「The Great Resignation ― 大退職時代(大量自主退職時代)」という言葉を耳にしたことがあるだろうか?

 

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明氏によると、この言葉は2021年にテキサスA&M大学のアンソニー・クロッツ准教授が提唱したもので、新型コロナの蔓延をきっかけに、主に米国で自ら退職する人が大量に増えている状況を指すという。

SNS上でも“I Quit”というタイトルで自身の自主退職を投稿する人が増える現象が起こっている。

 

また、繰り返すコロナの流行の中でも感染が落ち着いた2022年3月においても、米国の労働力人口における労働参加率は62.3%と、約45年ぶりの低水準で、慢性的な人手不足となり急激な賃金上昇を招いているとも言われる。

 

働く人々に、今、何が起こっているのだろうか?

 

「大退職時代」の背景

前述の後藤氏によると、この現象の背後には、①景気回復による売り手市場 ②生き方に対する価値観の変化 ③働き方に対する価値観の変化 ④エンゲージメントの低下 があるのだという。

 

ここでは②、③の「価値観の変化」に注目してみよう。

パンデミックによって一時的に仕事を失った労働者には比較的手厚い保障や給付が付与されたため、求職が増えても「翻弄され続けるならしばらく働かないでおこう」と考える人や、「もっと良い条件でなければ職場に戻らない」と考える人が少なくない。

 

仕事を失わなかった場合であっても、リモートワークが浸透したことで、生産的な時間の使い方や、家族とのつながり、ワークライフバランスを見直す労働者も増えた。

逆に、ストレスで体調を崩す社員も増え、ウェルビーイングに関する意識も高まった。

また、職場自体に対する問題意識、例えば、感染症対策をしっかりしているか、社員の健康や安全を本当に考えているのか、ここで働いていて自分は成長できるのか、等も浮き彫りとなってきた。

 

コロナ禍で生き方を見直した若者の間では“YOLO(You Only live Once) ”という、「人生一度きり」という言葉が浸透し、自分で自由に人生の時間を使えるような生き方、働き方が求められているという。

こうした環境下で、労働者は「果たして今の職場は、自分の大事な人生の時間を使うのに、相応しい場所なのだろうか」と考え始めているのだ。

 

大退職時代の企業にとっての、福利厚生という対抗策

この流れに対して、多くの企業が取り組み注目を集める施策が福利厚生の拡充だ。

実例としては、2022年4月からアップル社が米国の小売店舗で働く従業員に対し、福利厚生の制度を大幅に拡充するというニュースがある。

 

報道によれば、フルタイムのスタッフは、雇用期間が以前の制度に比べ短くても有給休暇が増える。

そして、パートタイムのスタッフにも初めて有給休暇が最大6日与えられ、有給の育児休暇も付与される。

 

まさに「従業員の採用と引き留めが一層厳しくなっており、店舗従業員の間ではコロナ禍での労働条件に不満も出ている」という背景から生じており、従業員の健康維持や家族ケアのための福利厚生を拡充するから、ここで働いて欲しいと用意されたものなのだ。

 

ここまで述べて来たのは、主に米国で起きている現象だが、同様のことは日本でも起こりうることである。

 

福利厚生とは

改めて確認するが、福利厚生とは、賃金など基本的なもの以外に企業が従業員に対して用意する報酬だ。

これには、各種社会保険など政府によって定められた「法定福利厚生」と、企業が自由に設定する「法定外福利厚生」がある。

 

労働政策研究・研修機構が2020年に発表した報告書によると、日本企業が福利厚生を充実させる目的には、「従業員の仕事に対する意欲の向上」(60.1%)、「従業員の定着」(58.8%)、「人材の確保」(52.6%)など雇用維持・確保の関連事項が大きい。

続いて「従業員同士の一体感の向上」(35.0%)や「従業員が仕事に専念できる環境づくり」(32.5%)などが挙がる。

今後更に必要性が高まると考えるものには、「企業への信頼感やロイヤリティの醸成」や「従業員が仕事に専念できる環境づくり」が「現在」と比べ 5 ポイント程度高くなっている。

