先日、男子サッカーのワールドカップ・カタール大会が行われ、サッカー界のスーパースターであるメッシを擁するアルゼンチン代表チームが、同点からのPK(ペナルティキック)戦で勝ってワールドチャンピオンに輝きました。
後半、残り時間あと10分くらいまで、アルゼンチン代表がフランス代表を2-0とリードしており、フランスはほとんどチャンスもない展開だったので、僕は「ああ、これはもう『メッシ戴冠モード』だな」と、翌朝からの仕事に備えて寝ようとしていたのです。
ところが、フランスの怒涛の反撃で同点に。
延長戦ではメッシのゴールでアルゼンチンが勝ち越し、ようやく決まったか、と思ったら、ハンドの反則で得たPKをフランスのエース、エムバぺが決めてまた同点に。
終わってみれば、メッシの悲願成就とともに、歴史にのこる試合、決勝戦になりました。
ドイツ、スペインと一緒のグループでは、グループリーグ敗退だろうなあ、なんかいつのまにかはじまって、なんとなく終わっていく大会なんだろうなあ、と思っていた日本代表チームの躍進もあって、日本でもどんどん盛り上がっていきましたよね。
これまで、スポーツにまったくと言っていいほど興味がなかった僕の長男も、スマートフォンのサッカーゲームにハマり、試合中継も熱心に観ていました。
自分でボールを蹴るつもりはあまりなさそうですが、ワールドカップのような大きなイベントというのは、無関心だった人が興味を持つきっかけになるのだなあ、と思い知らされたのです。
この決勝戦、最後はお互いのチームから選ばれた5人(5人で決まらなかった場合には決まるまでキッカーを追加して継続)の選手がPKでのゴール数で勝負を決める、というPK戦にもつれこんだのです。
PKの成功率は、近年のワールドカップでは、7割くらいと言われているそうです。
7割というのは「3回に2回以上は成功するが、失敗も珍しいことではない」というくらいの数字です。
決勝トーナメントの1回戦では、日本代表がクロアチア代表にPK戦で敗れていて、そのクロアチア代表は、準々決勝でも強豪ブラジルをPK戦で下しました。
「日本代表チームは、もっとPKを練習しておくべきだった」という声もかなりあったのですが、今大会の日本代表の前評判からすると、まずはグループリーグ突破に全力投球せざるをえず、その後に必要になるかもしれないPKについては、優先順位が低かったのも致し方ない気がします。
グループリーグの前からPKの練習ばかりしていたら「それどころじゃないだろ!」とみんな思っていたでしょうし、決勝トーナメント進出が決まってから付け焼刃で練習しても、追いつくようなものではない。もちろん、PKはまったく想定外、というわけではなく、データもあり、練習もしてはいたのでしょうけど。
クロアチア戦のPKのキッカーは立候補で決めた、という時点で、もう万事休す、ではあったのかもしれません。
PKはサッカーの一部ではあるけれども、同点で延長まで闘いぬいた試合が、フィールドでのゴールとは違う形で終わってしまうことには、違和感があるのも事実です。
一時は、どちらかが決勝ゴールをきめるまで続ける、という方式も採用されていましたが、選手の消耗や怪我のリスクも考えると、どこかで「区切り」をつけなければ、ということで、PK戦による決着が続いているのです。
今回のアルゼンチン対フランスの決勝戦、僕はNHKの中継を観ていたのですが、PK戦になったとき、解説者が(名前は忘れてしまいました。申し訳ない)、「PKのキッカーは、試合にフル出場していた選手よりも、途中出場でフレッシュな状態の選手を選んだほうが成功率が高いというデータがある」という話をされていました。延長戦までの120分フル出場していると、疲労でキックの精度や集中力が落ちるのかもしれない、と。
もちろん、個々の選手のPKの得手不得手やコンディションはあるはずですが、ずっとこの試合に参加して頑張っていた選手に蹴らせてあげたい、と僕なら考えてしまいそうです。基本的に、より状態が良い選手を先発で起用しているだろうし、試合の雰囲気に馴染んでもいるだろうから。
でも、そういう「情」や「思い込み」を排すれば、「出場時間が短い、疲れていない選手のほうが、成功率が高い」というのがデータで示された「答え」なのです。
1本のPKくらい、とは言うけれど、「極度の疲労」というのが人間のさまざまな面に影響するというのは、スポーツ選手ならずとも理解はできます。
2014年に上梓された『「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか』(クリス・バーディック著/夏目大・訳/CCCメディアハウス)という本のなかに、サッカーのPK戦についてのこんな記述がありました。
期待とシュートの成功率の間には複雑な関係がある。ジョルデは研究の中で、この30年間に国際試合で重要なPKを蹴ったことのある選手を3つのランクに分けている。
まずランク1は、「PKの時点ですでに最高の地位にあった選手」だ。たとえば、FIFAの最優秀選手賞を獲得した経験のあった選手などがこれにあたる。ランク2は「後に最高の地位を得る選手」で、PKの時点ではなく、その後に同等の賞を取った選手を指す。そしてランク3が「最高の地位にはいない選手」だ。PKの前も後も主要な賞を獲得しなかった選手が該当する。
PK戦のシュート成功率だけを見ると、この中で最も低いのはランク1の選手で、65%にとどまる。それに対し最も成功率が高いのはランク2の選手で、89%にも達する。ランク3の選手はその中間で、成功率74%だった。
