最近、デジタルマーケティングについての話題が盛り上がっています。

「直接の営業活動」が難しくなっている現状が、そうさせているのかもしれません。

 

とはいえ「デジタルへの移行」は、以前から課題だと感じている会社が多かったのでしょう。

今のこの状況をとらえて一気に進めてしまおう、という思惑もあるようです。

 

とはいえ、この「デジタルマーケティング」という言葉。

どうもかなり難しく考えている人が多いような気もします。

 

いえ、もちろん「学術的」な意味では難しいのかもしれませんし、マーケティングコンサル会社や、分析ツールを売りつけようと思っている会社など、皆が難しく考えてくれたほうが儲かる会社もありますから、あえて小難しい言葉を並べ立てる人も多いです。

 

でも、本当にそんな難しい話なのでしょうか?

 

私はそうは思いません。

マーケティングの本質は今も昔も変わらず生きており、その一部が「デジタル化した」というだけですから、大仰なものではないはずです。

 

むしろ難しいのは「マーケティング」の概念そのものです。

ですから、「デジタルマーケティング」を理解するためには、まず「マーケティング」を正確に理解する必要があります。

 

マーケティングとは

では「マーケティング」とは一体何でしょう。

 

ここはきちんとした文献を当たりましょう。

現在最も権威のあるマーケティングの文献の一つは、「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント」という書籍です。

 

この書籍は1967年に第一版が刊行し、それ以来、版を重ねながら世代を超えて読みつがれ、世界で最も利用されているマーケティングの教科書です。

最新版は2016年の第16版ですが、日本語版の最新は2008年の第12版です。

 

さて、この本では冒頭で「マーケティング」の正確な定義を試みています。

コトラーによれば、マーケティングの定義は以下の一言です。

 

マーケティングとは、ニーズに応えて利益を上げること

 

これは恐ろしくシンプルな定義であり、これをさっぱり理解できないという方はいないでしょう。

(もちろん、各論は別です)

 

ここにおいて、注意点はマーケティングは「売り込む技術」ではないということです。

むしろ売り込みはマーケティングと反対の概念であり、コトラーはこれを「セリング」と呼んで、マーケティングと明確に区別しています。

 

特に、コトラーはマネジメントの権威である、ピーター・ドラッカーの次の言葉を引用しています。

 

セリングの必要性はこれからも続くだろうと考えられる。しかしマーケティングの狙いはセリングを不要にすることだ。マーケティングの狙いは顧客を知り尽くし、理解し尽くして、製品やサービスが顧客にぴったりと合うものになり、ひとりでに売れるようにすることである。理想をいえば、マーケティングの成果は買う気になった顧客であるべきだ。そうなれば、後は製品やサービスを用意するだけで良い。

 

このドラッカーの言葉には2つの重要な示唆があります。

 

1.マーケティングの狙いは「顧客」を「理解」し、「ひとりでに売れる」ようにすること

2.マーケティングの成果は「買う気になった顧客」

 

ここまでくれば、「マーケティング」を半分理解したようなものです。

 

マーケティングの実務は「顧客」の「理解」に注がれる

つまりマーケティングの実務は、「顧客」を「理解」することに注がれます。

 

いや、顧客の理解こそが全てと言ってもよいかもしれません。

「売れない」理由は顧客の欲求を外しているから、と間違いなく言えるのですから。

 

とはいえ、総論を理解しても、すぐに顧客の理解が進むとは限りません。

「では、具体的に顧客の理解とは何をすることか?」は自明ではないからです。

 

これを体系化したのが、コトラーの大きな業績なのですが、具体的な実務は、例えば以下の項目を問うことから始まります。

 

「顧客とは誰か?」

「顧客が感じる価値はなにか?」

「顧客はいくらなら買うか?」

「顧客はどうしたら競争相手ではなくウチをえらぶか?」

「顧客はどこで買うか?」

「顧客はどんなプロモーションに反応するか?」

「顧客のロイヤリティを高めるには?」

 

無論、これらは当初「仮説」にすぎません。

 

