はじめに

M&Aの失敗を回避するためには、具体的な交渉に入る前の準備期における取り組みや考え方が特に重要になります。

M&Aの失敗パターン、M&Aの失敗を回避するためのポイント、M&Aによる事業承継の失敗事例などについて、株式会社ベイシカルマネジメントの代表取締役・中森恭平氏に聞きました。

 

1.M&Aにおける失敗のパターン

近年、中小企業の後継者不足や事業承継問題を解決するための手段の一つとして、M&Aによる会社(事業)売却が大きく注目されています。

買手にとっても、シナジー効果の実現、スピーディーな事業規模の拡大や多角化のための有効な手段としてM&Aを活用するケースが増えています。

売手、買手の双方にとってメリットのあるM&Aですが、失敗するケースが多いのも事実です。

その背景には、多くの企業が失敗の要因を把握できていないという現状があります。

 

ここでは、M&Aにおける失敗のパターンを、「M&A準備期」「M&A実行期」「M&A実行後」に分けて紹介します。

【準備期】

準備期での取り組みを怠ったり誤った考え方をしていると、M&Aの失敗のリスクが極めて大きくなります。

M&Aの実行プロセスに入ってから、すべての対応が後手に回ってしまうため、特に注意が必要です。

 

①準備期の失敗パターン1:ネガティブな情報を隠す

売手としては、少しでも自分の会社を良く見せて、高く売りたいと思うもの。

しかし、不都合な情報を下手に操作したり隠したりすると、M&Aが失敗に終わる確率はぐっと高まります。

後から出てくるリスクほど大きくなりますので、どんな小さな不正やネガティブな情報であっても、準備期の段階でM&A仲介会社などに開示しておくことが極めて重要です。

 

そもそも、良く見せようと思っても、実行プロセスにおいて行われる買収監査で公認会計士や税理士、弁護士がチェックを行う為、隠し通すことはそうそう容易ではありません。

それに、自分ではマイナスにとらえていることも、買手から見ると決してそうではない場合もあります。

 

例えば、「従業員の高齢化」をマイナスに捉えている場合であっても、買手からすると優れた技術を持つ従業員がいて、その技術をなんとか継承したいと考えている可能性もあります。

ネガティブな情報は、早期に開示し事前の対応策を考えましょう。

 

②準備期の失敗パターン2:自社の価値を正しく把握できていない

自社の価値を正しく把握してなかったり、高い価値があると思い込んでいたりする場合があります。

その結果、希望通りの売却価格でないことが理由でM&Aを途中であきらめたり、売却後に後悔したりする経営者が数多くいます。

M&Aを実施する・しないに関わらず、自社の価値を把握しておくことは、経営者であれば知っておくべきことです。

 

自社の企業価値評価や売却価格は、貸借対照表からある程度見積もることができます。

貸借対照表の資産から負債を差し引くと純資産が出ます。

 

しかし、これはあくまでも帳簿上の数字であるため、資産と負債は、時価に評価し直す必要があります。

例えば不動産を保有していた場合は、現在価値に置き換えることが必要かと思います。

一方負債については、仮に従業員の退職金規定があった場合「現時点で従業員が全員退職したら退職金をいくら払う必要があるのか」といったことも検討し、帳簿に反映されていない退職金や賞与などを洗い出して再計算しましょう。

 

こうして計算された時価純資産価額が現時点での会社の価値、すなわち売却価格の一つの目安になります。

この算定方法を時価純資産法と言います。また、売上・利益ともに好調であれば損益計算書を用いて収益性の面から営業権として企業価値に加算算定する方法も可能です。

 

その他将来の業績見込みから算出するDCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)やEBITDA倍率などの方法もあります。

資産と収益の両面から企業価値、すなわち売却価格を算定することが望ましいですが、最低でも時価純資産法による売却価格の算定を行い、現時点での「純資産はいくらあるのか」を把握し、算出できていないようであれば、準備期に実施するようにしましょう。

 

③準備期の失敗パターン3:売却するタイミングを見誤る

好条件で売却できるかどうかはその時々で変化するものです。マーケットの状況や業界が変化する中で、高く売れるタイミングもあれば、安く売らざるを得ないタイミングもあります。

