はじめに

買手にとってM&Aの成功のためには、簿外債務の把握は欠かせません。

簿外債務は企業価値に影響し、買収価格を決定するときに加味すべき重要な情報のひとつですが、場合によっては、簿外債務に気づかない可能性もあります。

 

そこで本記事では、簿外債務の具体的な内容や買手のリスクを減らすための対処法を、クローバー会計事務所の柴田亮(しばた あきら)さんに詳しく解説していただきました。

 

1.M&Aを成功させるために把握する必要がある簿外債務とは?簿外債務の定義

帳簿簿外債務とは帳簿の外にある債務のことで、貸借対照表に計上されない債務を指します。

簿外債務というと不正会計のようなマイナスイメージを持つ人もいるかもしれませんが、会計のテクニック上、計上しない債務もあり得るのです。

とくに中小企業の会計は簡略化が認められているため、簿外債務は珍しくありません。

 

2.なぜ簿外債務が発生するのか?簿外債務の原因について

売手の立場からすると少しでもバランスシートを良く見せたいという思惑があり、ここではなぜ簿外債務が発生するのかを説明します。

 

交渉を有利に進めるため

買手は売手の企業価値を正しく評価するために、デューデリジェンスにおいて売手からの企業概要書を徹底的に調べます。

そのなかで特に評価に影響するのが、バランスシートに計上されていない簿外債務です。

 

売手からすると、少しでも企業価値を上げるためにバランスシートを良く見せ、交渉を有利に進めたいというのが本音でしょう。

開示されていない簿外債務がデューデリジェンスでも発見されなければ、バランスシートの見た目は良くなり、結果的に企業価値は上がります。

 

しかし、譲渡し終わった後に簿外債務が発見されれば、契約違反となり責任を問われることになるでしょう。

何よりも信用を失うことにつながるため、交渉にあたっては誠実な対応が必須です。

 

3.簿外債務の種類

M&Aを行う際に、簿外債務が存在するかどうかのチェックは非常に重要です。簿外債務となるケースとしては、主に、次のようなものが挙げられるでしょう。

 

・未払いの残業代
・買掛金
・債務保証
・リース債務
・未払いの社会保険金
・賞与引当金
・退職給付引当金
・訴訟リスク

 

(1)未払いの残業代

最も多い簿外債務の中の一つが「未払い残業代」です。中小企業では、サービス残業で未払い残業代が発生しているケースも多く、デューデリジェンスの際に表面化しやすい簿外債務のひとつです。

タイムカード等の勤怠記録を見るだけでは不十分なケースもあり、買収監査時に社長やキーマンへのヒアリングを通じて未払い残業代が発覚することもあります。

 

(2)買掛金

買掛金とは、取引先との取引によって生じた買入代金のうち、まだ支払いがすんでいないものを指しますが、この買掛金の計上漏れは簿外債務の原因のひとつです。

また、電気やガスなどの未払金、保険料やリース料の未払費用など、これらの計上漏れも簿外債務のひとつとなり得ます。

 

(3)債務保証

企業がほかの企業や個人の保証人となっている場合、債務者が債務不履行に陥ると連帯保証人として債務を負うことになります。

決算書に引当金を計上する代わりに、連帯保証人である旨と保証金額を注記に記載して処理されることも多く、簿外債務になりやすいといえるでしょう。

 

(4)リース債務

リース債務とは、ファイナンスリース取引のときに発生する債務のことです。

リース債務を賃貸借処理として仕訳する際に、簿外債務が発生する可能性があります。

リース取引は数年単位の長期間に及ぶものもあるため、債務履行も数年と長いものになりがちです。

 

通期の支払いリース料のみを費用として計上するため、長期債務が決算書に表面化されにくく簿外債務となってしまいます。

 

(5)未払いの社会保険金

社会保険金の加入は中小企業では一定発生します。

特に、契約社員やパート社員等で発生しがちです。M&Aの場合では、買収監査でよく簿外債務となりやすい項目で、買収時の表明保証で保証するか、買収金額から未払いの社会保険金を減額するような対応をとることが多いです。

 

(6)賞与引当金

賞与引当金とは、「将来従業員に支払う予定の賞与に関する引当金」です。

平成10年の税制改正において、賞与引当金は損金計上が認められなくなったため、その実務処理が疎かになり簿外債務となる可能性が高いといえます。

 

(7)退職給付引当金

退職給付引当金とは、「将来支払う予定の退職金に関する引当金」です。

年金制度等が存在すると、計算も複雑になりミスが発生しやすく、賞与引当金と同様に損金として認められないため、簿外債務となりやすい勘定のひとつです。

 

(8)訴訟リスク

将来訴訟される可能性がある紛争や、現在行っている訴訟が存在する場合、損害賠償責任が発生する可能性があります。

訴訟内容によっては、所有している企業の許認可の停止や巨額の存在賠償請求が発生する可能性もあり、M&A等を行っている場合M&Aの成功可否を決める非常に重要な要素になりえます。

