つい先日、取締役がコンプライアンス意識皆無のマーケティング戦略を披露し、大炎上した某牛丼チェーン。
すでに各メディアが総力を上げて問題を指摘しているが、当人が笑いながら話したとされる言葉の中で、筆者がとりわけ気になったのは次の部分である。
「男に高い飯を奢ってもらえるようになれば、(牛丼は)絶対食べない」*1
役員の身でありながら、すがすがしいまでの自社商品に対する低評価。
それはともかく、この方の脳内には「高い飯」=「美味いもの」という固定観念が歯石のごとくこびりついているように思える。
そこで突然ではあるが、皆さまにひとつの問いを投げかけたい。
「本当に価値のあるグルメ体験とは何か?」
それはやはりTVで紹介された有名店とか、捕れたての魚を食わしてくれる店とか、そういうところのメシではあるまいか。
……といった思いを持たれる方がいたとしたら、自分はこう反論したい。
「どれだけうまいものを食っても、心に刻まれなければ意味がない」
逆に言えば、あなたにとって感動があったなら、牛丼だろうが自炊飯だろうが、立派なごちそうということだ。
あえて持論、というか暴論を言うなら、メシは味が全てでは決してない。
ましてや素材がどうこうといった話でもなければ、値段なんてどうでもいいんである。
突っ込まれる前に一応言っておくと、これは自分が高い飯、もしくはうまいものを食ったことがないから言える強がりでは、断じてない(たぶん)。
自分なりのグルメ観を求めてさまよった長年の経験に基づく信念である。
金を積めば食べられる高級料理など、その多くは時間が経てばやがて記憶から薄れていく。
それに対し、人生の忘れられないある瞬間、ある思い出の中に組み込まれた「食」は、生涯心に残るものだ。
そのような思いを込めつつ、自分が時に感動し、また時にはのけぞるほどの衝撃を受けたメシ話をご紹介したい。
1袋100円の「新じゃが」が教えてくれたこと
もう十数年の付き合いになる親友の家に、ヒゲさん(仮名)という居候がいた。
外見は、エヴァンゲリオン1號機のような体型にグラサン、ロン毛というインパクト系の40代である。
本業は解体工で、長身を生かした「壊し」の技は誰もが一目置くものだそうだが、同時に根っからの遊び人で、追い込まれないと働けないタイプ。
また、実に寡黙な性格で、ややこしい過去があるのか一切自分語りをしない。
そして、独り身が長いせいで自炊の腕はプロ並みという、思わず嫁ぎたくなるほど渋い男なのだった。
そんなヒゲさんがある日、何かのお祝いでメシをごちそうしてくれると言い出した。
彼に金がないことは、自分も親友も知りすぎるほど知っている。
嬉しいけれど、何だか申し訳ないと感じていたが、
「絶対食ったことないうまいもの、教えてやるよ」
なんて向こうからハードルを上げてきたから、「だったら”魅せて”もらおうか」と気合いを入れて、一期一会のメシに挑んだ。
先に結論から言うと、彼は炊飯器の設定を間違え、「保温」で米をたいてしまったようで、ごめんねえと謝られた。
ヒゲさん、そういうところだぞ。
と思っていたら「代わりに芋、食おか」と言って、両腕で抱えるほど大きな火鉢の灰を、曲がった火箸でほじくり始めた。
炭をどけて、中に埋まっていたホイルの包みを取り出すと、出てきたのはほくほくの新じゃが。
「1袋100円、安いでしょ。そこのスーパーで買ったんだけど、炭の下に半日入れといたから。でんぷんは、ゆっくり加熱するほど甘みが出るんだよね」
いやはや、うちらのためにそんな手間のかかることを、してくれていたとは……。
値段にすれば1個当たり10円もしない新じゃがだが、まるで極上のデザートのように滑らかな甘さと口当たり。
これは確かに、今まで食べたことがない。
ヒゲさんの、温かいもてなしの心。
金なんてかけなくてもうまいものは食えるという驚き。
そして何より「このオヤジ、伊達に長く生きてないな」という見直した感も相まって、最高のグルメ体験となった次第である。
このエピソードから自分が伝えたいのは、メシにはサプライズ感や人の思い、心に残るメッセージがあった方が記憶に残るということだ。
その点で、自分にとってもうひとつ忘れがたいのは、アジアの片隅で食べた極上のうな重である。
筆者が海外を放浪していた頃、クーデター発生前のミャンマーに何度も行き、首都ヤンゴンでひとりの日本人と出会った。
見るからに好青年、でも話を聞くと「今までよく生きていましたね」と言うしかない壮絶な人生を送っており、現在はヤンゴンでうなぎ屋をやっているという。
「これからはアジアの時代、俺は英語もミャンマー語もできないけれど、うなぎ職人としては誰にも負けない」
だから絶対成功する、ミャンマーに日本のうなぎ文化を広めてみせるーーといった感じで、放っておいたら身体が自然発火しそうなほどに熱い男なのだった。