例えば、貿易摩擦などで製造業の先行きが不透明になってくると、財務状態が健全でも引受先が二の足を踏むこともあり得ます。

会社が好調・不調時でも将来のマーケット動向を踏まえて行動しましょう。今はタイミングではないと判断した場合は、しばらくは様子見を行いながら、自社の企業価値を高めることに注力し、状況が良くなってからM&Aに踏み切る方が賢明でしょう。

 

④準備期の失敗パターン4:相手が見つからない

M&Aは相手のあることが大前提です、準備段階でどの相手が好ましいかをリストアップするのですが、経営者の中には「ここはダメ、あそこはダメ」と言う方もいます。

その理由がもっともなものであればよいのですが、買手候補を最初から狭めると手詰まりになってしまう可能性があるので、間口はできるだけ広く取った方がいいでしょう。

というのも、こちらがいくら希望しても相手企業にM&Aの意向がなかったり、買収することでどんなシナジーがあるのかに気づいていなかったりするケースも多いからです。

 

間口を広く取った方が買手候補も増えて有利に条件交渉できる可能性も高まります。

思わぬシナジー効果が見込める相手を見出すことにもつながります。ノンネーム(匿名)で打診する際には、できるだけ間口広く取るようにしましょう。

 

ただし、譲れないポイントは明確にしておく必要があります。

例えば、このM&Aで一番大事なのは価格なのか、社名の存続なのか、従業員の雇用継続なのか。

それがないと候補先の絞り込みの段階で判断がぶれてしまうことになるからです。

 

⑤準備期の失敗パターン5:M&A仲介会社の選択を間違える

M&A仲介会社の選択を誤ると手間も労力もかかり、M&Aに失敗してしまうリスクも高まります。

まずは、実績数と取り扱うジャンル(業種や業界)を確認する必要があります。

 

そして、何よりも重要視すべきポイントは、アドバイザーとしての主体性と責任感です。

売手の経営者の気持ちを汲むことは重要ですが、言う通りにしか動かないイエスマンではダメで、時には難しいことも厳しいことも言ってくれるアドバイザーでないと成果は得られません。

また、M&Aのプロセスは調整の場面が何度も訪れるため、調整力があるかどうかも重要なポイントです。

【関連記事】M&A仲介会社はどう選ぶべき?比較する際の基準を解説

 

【交渉期】

①交渉期の失敗パターン1:情報漏洩からの失敗

会社(事業)売却を検討しているという情報が事前に漏れてしまうと、従業員や顧客、取引先にマイナスの影響を与え、企業価値が低下し、会社の存続すら危ぶまれる事態にならないとも限りません。

そうなるとM&Aの実現は難しくなります。

 

しかし、買手側に買収の意思決定をしてもらうためには、最低限の情報開示がなければ交渉が前に進みません。

従って、事前に買手候補企業と秘密保持契約の締結が必須です。

 

また、買手だけでなく、従業員からの情報漏洩にも注意が必要です。従業員の離職、中でもキーマンが社員を引き連れて離職すると企業価値を大きく損ない、M&Aが難しくなります。

従業員からの情報漏洩にも留意し、適切なタイミングで情報開示していく必要があるでしょう。

従業員にはクロージング後に伝えることがセオリーです。

 

M&A仲介会社を利用せずに、経営者同士で話し合いを行う場合の情報漏洩リスクにも注意が必要です。

M&A仲介会社に依頼すると費用がかかるので、当事者同士で話をするというケースを時に耳にします。

M&Aの流れや注意点などを熟知している経営者であれば、良いと思いますが、よくわからないままに安易に話を進めると、自社の情報だけ取られて話が進まず、また、何をどう決めればよいのかわからないままに放置されることもあります。

 

そして、交渉先からの情報漏洩がきっかけで従業員が離反し、取引先からも離れられ、結果会社が立ち行かなくなる、または不当な評価を受けてしまう、といったことになりかねません。

よほどの自信と経験がない限り、M&A仲介会社や専門家を利用せずに交渉を進めることは避けた方が良いでしょう。

 

②交渉期の失敗パターン2:交渉で破談

トップ面談では、経営に対する考え方、従業員に対する考え方などをお互いに確認する場です。

売手側はこの方に任せても大丈夫かどうか、買手側はこの会社を引き受けても大丈夫かを見ています。

そこでお金の話ばかりや、好条件を引き出すために自分の事ばかり話をすることは控えたほうが良いでしょう。

特にお金の話は最終意思決定者が出す言葉として後に引けなくなってしまう可能性があるので注意が必要です。

 