もちろん、設定された仮説は検証されねばならず、検証の結果、より正確な「顧客」の「理解」を得ることができます。

そして、そのサイクルこそが、マーケティングの実務です。

 

例えば有名な話として、オンラインアパレルの「ザッポス」の創業物語があります。

ザッポスは、2009年、アマゾンが推定12億ドルをかけて買収したことで知られる、靴専門の巨大なオンラインショップでした。

 

とはいえ、ザッポスは真の意味でスタートアップでした。

ザッポスの創業者、ニック・スインマーンはたった一人で、靴の1999年、靴のオンラインショッピングサイトがどこにもないことに目をつけ、ECを立ち上げます。

 

ただし、スインマーンは非常に賢い人物でした。

スインマーンはいきなり大規模な投資を行うのではなく、「実験」からスタートしたのです。

 

・靴をオンラインで買う顧客がいると仮説を立てる

・その仮説を検証するため、近所の靴店に頼んで、在庫の写真を撮らせてもらった。

・写真はwebに掲載し、それを誰かが買ってくれたら、お店の売値で買うと靴店に交渉した。

 

こうしてスインマーンは小さな形で

「顧客は誰か?」「顧客が感じる価値は何か?」「顧客はいくらなら買うか?」

などについて、代金の回収から返品の処理、顧客へのサポートまで、実際に行い、仮説を検証したのです。

 

その結果、ザッポスは膨大な量の、明確で定量的な結果を得ることができたのです。

もはや、その後のザッポスの成功は、約束されたものでした。

(参考文献:リーン・スタートアップ エリック・リース)

 

つまりマーケティングにおいては「仮説」→「検証」のサイクルを、早く、明確かつ定量的な情報を取得したものが、圧倒的に有利なのです。

 

結果として、「顧客」の「理解」が進めば、自ずと企業は何をすべきか判明し、

 

・適切な顧客に

・適切な価格で

・適切な流通

・適切なプロモーション

・適切なアフターケアと再販

 

が可能になるのです。

 

デジタルマーケティングの特徴

ここでようやく「デジタルマーケティング」の話に戻ることができます。

 

なぜ「デジタルマーケティング」が重要だという認識が広まっているのか。

 

それは、従来のアナログのマーケティング活動、例えばアンケート調査、店頭でのヒアリング、テレビ広告、チラシなどの反響調査などに比べて、「情報がとりやすい」という一点で、大きくすぐれているからです。

 

PC、スマートフォン、IoTデバイス、そのほか様々なデジタルデバイスを利用した顧客の行動のトレースデータは、逐一顧客の行動に関してのデータを収集し、集積し、分析をかけることが可能です。

また、顧客の行動をA/Bテストなどで「比較」し、どういった要素が顧客の購買に影響を与えるのかを調べるのも、リアルな店舗に比べてずっと容易です。

 

そういう意味で、「デジタルマーケティング」は「web上」に限らず、顧客と思しき人々の行動を、データ化できるものすべてに、応用できるものです。

 

重要なのは「デジタル」の部分ではなく「仮説」の部分

ここまでくれば、もうお分かりだと思います。

実は、重要なのは、ザッポスの創業者が立てたような、大胆な「仮説」の部分であって、「デジタル」の部分ではないのです。

 

デジタルは「仮説」を検証するための一つの手段にすぎず、ヒアリングが不要であったり、店舗での行動調査を不要にするものでもありません。

 

デジタルが重要なのは、仮説を検証するうえで「今まで取れなかったデータ」がとれるようになる、つまり、選択肢を広げることができる点のみです。

 

したがって、「デジタル化しないとやばいですぜ、旦那、ですからこのツールを買って……へへへへへ。」という売り文句を信じてはなりません。

「仮説」なきところには、デジタルもマーケティングも存在しないのですから。

 

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

株式会社識学

人間の意識構造に着目した独自の組織マネジメント理論「識学」を活用した組織コンサルティング会社。同社が運営するメディアでは、マネジメント、リーダーシップをはじめ、組織運営に関する様々なコラムをお届けしています。

webサイト:識学総研

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