たぶん、瀬戸口廉也という作家を知っている人はそう多くないだろう。

彼はゲームのシナリオライターであり、小説もいくつか執筆されているのだが、ちょっと他にはない圧倒的存在感がある。

 

彼の書く文章は本当に凄い。読むと、自分が異なる存在として生まれ変わったかのような感覚すら覚える。

カフカは変身という著作で、主人公の男がある朝目覚めたら巨大な虫になっていた世界を描いた。僕はあれを生まれてはじめて読んだ時、文字を適切に並べる事で自分が虫になる様を追体験できるだなんて!と衝撃をうけたのだが、瀬戸口さんの書く文章はそれに近い。

 

あなたが瀬戸口さんの文章を読むと

・殺人を犯し、罪を背負うという事

・物事に集中にゾーンに入るということ

・シェアハウスを経営し、人間関係が色々破綻すること

など、とても自分が普通に生きていたら体験できそうにない事をシンクロ率99%の精度で追体験できる。

 

小説とは本来、そういう文字を通じて脳が旅をする為のキーではあるのだけど、瀬戸口さんの書く文章はちょっと他とは桁違いにシンクロ率が高い。

当然、合う合わないはあるだろうが、個人的には食わず嫌いせずにぜひとも一度彼の文章に触れてみて欲しいなと思う。

 

エロゲはちょっと・・・という人は唐辺葉介という名義で小説の執筆をされているので、そちらを手に取るとよいだろう。既に絶版のものも多いが、電気サーカスやつめたいオゾンは比較的容易に入手可能である。

そんな僕が偏愛してやまない瀬戸口さんの最新作であるMUSICUS!がつい先月でた。これがまあ凄い。

本当に凄いのだけど、このままだと偏愛オタクの間で愛でられるだけで終わりそうなので、今回は皆さんも是非やって僕と居酒屋で一晩中MUSICUS!がいかに凄いかを語り合う為の下準備をしてもらうためだけに、この文章を書く。なお、ネタバレはしない。

 

クラウドファウンディングで1億円もの大金が集まったゲーム

MUSICUS!はOVERDRIVEというメーカーが最終作をうたって作成したゲームである。

作成前にCAMPFIREというサイトでクラウドファウンディングが行われたのだが、開始して31分で目標金額である3969万6000千円が集まり、最終的には1億3千万円を超える支援金額が集まった異例の作品である。

 

何かの凄さを話すのにお金を用いるのは野暮ではあると重々承知はするのだが、1億ものお金を自前で用意するのがどれほど難しいかを考えると、この作品がいかに僕のようなトチ狂ったファン達に熱望されていたかがわかるだろう。

僕はこれは日経新聞の三面に出ても何もおかしくないぐらいの快挙だと思うのだが、たぶんこんな偉業がひそかに達成されていた事を知っていた人は好事家を覗いてほぼいないだろう。

世の中にはそういうものがたくさんある。人通りの少ない裏道にこそ、キレイな華が咲いているものだ。

 

バンドをやって成功・あるいは失敗するってどういう事?

肝心のMUSICUS!の内容だが、一言でいってしまうと現代社会でロックンロールをやって成功、あるいは何者にもなれずに失敗するかのどちらかの人生を追体験するものである。

主人公はふとしたキッカケからそれまで全く縁のなかったロックバンドのライブハウスに行くこととなり、そこである種の宗教的な目覚めを得る。

 

彼はここで“本物”と出会ってしまうのだが、ここの部分の描写が実に凄い。

それまでロックに一ミリも興味がなかった青年が、ホンモノに触れ、ライブの熱気に飲み込まれる瞬間!見事な音楽演出と相まって、まるで魂をわしづかみにされるかのごとくである。

 

僕はミュージシャンのコンサートには行かないのだが、この文章を読んでライブに惹きつけられている人たちがどういう風景をみているのかをようやく理解できた。

羽海野チカはハチミツとクローバーで「人が恋に落ちる瞬間」を見事に描き出したが、僕はこの作品で人が“本物”に触れて宗教的な目覚めを得るということがどういう事なのかを初めて理解した。

キリストと出会って己の内に潜んだ宗教心に気付かされてしまった初期の信徒達は、たぶんこんな感じで目覚めてしまったんだろう。

文字を通じてそんな事を追体験させてくれるのだから、まったく世の中というのは捨てたものではない。

 

正直、この時点で99点をつけたくなるぐらいに驚異的に面白いのだが、その後にまた想定外にも程があるだろとしかいいようがない出来事が起き、物語は加速していく。

主人公の人生はそれを期に予期せぬ方向へと進み出すのだが、その物語がどのような道をたどるのかについては是非とも自分でゲームをやって追体験して欲しい。

少なくとも、僕が去年消費したコンテンツで圧倒的NO.1の面白さを誇ったとだけは言っておく。

 

ゲームは本と違ってマルチエンディングがあるのが良い

このゲームはマルチエンディング方式なので、本と違って結末が複数ある。

ロックバンドを立ち上げてメジャーで成功する道が一応メインルートなのだが、興味深いことにバッドエンドとして音楽で人生が狂うルートも用意されている(下手したら、そっちの方が執筆に対する熱量も多い)。

 

私達は神様の視点を持って、些細な選択肢で主人公の人生が万華鏡の如く変わる様相を眺められるのだが、いずれのルートも一級品である。

 

他の瀬戸口作品もそうなのだが、このゲームの魅力はメインルートであるグッドエンディングであるミュージシャンとして成功するメインルートだけではなく、バッドエンドである音楽で成功できずに社会の落語者となる様相が書かれている部分にもある。

 

小説だと読後感があまりにも悪すぎるから、多くの物語は比較的キレイに物語が終わる事が多い。

だが、ゲームは設定上、複数のルートを設けることが可能だ。

ゆえに成功する姿だけではなく、成り上がれなかった転落者としての姿も熱量を持って描くことができる。

 

瀬戸口さんが異彩を放ってるのは、このバッドエンドにかかっている熱量が、下手したらメインルートであるグッドエンディングより多いのではないかという部分にある。

トルストイはアンナ・カレーニナにて「幸福な家庭はどれも似たようなものだが、不幸な家庭は皆それぞれに不幸である」という名言を書き残したが、たぶん瀬戸口さんの持つ感覚はそれに近いのだろう。音楽で人生が破綻する有様は、なかなか味がある。

 

もちろん、成功するメインルートも普通のシナリオと比較して極めてハイクオリティーではあるのだが、不幸を描かせた時の瀬戸口さんは本当にキラキラ輝いている。

それを読み終わった後の膨大な虚無感。それこそ太宰治の人間失格以上のインパクト必死である。

 

2000年前半頃はこの世界観に触れる為には、秋葉原の薄暗いゲームショップにでかけ、背中を丸めて日陰者のような気持ちでゲームを買うしかなかったが、現代は本当によい時代である。インターネットを通じて、私達は暖房の効いた温かい部屋の中で誰の目も気にせず、DMMでMUSICUS!を購入し、瀬戸口さんの世界に触れることができる。

 

これ以上筆を重ねるのは蛇足だろう。

とにかく、たまたまこの文章を読んでしまったあなたは、幸運な隕石にでも当たってしまったと達観してMUSICUS!をやろう。

やればわかるさ。瀬戸口廉也という、偉大な作家と同じ時代に生まれ、その作品をナマで追い続けられる事の喜びが。

 

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高須賀

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(Photo:Bas Leenders