そこまで言われて、行かないわけにはいくまいて。
というわけで次にミャンマーを訪れた際、教えてもらった場所を訪れた。
うらぶれたヤンゴンの裏路地を進んでいくと、視界に入ってきたのは半裸姿で遊ぶ現地の子供、そして場違い過ぎる大将のうなぎ料理店。
「いや、よく来てくれた、とにかく俺のうなぎを食ってくれ!」
そう言って、大将はミャンマー人スタッフに、炭火もっと強く起こしてだの、3番テーブルおあいそだのと、日本語でハッパをかけまくる。
ところが、スタッフはことごとく日本語を解さない。
「そんな串打ちで、客に出せるか!」
いや、それ絶対伝わってないからと思いつつ、待つこと30分。
嫌な予感とは裏腹にちゃんと頼んだうな重が出てきて、その味といったら日本国内の専門店に全くひけを取らないものだった。
「ここのうなぎは日本と品種が違うけど、俺が毎日市場に行って仕入れてるから、間違いないよ」
言葉が通じないのにどうやって交渉しているのか、いやそもそも、この店は1カ月後も存在しているのか。
いろいろと思いを巡らせつつも、自分はこのうなぎに、大将の心意気をみた。
人間、やってできないことはない。
嘘だと思うなら、俺を見ろーー。
それはまるで演歌のようにこぶしの効いた味であり、メッセージ。
だからこそ、もう5年も経つのに、あのうな重がどうしても忘れられない。
ちなみにその大将は、現在クーデターで大混乱の最中にあるミャンマーに、なおも残り続けている。
自分に元気をくれたあのうな重を再び食える日が来ること、そして美しきミャンマーに平和が訪れることを、今はただ願ってやまない。
危険と隣合わせのメシもまた格別
人間、好きこのんで危険な目に遭いたい人は、まずいない。
かといって、毎日同じことの繰り返しも退屈すぎる。
たまにはちょっとした刺激が欲しい、生存本能にスイッチが入る体験をしてみたいと思うのもまた、人のサガというものだ。
自分の場合、そんな冒険欲をメシでうっかり満たされてしまったことがある。
ややこしい過程を一切はぶくと、中国の福建省を旅行していた際、赤の他人の結婚式にお呼ばれする機会があった。
向こうの人は、冠婚葬祭で人が集まれば集まるほど、メンツが立つと考える。
さらに外国人への物珍しさもあったのか、全く面識のない人々からとてつもない歓待を受けてしまった。
それはいいとして、問題はメシである。
中華フルコースのメインディッシュとして出されたのは、カブトガニの姿焼き。
日本なら天然記念物、というかそれ以前に、カブトガニには毒がある。
確か、昔行ったタイでも目にしたが、「肉は毒があるから卵だけ食べろ、でも卵にも毒が少しあるからほどほどにな」と言われた記憶がある。
いや、お気持ちだけで結構ですと言いたかったが、そこは中国。
「これはこの地域にしかない料理だから、食ってくれ!」
「外国からせっかく来てくれた客人に、食わせないわけにはいかない!」
「俺たちは子どもの頃から食っている。毒があるなんて嘘っぱちだ!」
あらゆる言葉で先回りして、退路を断ってくるのだった。
もちろんそこに悪意はないのだが、自分にとっては一歩間違えたら死ぬかもしれない押し売りの善意である。
まあ、最悪でも入院くらいで済むだろう。
そう思い、意を決して食ってみると、想像以上にあっさりとしていて、上品な味。
フグと同じくテトロドキシンを持っていると聞いていたものの、身体がしびれたりはしなかった(でも皆さんは絶対真似しないように)。
思ったよりイケますねと周りの人に言うと、返ってきた言葉は、
「だから言っただろ! これは酒も進むから、ぐっといけ。たくさん食っても、アルコールで消毒すれば大丈夫だ!」
……って、やっぱり毒、あるんじゃん。
幸い腹を壊すことなく、命も落とさなかったけれど、あの時流した冷や汗と、初めて食べたカブトガニの味は、今でも忘れることができない。
さて、ここまで語ったメシ話は、皆さまの食欲を全く刺激しなかったに違いない。
だが、ありきたりなグルメ観に対し、自分なりに反抗のメッセージを込めたつもりである。
本当に価値のある食体験とは、いつでも記憶の戸棚から引き出して、幾度となく味わい返し、そして誰かに語り伝えられるもの。
高い飯について語ったところで、下手すれば単なる自慢話と捉えられるのがオチ。
しかし、自身が体験した心震えるグルメ体験ならば、きっとその感動は他者の共感を呼ぶはずだ。
皆さまがそんな素晴らしいメシに出会えることを、心より祈っている。
食いしん坊、バンザイ!(古いか)
*1
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(2024/12/6更新)
【プロフィール】
御堂筋あかり
スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。
Photo by: Jun OHWADA