とても面白い記事を読んだ。
記事によると日本は世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数で149か国中110位と先進諸国でぶっちぎりの下位だが、世界一日本の女性は日本の男性と比較して幸福度が高いのだという。
これをもって筆者は日本は世界一男性よりも女性が幸せな国とする。
そして日本の女性の幸福度を高めているのは専業主婦であると読み解いている。
これは体感的にも非常に納得がいく話だ。
身の回りにも、労働のことを懲役か何かのように考えている人が結構多いし、社畜という単語が流行った背景からも、そういうニュアンスを確かに感じる。
懲役と揶揄されるようなシンドイ作業に従事するのと比較すれば、専業主婦の生活の方がそりゃ幸せだってもんだろう。
男性社会の幸福な女性たちとはよくいったものである。
男だって養われたい
以前、男の友人と集まって食事をしたときの話だ。
そこに集まったのは僕以外は日本でも指折りの高所得者だったのだけど、なんのタイミングだったか忘れたが、出席者が口をそろえてこういい始めた。
「養われたい」
僕は、この人達は何を言ってるのだと思い
「養われるって・・・人から生活を保証される代わりに、行動の自由とかに制限をかけられるような生き方って嫌じゃありませんか?」
と聞き返してしまった。
しかし次に続く言葉を聞いて、僕は養われるという言葉の意味を大きく誤解していた事に気がつかされた。
「高須賀クン、養われるっていうのはね、そういう条件付きの自由じゃないンダよ。全てをありのままで受け入れられた上で、全面的に守ってもらえ、生活の心配からも開放され、お金だって自分の好きなように自由に使える」
「そういうのが本当の意味で養われるってことなのサ」
なるほど、そういう事ならば確かに自分も養われたい。
養われたィィィッ。
まあ実際はそこまでサイコーな養われ方をしている人はそう多くはないだろうが、確かにそんな状況になったら幸福以外のなにものでもないだろう。
これに玉のようにかわいい自分の子供が組み合わさったら、極上としか表現しようがない有様である。
いやはや、養われ道も奥が深い。
僕はそんな人生のルート、存在自体知りませんでしたよ。世の中は広いものである。
年金は国家からの養いである
養われる。
その圧倒的に幸福な概念を目の前に突きつけられ、僕は事あるごとに辛くなると
「誰か養ってくれないかな・・・」
とつぶやいていたのだが、悲しいかな、現実は非情である。
友人からは
「お前は養われるのに向いてない」
だの
「君は可愛げがないし、労働が向いてるよ」
と言われてしまう有様だ。
いったいどうしたら心おきなく養ってもらえるだろうか?
そんな事をずっと考えていたのだが、よくよく考えてみれば年金受給者になれば、ある意味では国家から養ってもらってるのと似たようなもんじゃないかと膝を打ってしまった。
生活保護はどちらかというと条件付きの養いに近いが、年金受給者なら定年で「働きたくても働けないンダヨ?」という圧倒的な建前もできる。
もらった年金をどう使おうが完全に自由である。
こいつは素晴らしい。
男だって!キモくったって!可愛げがなくたって!なんの縛り付けもなく養ってもらえるンジャマイカ?
年金制度、いいじゃん。サイコーかよ。男だって、養ってもらるじゃないか。
見えたゼ、幸福へのRoute!日本国家様が、ちゃんと働けばおいらを養ってくれるンダ!
突然の契約反故
そこで突然の老後2000万円問題である。
なんでこんな当たり前の話が燃えてるのか、当初はサッパリわからなかったのだけど、これは日本国への養いの期待差だったのかと思うと、妙に納得がいったのである。
さっきも言ったけど、多くの人は労働を懲役のようなものと捉えている。
自己実現のような高尚な概念の元で働いている人は極めて幸福な人間であり、ぶっちゃけた事をいえば日本の幸福な女性と同じく、多くの人は養われた方が遥かに幸せになれるタイプだろう。
「なんつーかアタシ、あんまし働くのとか向いてないんだよね」
本心を言えば、そういう風に言いたい人は男女問わず山程いるだろう。
毎日毎日、65歳になったら全てから開放されるという”錯覚”で動いていた人が
「実は老後に2000万円必要でしたサーセン」
と”現実”をぶつけられるのは、女性が
「結婚する時は専業主婦でもイイヨって言ったけど、やっぱ家計が苦しいし、経済・政治分野でバリバリ働いてくれ。スマンゴ」
と契約反故された感覚とかなり近いのではないだろうか?
かつて日本が頼りがいのあるナイスガイだった頃もあった
僕らの世代は右肩上がりの成長期を経験しておらず、日本という国家が男前にも老後の生活保障なんてしてくれるだなんてハナから期待していない。
なんつーか、日本を擬人化すると、頼りなさそうなヒョロガリみたいな感じである。
「どうせ養ってなんてくれないんでしょ?あんた、稼げなそうだし」とダメ夫よろしく期待ゼロな事もあり、女性も含めて社会に出て働く気マンマンの人がとても多い。
しかし多くの年金受給者の目には、かつての日本は物凄く頼もしいマッチョで頼りがいがあるナイスガイだったのだろう。
「65歳までチャント働けバ、死ぬまで養ってあげるヨ?老後の心配なんて1つもないヨ?」
年金とは、そういうカッコいい奴が説く、実に甘美で、そして希望が持てるワードだったのだ。
少子高齢社会の幸福な高齢者達
そして改めてこの構造を振り返ってみると、これは旦那と専業主婦の関係にも非常に似ている。
日本の年金はスライド式なので、若年層のカネがそのままリアイア組に流れる仕組みになっている。
だから年金が全く支払われないという事は制度上、基本的にはありえない。
集金されたパイの大きさがそのままなら一人あたりの支払いの金額自体が下がるだけだし、パイの大きさが足りないというのなら支払いの金額水準を保つために私達労働者の社会保障費がブチ上げられるだけの話だ。
冒頭のすももさんの記事は、ジェンダー指数という形で男女を比較していたが、これはそっくりそのまま日本の若年層と高齢層にも当てはめられるだろう。
もし今後も”定年制”なんてものが存続するとしたら、今後、リタイア組は経済や政治参加率が”低すぎる”から世代間ギャップ指数が世界でも最悪になるのではないだろうか?
少子高齢社会の幸福な高齢者達の完成である。
じゃあこれをもって定年制は差別であり解消すべきだ!として「死ぬまで働け」として、果たしてリタイア層の多くは幸福になるかというと、まあたぶんならない。
上手に労働社会に適応できた人はそういう生涯現役社会を拍手喝采で受け入れるけど、養われる魅力にあがらえる人はそう多くはないのが現実だろう。
日本の幸福な専業主婦が皮肉にもそれを証明してしまっている。
多分、これからの数年間、日本の高齢者は世界で最も同国の若者と比較して幸せな存在となるだろう。
世代間格差指数がブッチギリで悪かろうが、そんなものは”なかった”事にされるのが関の山だ。
そんな幸せが永遠に続くものかどうかはしらないけれど。
ああ、養われたい。誰か僕のこと、養ってくれないかなぁ。
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(Photo:Bethany Legg )