「モノよりコトを売れ」
「ストーリーが大切」
「相手の共感を引き出せ」
最近、この手の言葉をよく耳にする。
ディスプレイに並ぶ商品は、どれも品質がいいものばかり。
あとはいかに消費者の「感情」に訴えかけられるか……そういうやつだ。
それが最近のはやりなんだろうけど、実はわたしは、感情に訴えかけてくるコンテンツからできるかぎり距離を置いている。
だって、感情を揺さぶるコンテンツは、疲れるから。
「ご報告があります」動画を見たくない理由
「なんだか疲れるなぁ……」
最近、YouTubeを見るとよくそう思うようになった。
限られた視聴者を奪い合う群雄割拠のYouTubeにおいて、投稿者たちは注目を集めるのに必死だ。
その結果、
「ご報告があります」
「すべて話します」
「裏側を暴露します」
といった、お気持ち表明動画が日々アップされる。
昔は、そういう動画も見ていたのだ。やっぱり気になるし。
でも怒気を含んでだれかを責めたり、涙ながらに謝罪したり、納得いかないからってペラペラ裏事情をしゃべったりするところを見ると、なんだかこっちが疲れてしまって。
たとえば「後輩にブチ切れどっきり」「もし引退をほのめかしたらどうする?」のような、だれかを試す企画も見たいと思えなくなった。だってかわいそうだもの。
昔は、そういう企画もケラケラ笑っていられたんだけど……。
ロンドンハーツのマジックメールとか、すごく好きだったし。
でもいまはもう、そういう気持ちになれない。
感情をぶつけてくるコンテンツが多すぎて、それに振り回されたくない。
他人の感情を受け止めるためにエネルギーを使いたくない。
自分の感情を揺さぶる「高カロリーコンテンツ」より、穏やかな気持ちでボーっと見られる「ヘルシーコンテンツ」のほうが、よっぽど心地いい。
共感しない、感動しない、物語性もないコンテンツが楽
ヘルシーコンテンツとして楽しんでいるのは、たとえば犬のお散歩動画。
起承転結もなにもなく、モフモフのハスキー犬がうれしそうに原っぱを走り回るだけ。
ほかにも、パティシエがケーキをデコレーションする作業動画。
解説するわけでもなんでもなく、ただひたすら淡々と生クリームを波状に絞りだし、砂糖菓子を乗せていくだけ。
あとは、あつ森(『あつまれどうぶつの森』)の実況動画。
いろんな家具を「かわいい!」「この色もいいな~」と言いながらのんびり島を整備していくだけ。
そこには、共感するストーリーもなければ、感動するドラマもない。
「うおーおもしれー!」と思うほどの盛り上がりポイントもなければ、「なんだこれつまんねぇ」と低評価を押したくなるようなマイナス要素もない。
そう、なにもない、穏やかで感情が乱されない無風コンテンツ。
それが、とても心地いいのだ。
そういう動画はコメント欄もいたって平和で、荒らしコメントや批判的な意見はまず見ない。
感情に訴えかけるコンテンツではないので、感情的なコメントも皆無。
良くも悪くもわたしはそのコンテンツに愛着がないからファンでもないし、配信でだれかと仲良くなるわけでもないから、気楽に眺めていられる。
感情が、一切疲れない。
なんという快適さ。
この快適さを知ってしまうと、他人の強い感情をぶつけられるコンテンツは「ちょっと胃もたれしそう……」と、体が受け付けなくなってしまったのだ。
コンテンツのために感情エネルギーを使いたくない
「相手の感情に訴えかけるコンテンツにこそ価値がある」という主張に対し、わたしの考えは「逆張り」と言われるかもしれない。
でもわたしのように、「高カロリーコンテンツ」よりも「ヘルシーコンテンツ」のほうが好きっていう人、結構いるんじゃないかなぁ。胃にやさしいコンテンツというか……。
上司と性格が合わなくて明日がユウウツだなぁとか、ツイッターでいつもいいねしてくれる人がいいねしてくれなくてちょっと不安だなぁとか、何回言っても夫がトイレの電気消さなくてちょっとイラっとするなぁとか。
そういう小さなことで感情にさざ波が生まれて、わたしたちはいつもなにかしらの感情エネルギーを消費している。
そんななかで、他人が泣きながら謝る動画とか、怒りの暴露とか、かわいそうなドッキリとか、そういう強い感情をさらにぶつけられるのは、ちょっとしんどい。
娯楽であるコンテンツを楽しむときくらい、穏やかな気持ちでいたいって思うから。
たとえネガティブなコンテンツじゃなくとも、たとえば「結婚記念日にサプライズ」「入院していた飼い主が帰ってきて喜ぶワンコ」「スポーツ選手がリハビリから復帰」みたいなのも、いまいち乗り気になれない。
いままでの苦労話を聞いたら「そんな人やめとけよ」って眉をしかめちゃうし、再会を喜ぶワンコを見たら「ずっとさみしかったんだな」って悲しくなっちゃうし、リハビリシーンが痛々しくて離脱してしまう。
起承転結の「結」がハッピーエンドだとしても、「承」やら「転」でおなか一杯になっちゃうんだよ。
コンテンツのために、感情エネルギーを使いたくない。省エネしたい。
最近、その欲求がとてつもなく高くなっている。
インターネット=他人の感情をぶつけられる
目の前に500gステーキとエビフライとジャンボピザとカツ丼ととんこつラーメンを並べられたら、「ぐっ……!」ってならない?
