としても、「自分が分からない、という意識を連続で突きつけられる」ことになると、恥ずかしいのか不愉快なのか、説明についてきてくれないことがかなりありました。

 

「分からない」って、誰よりもその子自身にとって大きなストレスなんですよね。

学校をサボるわけにもいかず、何を言っているのかよくわからない授業を延々と聞いていなくてはいけないのって、とんでもない苦行だと思うんですよ。普段の学校でそれだけ苦しんでいるのに、授業が終わった後すら塾で「分からない」を味わい続けなくちゃいけないなんて、流石にちょっと可哀想です。

だから、「分からない」というストレスをなるべく感じずに済むように、「分かった!」という楽しさをなるべく味わえるように、そういうことを第一に考えていました。やっぱりそれでも救い出せない子はいたんですが、お蔭さまで、かなりの人数の子から「授業が分かるようになってきた!」という言葉をもらえるようにはなりました。

 

このやり方の欠点は、なにより単純に「時間がかかる」ということです。私の場合まだ「一度に見るのは多くて3人」という状態でしたから何とかなりましたが、これが10人、20人となったら到底対応出来なかったと思います。小学校で同じような教育するとかどう考えても無理ゲーでして、学校教育で「落ちこぼれ」を防ぐことの難しさを痛感します。

これ、子ども相手だけの話ではないんですよね。社会人になった後も、例えば技術的な問題を教える時に、同じようなプロセスを踏まないといけないこと、たくさんあります。

・知識は積み重ねであって、段階をすっ飛ばすことは難しい

・「分からない」場合は「何が分からないのかが分からない」のであって、掘り起こしは順番にやらないといけない

・問題はなるべく細かく分解してステップ化した方がいい

・「分からない」は本人にとってストレスであって、ストレスはなるべく軽減してあげた方がいい

 

この辺は、今でも役立つ経験になっている、ような気がします。いつか自分の子どもにも必要になるかも知れないので、ちょっと思い出して書いてみました。ご参考まで。

今日書きたいことはそれくらいです。

 

【プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて
書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

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