 

コロナ禍だけではない、もうひとつの理由

福利厚生のような雇用維持・確保のための施策を取り入れる必要が高まる要因は、日本とってコロナ禍だけではない。

今後回復に向かおうとする日本経済に影を落としている問題の一つに、「人手不足」が挙げられる。

2022年2月の帝国データバンクの調査によれば、47.8%と半数近い企業で正社員が不足しており、新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた2020年2月と同水準まで上昇している。業種別では、「情報サービス」(65.7%)や、「飲食店」(65.1%)、「建設」(62.6%)で高い割合だという。アルバイトやパートなどの非正社員も、「飲食店」などの個人消費関連で不足の割合が7割と高まっている。

 

また、この調査と同時に実施した「2022 年度の賃金動向に関する企業の意識調査」によれば、正社員が「不足」している企業ほど、賃金などの待遇改善を見込んでおり、社員数が「適正」(51.1%)や「過剰」(41.1%)な企業と比べて高い傾向がみられているという。*

 

世界においても特に激しく少子高齢化が進み、労働力人口が減り続ける日本において、働き手確保の問題は米国より厳しいのかも知れない。

ゆえに、賃金の上昇はもとより、福利厚生の拡充をはかり、採用力向上や雇用維持に力を入れる企業が増えつつあるのだ。

 

福利厚生は時代を現す鏡

企業が自由に設定する「法定外福利厚生」は、いわばその時代の労働者の関心を表す鏡とも言える。高度経済成長からバブル期には、リゾート地での保養施設利用などレジャー系が流行した。

健康への意識が高まるとスポーツジムの利用が増え、社内に多様な働き手が増えると、一律の制度ではなく、カフェテリア・プランのような個々人が選択できる制度が増えた。

また、オフィス内での飲み物や食事を無料で提供するベンチャー企業が注目されたこともあった。

 

最近では、働き方改革に伴う、柔軟な働き方を許容する制度が増えている。

また、肉体的、精神的、社会的に良好であることを指す「ウェルビーイング」や「健康経営」に関する福利厚生も世界的に増えており、ヘルステックなどITテクノロジーを絡めたサービスも広がりを見せている。

 

少子高齢化の進行、一億総介護時代を前に、不妊治療費を補助する制度が出来たり、法定以上に厚い男性の育児休業制度、介護支援の制度などを導入したりする企業もある。

 

更に、社員の能力開発に資する制度も増加している。若い世代は特に、その職場に所属することが自身の成長に資するかを重視する。

また、既存の社員であっても外部環境の変化で企業の戦略方針が変わり、新たな仕事をするためにリスキリングが求められることも起こり始めている。

こうした背景から、オンデマンド型のオンライン学習サービスなどの導入も増えている。

 

興味深いのは、こうした福利厚生をアウトソースする企業が増えていることだ。

自社で多様な福利厚生を扱うと、それだけ手間やコストもかかり、規模の小さな企業にとっては重荷でもある。

だからこそプロに任せ、時代や従業員の要請に合う福利厚生メニューを柔軟に提供できる体制を作っているのだ。

こうした背景から、福利厚生を含む人事・総務関連事業を請け負うビジネス市場は成長を続けている。

 

今後も社員と企業の関係はますます変わっていくだろう。

マッチング・プラットフォームの発達により、フリーランスや業務委託でも十分仕事ができるし、ITを活用したリモートワークなら、日本にいながら世界の企業でも働けるようになった。

労働力人口も減る日本においては、優秀な人材を集められるか、魅力的な職場になれるかどうかが企業にとっても成長の鍵だ。

 

これからの時代の福利厚生は、企業の社員に対するエンプロイー・エクスペリエンスを上げるための注目すべきものになるかも知れない。

 

<参考>

「企業における福利厚生施策の実態に関する調査」 企業/従業員アンケート調査』労働政策研究・研修機構(JILPT)

 

(執筆:林 恭子)

 

 

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