【M&A実行後】

①M&A実行後の失敗パターン1:「売却したら終わり」と考えフォローしない

M&Aのプロセスを経て「会社を売却したら終わり」と考える経営者も多いのではないでしょうか。

しかし、事業の引き継ぎや実質的な経営は、売却後からスタートするため、買手にとってM&A後の統合プロセス次第でM&Aの成否が決まります。

 

また、売手にとっても、これまで自分についてきてくれた従業員のM&A後の処遇が気になるはず。

その意味で、売手にとっても、M&A後の統合プロセスまでしっかりと見守り支援するのが真の成功のためには不可欠と言えます。

 

買手次第ですが、現場の橋渡しを行うために売手の経営者が3カ月〜1年程度の引き継ぎを行うこともあります。

引き継ぎは、自分についてきた従業員にとっても、あるいは買手にとってもプラスに働くことが多いため、入念な引き継ぎを心がけましょう。

【関連記事】敵対的買収のメリット・デメリットとは?成功・失敗事例を解説

 

2.M&Aで失敗を避けるための3つのポイント

前項では、M&Aの準備期、交渉期、M&A実行後のそれぞれのステージにおける失敗のパターンを見てきました。

ここでは、M&Aのプロセス全体を通して、M&Aの失敗を避けるために最も重要な3つのポイントについて説明します。

 

①M&Aの目的を明確にし、ぶれない軸を持つ

M&Aは単独でなし得るものではなく、必ず相手方がいることが前提です。

だからと言って「売却さえできればどこでもよい」ということではなく、「どのような相手であれば自社がより発展し、従業員やその家族、取引先がより幸せになれるのか」を十分に検討すべきです。

 

最も重要なことは、M&Aの目的を明確にし、ぶれない軸を持つことです。

「なぜM&Aを選択したのか」「これだけはゆずれないという条件は何なのか」が明確であれば、買手探しや交渉に難航したとしても常に原点に立ち返ることができます。

これがないと、ちょっとした壁に突き当たるだけでM&Aをあきらめたり、希望しない条件で売却したりすることにもなりかねません。

 

②信頼できるアドバイザーに相談する

M&Aの目的やぶれない軸が現時点では明確ではないとしても、M&Aを検討したいと思ったら、守秘義務契約の締結を前提にM&Aアドバイザーに相談してみるのも良いでしょう。

M&Aを行う際に自社はどの程度の価値があるのか、相手先が見つかるのか、どんな企業が相手としてふさわしいのか、費用はどれくらいかかるのかなど、専門家の意見を早期に確認してみることです。

 

M&Aアドバイザーは一見華やかな仕事に見られますが、実際にやっていることは地味で泥臭い仕事が大半です。

時には経営者や株主にとって耳の痛い話もしなければなりません。

きちんと話ができて堅実な仕事をする人物かどうかを見極めて、信頼できそうだと思ったらできるだけ早いタイミングで相談することがM&Aに失敗しないための有効な方策の一つだと思います。

 

③相手企業との信頼関係の構築に務める

M&Aが成約に至るまでの準備と交渉の期間は、通常、半年から1年程度です。

この短い期間にお互いの信頼関係を築くことは、話し合いを順調に進める上でとても重要なことだと思います。

売手は嘘偽りなく会社の状況を洗いざらいお伝えし、買手も買収後の目標や統合計画を明確にして、お互いに歩み寄る気持ちをもって話し合いを進めることが大切です。

そうやって築かれた信頼関係はM&A成立後の統合プロセスにもプラスの影響をもたらします。

【関連記事】M&A仲介会社はどう選ぶべき?比較する際の基準を解説

 

3.中小企業におけるM&A失敗事例

これまで、準備期、交渉期、M&A実行後における失敗のパターン、およびM&Aで失敗しないための3つのポイントについて説明してきました。

ここでは、M&Aの失敗事例について具体的に紹介します。

 

【希望金額が高すぎてM&Aが成立しなかった製造業を営む経営者】

非金属製品製造を営む経営者から会社売却の相談を受け、買手候補企業を選定して紹介したのですが、希望売却価格が高過ぎて、買手候補企業となかなか折り合いが付きませんでした。