高いレベルの技術があれば、当然PKを決める確率も上がるはずである。だがすでに高い評価を得ている選手の場合は、皆から寄せられる期待が大きくなってしまう。その期待がペナルティスポットにいるスター選手の脚をもつれさせるようだ。ランク1の選手はPKの成功率が低いだけでなく、ゴールを完全に外してしまう確率も高い。
たまたまゴールキーパーが動いた方向と逆に蹴ったおかげで成功したラッキーゴールを除外して計算するとランク1の選手のPK成功率はさらにひどく、なんと40%となる。その一方でランク2の選手は、その場合でも86%と高率を維持する。
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これに関しては、「キーパーが動いた方向と逆に蹴る」というのは「ラッキーゴール」ではなく、観察力と高度なテクニックに基づくことも多いのではないか、とも思うのですが、少なくとも統計上は「いまが旬のスーパースターほど、PKを外しやすい」と言えるのです。
「この先、FIFAの最優秀選手を穫れる選手かどうか」を判断するのは難しいことですが、「いまのスーパースターよりも、将来性がありそうな伸び盛りの選手に蹴らせるほうが良い」ということなんですね。
ほぼ10年前に紹介されていたデータで、スポーツ界でのデータ解析の進歩を考えると、もう、古くなっている可能性もありますが(スーパースターはプレッシャーが大きいから外すのか、フル出場していて運動量も多く、疲れているのが原因なのかも判断するのはむずかしそうです)。
1994年、ワールドカップ・アメリカ大会決勝、PK戦にもつれこんだブラジル対イタリア戦での、イタリア代表のロベルト・バッジオ選手がPKを外してしまった場面は忘れられません。
外したら、負けが決まってしまうイタリア。ものすごくプレッシャーがかかっていたはず。
でも、キッカーは、当時の世界的なスーパースターのバッジオですから、ここは決めるに違いない……と思いきや……ここであのバッジオが外すのか……
僕はそれほど熱心なサッカーファンというわけではないけれど、「大事な試合では、スーパースターがPKを外す」というイメージがあったのです。
スーパースターと呼ばれる選手は、PK戦に起用される頻度も高いし、もともとの注目度が高いので、外すと記憶に残りやすい、ということなのだろうな、と思っていました。
実際は、すごい選手だから、PKの成功率が高い、とは限らないのです。
原因が疲労か、プレッシャーか、あるいはその両方なのかはわからないけれど、「成功率だけを考えるのなら、メッシをあの場面での最初のキッカーにするべきではなかった」のかもしれません。
とはいえ、PK戦の最初のキッカーとして、アルゼンチンからメッシ、フランスからエムバぺが出てきたときには「そりゃそうだよな」と僕は思いましたし、世界中であの試合を観ていた人たちも、きっとそうだったはずです。
いまの時代、こういうデータは、おそらくワールドカップに出場するチームはみんな持っているはずですから、両監督は、そんなことは百も承知で、これまでチームを牽引してきたエースを指名したのでしょう。
いくらデータ上リスクが高くても、あのPK戦でメッシをメンバーから外すのは、監督自身、そして、応援している人たちの「情」を思えば、至難だったはず。
メッシが決めれば、勢いに乗れる、という算段もあったでしょうし。
その「算段」とかいうのが、思い込みであったり、失敗の誘因になったりしやすいものではあるんですけどね。
データがあっても、それをみんなが納得する形で運用するのは、けっこう難しい。
そして、疲労というのを甘くみてはいけない。
そうは言っても、そんな「データ」に従えば、必ず良い結果になるとも限らないし、人は「データ上の成功率よりも、感情的に悔いのない選択」をしたがるのです。
データ的には「不適切な選択」でも、メッシはPKを決め、伝説を完成させました。
科学やデータ解析が発達しても、まだ、人間がやることを完璧に予測することはできません。
理不尽だし、難しい。
だからこそ、面白い。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

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借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
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3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
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・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
著者:fujipon
読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。
ブログ:琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで
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