はじめに
現代日本の企業社会においては、欧米諸国と同様に企業の売買、すなわちM&Aがごく普通に実行される時代になってきています。
M&Aの目的は、ある企業を買収し自社の傘下に収め、新しい事業を展開し、規模の拡大やシナジー効果による効率化をすることで、自社の業績を飛躍させることにあります。
かつてはマイナスイメージで語られることが多かったM&Aも、今では事業発展のキーワードとしてとらえられることも増えてきました。
しかしながら、数千万から億単位の金銭が動くだけに、いざM&Aとなると買手も慎重にならざるを得ません。
M&Aを行いたい企業の企業価値を見誤ると、想定していた事業計画に支障が生じるばかりか、自社本体の事業にマイナスの影響が出てしまうとも限りません。
したがって、M&Aの際には当該企業の企業価値を正確に把握する必要があるのです。
そこで今回は、M&A時の専門的調査等を行う「デューデリジェンス」のノウハウに詳しい、U&FAS代表で公認会計士・中小企業診断士でもある氏家洋輔さんに、デューデリジェンスの種類と方法および注意点などについて解説していただきました。
1.デューデリジェンスとは
「デューデリジェンス」とは英語で”Due Diligence”と綴り、Dueは「正当な」、 Diligenceは「努力」という意味の2つの単語を組み合わせた言葉です。
デューデリジェンスの意味について明確な定義はされていませんが、今ではデューデリジェンスといえば企業買収の際に行われる、売手への専門的な調査を意味しています。
M&Aでは、これから買収しようとする企業の現在の企業価値がどれくらいなのかが最も重要なファクターとなります。
ビジネスでは、買う品物が本当に自分の役に立つのかどうかを、正確に「品定め」をする必要があります。
これと同様にM&Aの現場では、専門家による売手企業の実態の調査が実施されており、これら一連の作業を「デューデリジェンス」といいます。
なお「デューデリジェンス」は略して「デューデリ」や「DD」とも呼称されています。
2.デューデリジェンスの目的
デューデリジェンスでは、財務・法務・税務・環境・ITなど多角的な観点から調査が実施されています。
デューデリジェンスを行う主な目的は、以下の4点に集約されます。
(1)M&Aの可否
デューデリジェンスを実施した結果、売手の企業価値が想定よりも低いことや、粉飾決算や法的トラブルが発覚し、買収後のリスクが高まる恐れが出てくることがあります。
その場合はM&Aを断念するケースもあり得るので、デューデリジェンスはディールブレイク(買収の障害)を判断するに適切な手段になるのです。そしてデューデリジェンスの結果は、M&Aにゴーサインを出すか否かの判断材料ともなるわけです。
(2)買収価格の算定に有用な情報の提供
売手の企業価値や法的リスクなどを正確に把握することは、M&Aの交渉において、価格決定に大きな影響を与えるファクターとなります。
(3)契約書に記載すべき事項の有無を確認
M&Aでは売手と買手との間に契約書が取り交わされます。デューデリジェンスで判明した事実を参考に契約書に記載すべき事項の有無を確認します。
(4)買収後の経営・統合に向けた事項
M&A成立以降、デューデリジェンスでの発見事項を参考に買手の経営戦略や統合にかかる戦略にも検討されます。
3.デューデリジェンスの種類と方法
企業価値算定(バリュエーション)には、いくつかの種類と実行する際の複数の方法論があります。どの種類を優先するのかは、各企業の戦略や業種、業態、環境などによって異なります。
手法ごとに意味・目的・具体的にどのような情報が必要かによって何を調査するのかを明確にします。対象企業の正常収益を割り出すことは多くの企業価値算定手法でも必要となるため重要と言えるでしょう。
デューデリジェンスにて判明した事実により、現在の企業の価値を計ることが重要な目的です。
それではここで、デューデリジェンスの代表的な種類と方法について解説します。
(1)財務デューデリジェンス
財務面を優先してデューデリジェンスを実施する企業が多いです。