また、判決が確定していないと計上されることは少なく、簿外債務につながりやすいです。

 

賞与引当金や退職給付引当金などは、デューデリジェンスの際に把握しやすいのですが、決算に絡まない訴訟リスクなどはヒアリングをしなければわかりません。

訴訟についてはリスクが無限のため、デューデリジェンスのときに念入りなヒアリングが欠かせないでしょう。

 

4.簿外債務のリスクを回避する対処法とは

(1)デューデリジェンスを徹底的に行う

M&Aにおいて、買収のときの成功ポイントは簿外債務の把握であるため、徹底的なデューデリジェンスが欠かせません。

とくに帳簿に上がってこない項目については、念入りな調査と丁寧なヒアリングを行う必要があります。

 

会計監査をしている公認会計士であれば、帳簿のお金の流れや自身の経験から、ある程度簿外債務を推測することができます。

実際には、社内の文書や決算から当たりをつけることができるでしょう。

 

簿外債務は把握しづらいものもありますが、訴訟リスクのようなリスクが無限ともいえるものも含まれるため、専門家やコンサル会社への依頼は必要不可欠です。

たとえ買収規模が小さくても、費用をかけて専門家に依頼することをおすすめします。

 

(2)表明保証を記載する

表明保証とは、M&Aにおいて売手が買手に対して、契約の内容が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証するものです。

 

通常、M&Aでは、デューデリジェンスによって売手の法務、税務、財務などの問題点を洗い出し、この調査結果を株価に反映させる交渉を行い、最終的な譲渡価格を決定します。

しかし場合によっては、限られた時間やコストのなかで、デューデリジェンスによりすべての簿外債務を抽出することは難しいでしょう。

 

そのためM&Aでは、デューデリジェンスの結果や財務状況からある程度の網羅性を担保した表明保証を最終契約書に盛り込み、簿外債務のリスクを可能な限り低減することが一般的です。

 

表明保証の内容として、次のようなものが挙げられます。

 

・デューデリジェンスで開示された情報に虚偽がないこと
・財務諸表と会計帳簿は正確であること
・開示していない偶発債務がないこと
・買手が把握していない訴訟を起訴されていないこと

 

M&Aを行った後に簿外債務や粉飾決算が発覚すると、大きなトラブルに発展する可能性が高くなります。

このような事態を避けるためにも、デューデリジェンスと表明保証をしっかり行いましょう。

 

5.簿外債務がわかった場合の対処法とは

もし簿外債務が発覚した場合は、どのような対処法が考えられるでしょうか。ここでは、簿外債務が発覚した場合の対処法を3つ紹介しましょう。

 

(1)M&Aを中止する

仮に、売手が重大な訴訟を抱えていると判明した場合、買手は、将来予期せぬ負債を負う可能性があります。

M&Aによって得られるメリットと簿外債務によるデメリットを天秤にかけ、デメリットのほうが大きいと判断した場合は、M&Aを中止するほうが無難でしょう。

 

(2)M&Aのスキームを変更する

デューデリジェンスで簿外債務がみつかった場合、事業譲渡に切り替えるのもひとつの方法です。

M&Aでは、売手の簿外債務をそのまま引き継ぐ必要がありますが、事業譲渡であれば、事前に不要な資産や契約、簿外債務などを除いて、欲しい事業のみを手に入れることができます。

 

(3)表明保証内容を遂行する

M&Aを実施したあとに、簿外債務や粉飾決算などが発覚し自社に損失が出た場合、表明保証の内容を遂行し、損害賠償請求や契約の解除などを請求できます。

 

6.まとめ

M&Aの最終契約書には、簿外債務に関する表明保証を記載することが一般的です。

開示していなかった簿外債務が後から発覚すると責任を問われるため、売手も真摯な姿勢でM&Aに臨むことが求められます。

しかしながら、売手側の経営者自身が自社の簿外債務を把握しきれていないことも多いので、買手はデューデリジェンスや表明保証を徹底することが大切です。

 

実際の実務では、「簿外債務だけを調べてほしい」、「全体の流れも大切だが、簿外債務をとくに念入りに精査して欲しい」といった要望をよく受けます。

専門家の立場からすると、簿外債務の精査は資産の評価よりもずっと重要です。

 

M&Aを行う場合は、簿外債務についてきちんと理解している専門家への依頼が欠かせないため、会計監査を行っている公認会計士やM&A仲介会社に相談することをおすすめします。

 

(話者:クローバー会計事務所 公認会計士・税理士 柴田亮(しばた あきら)

※本記事は、「株式会社リクルート 事業承継総合センター」からの転載です。

 

 

 

 

 

■著書プロフィール

株式会社リクルート 事業承継総合センター

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