買手は「買収意向はあるがその金額は出せない」という状態だったのですが、交渉の末「これ位までなら出せる」あるいは「金額の払い方を変えるなら考えてもいい」と柔軟な姿勢を見せてくれました。

 

しかし、売手の社長は頑なに当初の条件にこだわり、首を縦に振ってくれませんでした。

「この条件を飲めなければ売らない。他の買手を探してほしい」といった具合で、他にも買手候補企業を何社か探してきましたが、やはり「時価純資産額を見る限り、ここまでは出せない」といった回答でした。

 

売手の社長はそれでも当初の考えを変えることなく、結局、M&Aは成約せずに終わりました。

しばらくして、その会社は廃業してしまったそうです。

 

このケースは、従業員の雇用継続よりも自分の経済的な利益を優先させたいという気持ちが先行し、まとまるものもまとまらなくなって、結局、廃業を選択せざるを得なくなったパターンのように思います。

当初の希望金額にこだわり過ぎた結果、M&Aが成約せず、従業員にまで不幸な目に合わせることとなりました。

買手候補は複数社ありましたので、少しでも歩み寄る姿勢を見せてくれれば状況は打開できたのではないかと思います。

 

【企業価値の評価を怠った】

ある機械部品メーカーの経営者から「会社の売却を検討していたところ、昔から付き合いのある社長から、その金額であれば是非という話になったので具体的に話を進めたい」との相談を受けました。

すぐに秘密保持契約を締結し、決算資料を預かって企業価値を評価してみたところ、打診された金額よりも高い金額であることがわかりました。その後、売手の社長から依頼を受け、買手に価格交渉に伺い、正規の売却価格で売却したいと伝えたところ、買手の社長は「言っていることは理解できるが、最初に金額を指定したのは売手の社長。再評価したから価格を上げてほしいと言われても困るし、その価格であれば手を引く」と言われました。売手の経営者には「他にも買手候補があるため、お断りするのも一つの手です」とお伝えしましたが、既に買手とM&Aを行う前提で設備投資を始めていたため、当初の価格でM&Aを実行することになりました。M&A後もそのしこりがなかなか取れず、現場にも影響を及ぼした結果、優秀な人材が流出してしまいました。

 

このケースは、売却側が価格提示を行い買手側が買収意向を提示するところまで自分たちだけで行っておりました。買手側は安く買収できたことで「成功」したと言えるかもしれませんが、売手側からすると何とも後味の悪い結果であったと言えます。M&Aの準備期に自社の価値評価を行うこと、そして根拠もなく安易に口約束しないことが大切だと言えます。

【関連記事】企業価値はどうやって評価する?M&AでEBITDAが使われる理由、メリットを解説

 

4.M&Aで失敗を避けるために準備すべきこと

M&Aを行うかどうかを判断するために、まずは情報収集から始めましょう。M&Aに限らず、ビジネスを行う上で情報がいかに重要であるかは、経営者であればよくお分かりのことだと思います。

 

その際、M&A仲介各社が提供している会社の簡易評価にトライしてみることをお勧めします。すぐにM&Aを行わないとしても、企業オーナーであれば自社がどれくらいの価値なのかは大きな関心事のはずです。これは、言ってみれば会社の健康診断のようなもの。ところが、経営者の方に自社の現在の純資産額を尋ねても、きちんと答えることができる方はそう多くはありません。簡易評価を通じて、この機会に自社の価値や実態をできるだけ正しく把握することに努めましょう。

 

その上で、M&Aアドバイザーとしての実績が豊富なM&A仲介会社の複数社に直接会って、より詳細な情報収集を行い、M&Aを行うかどうかの判断や、どのスキームでM&Aを進めるかなどをじっくりと検討しましょう。M&A決断後の準備には、通常、数ヶ月程度を要します。その間も今まで通りに事業を行っていく必要があります。精神的な負荷もそれなりに大きいということを理解し、決してあきらめない気持ちでM&Aに臨むことが大切です。

 

(話者:株式会社ベイシカルマネジメント 代表取締役 中森 恭平

※本記事は、「株式会社リクルート 事業承継総合センター」からの転載です。

 

 

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株式会社リクルート 事業承継総合センター

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