やはり、買収後の企業運営や事業計画に最も影響するのは財務面なので、これは必然的な傾向といってよいでしょう。
財務デューデリジェンスでは、企業価値算定(バリュエーション)をどういった方法で算定するかがポイントとなります。
企業価値算定方法は、買手側によって異なることも少なくないため、買手側がどのような手法で企業価値を算定したいかを把握することが重要です。
例えば企業価値算定(バリュエーション)手法をDCF法とする場合には、財務デューデリジェンスでは、「正常収益力・運転資本・設備投資・ネットデット・事業計画」などの複数の調査項目があり、これらの正確な分析がカギとなります。「財務デューデリジェンス」の各種方法とその要点を以下に紹介しましょう。
①DCF法
買手企業がある程度大きな規模である場合に用いられるデューデリジェンスが「DCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)法」です。
将来の事業計画から現在価値に割り引いて企業価値を計るという、これからの事業戦略を見据えた形の企業価値算定(バリュエーション)手法です。
②純資産法
簿価の純資産から時価調整して時価純資産を算定し、その数値を基準に株価を算定する方法が「純資産法」です。
現時点での企業の実態純資産を把握するために有効な方法であり、企業の貸借対照表を正確に分析・検証することが重要ポイントとなります。
③年買法
規模がそれほど大きくない企業に用いられることが多い方法が「年買(ねんばい)法」です。学説などに基づく厳格な根拠がある方法ではなく、企業社会の慣習として用いられています。
「時価純資産+減価償却前の営業利益×3年~5年」という計算式が一般的です。時価純資産や正常収益力の正確な把握が重要ポイントとなります。
財務デューデリジェンスでは、上記の企業価値算定(バリュエーション)手法に合わせて、必要な調査をしていきます。
他にも法務デューデリジェンスとの連携により、簿外債務や未払賃金の有無、訴訟を抱えているケースでは敗訴の場合はどれくらいの金銭的マイナスが生じるか、未払い残業代などの情報を法務デューデリチームとコミュニケーションを取りながら数値に落とし込みます。
(2)法務デューデリジェンス
「財務デューデリジェンス」の次に広く実施されている調査項目が「法務デューデリジェンス」です。
売手が置かれている法的なリスクは顕在化されていないことが多く、入念な調査を怠るとM&A成立後に思わぬ事態が生じることも珍しくありません。
以下に「法務デューデリジェンス」のポイントを列挙しましょう。なお、詳細な内容は弁護士等の専門家に依頼しましょう。
①株主の全てを把握しているか
現在の株主がどれくらい多岐に渡っているかなど、全株主の状況を把握しているかを売手が事前に調査することは重要です。
株主の問題でM&Aが不成立となる場合も少なくないので、慎重な調査・対応が必要となります。
②多面的な検証
会社の基本的事項の確認として、以下の項目等が調査対象となります。
・過去の株主総会決議の有効性確認
・取引の契約書の内容確認
・提携している会社との契約書確認
・人事労務、労使関係の契約を確認(特に未払い残業代の有無などを確認)
・知的財産権の掌握(会社保有の「著作権」「特許権」「意匠権」「商標」など訴訟の有無)
(3)事業デューデリジェンス
ビジネス面にフォーカスした財務的な事業分析をするのが「事業デューデリジェンス」です。
会社の強み・弱み・機会・脅威を解析するSWOT分析など、定性的な分析や財務チームとも連携をしながらKPI分析など定量的な分析が必要で、今後どうすれば事業が伸びるのか、事業戦略に関わる重要事項のために必要な調査となります。
4.デューデリジェンス実行上の注意点
M&Aには売買契約前の最も重要な作業がデューデリジェンスです。
成立後の後悔が許されないM&Aだけに、デューデリジェンスを実行する上での注意点について以下に挙げてみましょう。
(1)方法の選択
