もう結構昔のことだ。

若い頃、頭に血が上りやすかった私は、上司や先輩の理不尽な要求にいちいち腹を立てていた。

 

例えば、

「新人がホワイトボードを消しておけ」と言われたら、「近くに居るやつが消せばいいじゃないか」と思ったり、

「飲み会では先輩のところに酒を注いで回れ」と言われたら、「好きに飲ませろ」と思ったり、

「原因は常に自分にあると考えたほうがいい」と言われたら、「そんなの時と場合によるだろ」と思ったりした。

いや、思うだけでなく、実際に口に出してしまっていた。

つまり、「組織人」としては、扱いにくい、ダメな奴だったわけである。

 

当然のことながら、組織というものはそのあたりが非常に冷酷で、「扱いにくい」やつは干される。

つまり「結果を出せば良い」という以前に、そもそもチャンスすら与えられないので、結果を出す機会すら無い状態に置かれてしまう。

多くの血気盛んな若手がハマりやすい罠であると今ではわかるが、当時の私も見事にハマってしまっていた。

 

だが「扱いにくいやつは干す」という暗黙のルールに、入社半年経ってようやく気づいた私は、戦略を変えた。

つまり、チャンスをもらうためにプライドを捨て、平身低頭、上司の気にいるようなキャラを演じた。

つまり「気がきいて、普通に成果を出すわりには、従順で使いやすいやつ」を目指した。

その結果、無事私は「なんか変わったな!」という褒め言葉と、チャンスをもらうことができ、おまけに「昇進」までついてきた。

 

もちろん昇進をするためには、「クライアントを◯社担当する」などの明文化された幾つかの条件をクリアする必要があった。

これらは「人事評価シート」にまとめられており、それは私も知っていた。

しかし、こういった「明示された条件」よりももっと重要だったのは、実は「暗黙のルール」、つまり上司が私を気に入るかどうかだった。

 

そんなの当たり前じゃないか、と思う方もいるだろう。

しかし「当たり前のこと」は往々にして実行が難しい。

自分の価値観を抑制し、自分が同意できない組織の価値観に自分を合わせていくのは、ストレスも溜まる。

だが職場で行きていくためには、私は自分を押さえ込み、「きちんとしたサラリーマン」になる必要があった。

そして、私はそうした。

 

 

そしてこれは、コンサルタントとして訪問した数々の会社も同じだった。

なんのことはない、どの会社も理不尽だったのである。

 

ある会社では「休暇」の取得が多い人を経営者が嫌っていた。

もちろん経営者は賢いので、表立ってそんなことは言わない。

違法であるし、そんなことを表立って言って得することは一つもないことを知っているからだ。

しかし、人事の中身を見ると、そういった「見えないルール」による評価は、確実に昇進などに反映されていたし、役員、部長たちもなんとなくそういった「空気」を読んでいたことは間違いない。

 

またある会社では、「朝早く来ること」が暗黙のルールとなっていた。

当然、労働時間にはカウントされないが、朝早く来て「自己研鑽」に励むこと、それがその会社における出世の条件の一つだった。

それは評価シートには書かれていない。

あくまで「自主性」が名目だったからだ。

 

もちろん、圧倒的な成績を残している人は出世していたが、成績が平凡でも出世していた人は「朝早いこと」が重要だった。

彼らは「熱心だ」という理由で昇進していた。

そして、そのような人物が出世することで、このルールは次世代に継承された。

もっとも、皮肉なことに途中から経営者が代替わりして、その人たちと、その風習は一掃されたようだったが。

 

ともあれ、こういった「暗黙のルール」は、クラシカルな企業だけに見られることではない。

実は、気鋭のベンチャー、スタートアップにも多く見られた。

むしろ評価制度が未整備な分、急成長した会社に置いては「暗黙のルール」が余計に重要なのだ。

 

そしてそれが、「組織の評価」と「自己評価」のギャップを生み出し、摩擦やストレスを生み出している。

 

これはもちろん日本だけではない。

あらゆる共同体には「暗黙のルール」が存在し、その掟に従わぬ者には、制裁がくだされる。

逆に、共同体から認めてもらいたい、賞賛されたいと思うならば、必ずその「暗黙のルール」を熟知する必要がある。

 

 

ではその「暗黙のルール」をどのように知ればよいのか。

もちろん、様々な考え方があるだろうが、私が最もお勧めするのは組織中で「良き聞き手」を担うことである。

「良き聞き手」は以下の条件を満たす。

 

1.人の悩みを積極的に聞く(つまらなくても)

2.話を「判斷」しない。「アドバイス」もしない。ひたすら何が起きたのかの理解に勤める。

3.自らの愚痴は絶対に人に言わない

 

上の条件を満たせば、「暗黙のルール」に関する情報は腐るほど入ってくるし、あなたに相談する人を嫌な気分にさせることもない。

そうなれば、「ルールの分からない勝負」に負けることはない。

要は「周りをよく見なさい」という、昔ながらの忠告と同じである。

 

だが、誤解のないように言っておくが、私は「暗黙のルール」に従わないといけない、と申し上げているわけではない。

中には違法なものもあるし、私が感じたように、本当にくだらないルールも数多くある。

 

ただ、「自己評価」と「組織の評価」にギャップがあり、ストレスを感じている場合、その多くの原因は「暗黙のルール」にある。

その場合、まずはルールを見極めること。そして、そのルールがあまりにもくだらない、と思うならば、そのコミュニティを抜ければ良いだけの話だ。

 

ピーター・ドラッカーは次のように書いている。

組織には価値観がある。そこで働くものにも価値観がある。組織において成果を上げるためには、働く者の価値観が組織の価値観になじむものでなければならない。

同じである必要はない。だが、共存し得なければならない。さもなければ、心楽しまず、成果も上がらない。(中略)

つまるところ、優先すべきは(強みよりも)価値観の方である。

組織は必ず暗黙のルールがある。

だが、どこへ言っても文句ばかり言っているようでは共同体には馴染めない。

「どこまでなら妥協できるか」の判斷はすべての組織人に必要なのだ。

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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(2025/6/2更新)

 

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