いまのネットのコンテンツって、それと同じだと思う。
高カロリーなメインディッシュばっかりずらーっと並んでいて、「これ見たらおなか一杯になるよ!」っていうのばかり。
でも、毎日ステーキを食べたい人ってごくごく少数だよね。
たまにそういうのをがっつり食べたくなることもあるけど、毎日の食事として考えれば、もうちょっと胃にやさしいものを食べたいと思うもの。
「休肝日」や「プチ断食」という言葉があるように、ふだんお酒をたくさん飲んだり、脂っこいものをたくさん食べたりしている人でも、度が過ぎるとさすがに体を休ませたいという気持ちになるでしょう?
それと同じで、高カロリーのコンテンツが増えれば増えるほど、ヘルシーなコンテンツへの欲求が高まるんじゃないかなぁ、と思う。
「休肝日」「プチ断食」でたとえるなら、「デジタルデトックス」がそれに当たるだろうか。
インターネットから距離を取るメリットはいろいろあるが、「ネットを通じて他人の感情をぶつけられずに済む」というのも、そのひとつだ。
他人の感情に飲み込まれずにネットを楽しみたい
わたし自身、コンテンツを作って自分の感情を伝えている側だから、「感情をぶつけるコンテンツ」自体が悪いとは思わない。
でも、感情をぶつければぶつけるほど感情的なコメントが返ってくるのは道理。
だから炎上がいたるところで起こるし、攻撃的なコメントも多くなる。
たとえ「いい話」「感動した」というポジティブな評価が高かったとしても、そのぶん小さなスキャンダルひとつで「裏切られた」「がっかりした」と、可愛さ余って憎さ百倍状態になる。
わたしは割とはやい段階でそれに胃もたれしちゃったから、とりあえずツイッターから離れた。もう2年くらいになるだろうか。
前はフォロワーを増やすために毎日何件か予約投稿をしていたけど、いまはあまりつぶやいていない。Facebookにいたっては完全放置だ。
YouTubeでも、暴露系、迷惑系のチャンネルはささっと非表示にする。タイトルを見ることすらないように。
高カロリーのコンテンツを見れば、アルゴリズムがそれに最適化され、タイムラインが「他人の感情」で埋め尽くされてしまうから。
他人の強い感情からうまいこと距離をとって、平和なコンテンツが並ぶようにしていく。
そうやって、他人の感情が流れ込んで自分自身の感情が乱されないように、ちょっと気を付けているのだ。
だってこの世には、「メインディッシュ」のコンテンツが多すぎるから。
メインディッシュは、前菜やスープ、デザートや食後のコーヒーがあってこそ楽しく味わえるものなのに。
メインディッシュだけのフルコースなんて、食べきれないよ。
感情を揺さぶる高カロリーなコンテンツと、平穏でさっぱりとしたヘルシーなコンテンツ。
目立つのは、まちがいなく前者。
でも細く長く、絶えず需要があるのは、たぶん後者なんじゃないかな。
なにも考えたくないとき、穏やかに時間を過ごしたいとき、ぼーっと暇をつぶしたいとき。
そんなときに求めるのは、過激なコンテンツより、平穏なコンテンツだから。
目立ちたい、ファンを獲得したい、共感させたい。
そういう自己顕示欲を全面に押し出したコンテンツだけに需要があるわけではない。
だからわたしはこれからも、感情を押し付けない、穏やかでヘルシーなコンテンツを大切にしていきたいと思う。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち (新潮新書)
- 雨宮 紫苑
- 新潮社
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ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
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