最初に、様々な種類があるデューデリジェンスの中からどの方法を選択するのか、あるいは各方法の優先順位はどうするのかを決めなければなりません。
方法の選択はM&Aにかかる総予算との兼ね合いで決めることが多いようです。たとえば、譲渡費用3,000万円で買収する場合に、デューデリジェンスに500万円を使う会社は少ないようです。どれくらいの費用を割けるのかをあらかじめ決めておかねばなりません。
予算が限られているとしても、最低限の調査として「財務デューデリジェンス」は必要だと思いますし、実際に調査をされている会社が多いです。
やはり中小企業の場合は、粉飾や粉飾でなくても会計上の誤りが多いのが一般的で、数字の中身を分析せずにM&Aをするのは怖いですからね。
財務の次は、リスクが隠れていることが多い「法務デューデリジェンス」で、この両者以外は予算やリスクの度合によって検討した上で行うのが一般的です。
(2)自社によるデューデリジェンス
買手が売手の同業者である場合、買手が自社で事業デューデリジェンスを行うケースもみられます。ただし、自社デューデリは外部委託よりも客観性に欠けるケースがあります。
そのため、M&Aのデューデリジェンスの専門家に依頼するのが賢明でしょう。M&Aの専門家であってもマッチング(仲介等)とデューデリジェンスは全く異なる業務となり、報酬の計算方式も異なるパターンが多いです。
マッチングの場合は、たとえば譲渡金額の5%等が報酬となるレーマン方式での算出方法が一般的ですが、デューデリジェンスの調査費用は定額報酬となっていることが主流です。
5.デューデリジェンスにおける売手の注意点
売手にとってはデューデリジェンスが無事に完結することがM&A成立の絶対条件です。売手としては、デューデリジェンスへ友好的に協力することが大切です。デューデリジェンスにおいて、売手が守るべき注意点を以下に紹介しましょう。
(1)誠実な対応
売手は、買手側のデューデリジェンス担当者からいろいろなことを根掘り葉掘り聞かれることを覚悟しなければなりません。その際、会社の価値が下がるかもしれないと、事実関係を隠ぺいしてしまうことがあります。
しかしながら、隠ぺいが発覚するとせっかくの信頼関係が崩れてしまい、最悪の場合はM&Aが不成立となりかねません。
売手は、マイナスの情報をいくら隠しても必ず発覚するということを肝に銘じ、デューデリジェンスには誠実な態度で対応することを忘れてはなりません。
(2)事前の準備
デューデリジェンス担当者は、いくつもの資料提出を求めてきます。資料の提出が滞ると、調査に支障が出て、M&Aの契約進行にも大きな悪影響を及ぼします。
デューデリジェンスが進まない→調査が終わらない→調査結果不明のためM&Aが不成立、という流れにならないよう、必要な書類は事前に準備しておくことが肝要です。
6.まとめ
売手としては、デューデリジェンスで企業価値が低くみられるのでないかと心配する経営者もいることでしょう。
何も対策を講じずに戦々恐々とするよりも、デューデリジェンスまでに時間的余裕があれば、状況を整えて自社の企業価値を上げることができます。
また、企業価値を少しでも上げるために専門家を活用すれば、M&Aの契約内容を売手有利に進めることも可能です。
一般的に、M&Aでは企業同士のマッチングについてばかりが注目される傾向がありますが、マッチングと並行し、デューデリジェンスを正確かつ円滑に進めることが、売手・買手共に大切なのです。
(話者:U&FAS 代表 氏家 洋輔(公認会計士・中小企業診断士))
※本記事は、「株式会社リクルート 事業承継総合センター」からの転載です。
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■著書プロフィール
㈱リクルートが運営する「M&A仲介会社・買手企業の比較サービス」です。
弊社品質基準を見たす仲介会社50社、買手企業17,000社以上の中から、売手企業様に最適なパートナーを、着手金無、業界最低水準の成果報酬でご紹介します。
事業承継及びM&Aに関するコンテンツを中心にお届けします。
Photo by Romain Dancre