要約:日本では少子高齢化が進んでいる。高齢化率が高くなると国全体の認知機能、ひいては運転技能も低下し、交通上の問題となる。よって自動運転待ったなしである。

 

増える運転免許の自主返納

どこもそうかもしれないが、精神医療の現場には時代ごとのブームがあり、世間がそこから透けてみえる。

 

20年ほど前は従来に比べて重症度の低いうつ病や不安障害の患者が増えていく時期だった。

社会的ひきこもりがトピックスになった時代でもある。それが10年ほど前になると発達障害の患者が急増し、診断することも相談を受けることも日常的になった。

 

最近増えていると感じるのは、認知症とその周辺症状の診断、それから運転免許センターからの「認知症についての公安診断書を書いて欲しい」という依頼である。

この書類について詳しく知りたい人は、警察庁のウェブサイトにpdfファイルがある のでそちらをご覧いただきたい。

とにかく、こういう診断書を書いて欲しいと依頼されることが増えているのだ。その大半は運転免許センターで行われる認知機能検査の点数が低くて受診するよう促されたものだが、家族が心配して警察に相談し、そのうえで受診に至るケースも少なくない。

 

こうした私の肌感覚が統計的に裏付けられるか確認してみよう。

同じく警察庁「運転免許統計(令和3年)」を確かめてみると、運転免許センター等で認知機能検査を受けた人の数は平成24年には約133万人だったものが、令和3年には約209万人に増えている。

 

高齢ドライバーに義務付けられている高齢者講習の受講者も、平成24年に約201万人だったものが令和3年には約338万人まで増えている。

これだけ高齢ドライバーとその認知機能検査の件数が増えれば、認知症などを疑っての受診依頼が増えるのも当然だろう。

 

運転免許の自主返納数のグラフにも、それが如実に表れている。

こちらのグラフはニッセイ基礎研究所『高齢者の運転免許返納は増加したか?~返納率は上昇するも、都道府県差は拡大』  のものだが、免許返納者数は急激に増加している。

 

グラフからも読み取れるように、2017年には道路交通法が改正されて認知機能検査の厳格化がすすめられ、免許返納者数は一気に増大した。やはり、高齢者の免許返納とそのための受診依頼は増えているのだ。

 

地方のロードサイドで精神医療に携わっていると、この運転免許の自主返納についての受診依頼が不可避的に舞い込んでくる。

本人や家族が返納する気まんまんならこの仕事は簡単だが、本人や家族が返納したくないと思っている時、この仕事は大変難しいものになる。病院での認知機能検査、各種の画像検査をとおしてはっきりと認知症と診断できる場合でも、本人や家族が納得してくれるとは限らない。

 

その気持ちはよくわかる。公共交通機関の発達した都内などならともかく、地方のロードサイドで自動車運転できる者のいない生活は不便きわまりない。

数十年前に山奥に開墾されたニュータウンなどは最悪だ。というのも、そのようなニュータウンは完全にモータリゼーションを前提につくられていて、そのうえ人口減少や高齢化のために路線バスの便数が減少し、頼りになる商店もほとんど無いからだ。

 

だからといって、認知症の診断根拠が揃っているものを見逃すことはできない。

家族に「この人が自動車運転できなくなったら生活が成り立たないんです」などと懇願されても、虚偽の診断書を提出するわけにはいかないし、認知症と診断される人が公道で運転するのを放置するわけにもいかないのである。

 

これからの日本こそ自動運転が必要な国ではないか?

増える高齢者と認知症、そして免許の自主返納。それらはひとりひとりの高齢者にとって切実な問題で、警察と医療が連携して取り組むべき課題でもある。

だが実際には、高齢化による運転技能低下の最も目立つ氷山の一角に過ぎない。

 

免許の自主返納が行われようとも、国全体でみるなら運転免許取得者の平均年齢は高くなり続けていて、それに伴って、運転技能は低下し続けていると想定しなければならない。

 

医療の場で用いられる認知機能検査からも、それがうかがえる。

認知機能を測定する検査をみてみると、同じIQ100でも30代と60代では基準が違う。IQ100の30代はIQ100の60代より検査そのもののスコアは高い。

逆に考えるなら、IQ100の人が30代から60代に加齢すれば、基本的に認知機能は低下するとみてとったほうがいい。ならば、国全体で高齢化が進むなら、国全体の認知機能のアベレージも下がらざるを得ず、それは運転技能にも反映されるはずである。

 

というより、運転技能こそ、国全体の高齢化によって避けがたく認知機能の低下の影響を受けるのではないか?

 

昔から、高齢者には英知がある・年の功があるとも言われてきた。情報社会の進展により「おばあちゃんの知恵袋」の値打ちは急速に目減りしているが、結晶性知能という言葉もあるぐらいだから、知識や経験が重要な分野ではシニアが活躍することもあるだろう。

 

しかし運転技能に関連した知能(たとえば知覚推理や処理速度など)の低下は避けられない。

eスポーツのアスリートは20代のうちに能力の曲がり角に直面するし、戦闘機のパイロットも40まで現役でいられる人はそう多くない。自動車運転はそれらに比べれば運転技能に関連した知能の低下がずっと問題になりにくいし、中年のドライバーは高齢者や若者に比べて自動車事故を起こしにくい。

 

とはいえ、結晶性知能と違ってこちらはごまかしも挽回も効きづらい。そして国全体が高齢化すれば、そうした技能も全体的に低下していく。

 

ドライバーの高齢化がひときわ進んでいる分野もある。地方のタクシーは高齢ドライバーが増えた。トラックのドライバーも平均年齢がじりじり高齢化していると聞く。

タクシーの高齢ドライバーの運転を眺めていると、反応の鈍さをゆっくりとした運転でカバーしようとしているドライバーが多い。しかし唐突な出来事への対応力という点では心もとないドライバーもいる。

 

そして唐突な出来事は高齢な歩行者や自転車運転者も起こしがちなことだ。昭和時代には道路に飛び出してくるものといえば子どもと相場が決まっていたが、この少子高齢化社会では高齢者が飛び出してくる。

そして子ども同様、高齢者の行動はしばしば予測困難だ。

 

だとすればだ。

自動運転システムは日本こでこそ必要ではないか。

 

アメリカは、イノベーションと効率性に導かれて自動運転とそのシステムを構築しようとしている。そうしたシステムを構築するのがテスラなのかグーグルなのかアップルなのかは、ここでは論じない。

しかしそのアメリカは日本と比べて事故死等に対して大変アバウトな国でもある。そのアバウトさを種々の統計を合体させて書き記すと以下のようになる。数字は2020年のものだ。

《アメリカ(人口3.3億)》

・自殺48000人
・薬物中毒死 93000人
・交通事故死 38000人超
・殺人 推計21000人超
・これらの合計 200000人超
《日本 (人口1.25億)》
・自殺 20000人弱ぐらい
・薬物中毒死 たぶん少ない
・交通事故死 3000人弱
・殺人 1000人弱ぐらい
・これらの合計 24000人+αぐらい?

アメリカがアバウトな国だからこそ自動運転が先に実用化されるのだろうけど、本当は、アバウトな国は自動運転なしでも何とかやっていけるのだろう。第一、アメリカは日本ほど高齢化していない。

 

しかし日本は違う。自動運転を導入するためのハードルこそ高いが、切実に自動運転を必要としているのは日本である。

これからますます高齢者の割合が増え、国全体で運転技能が低下する日本にこそ、自動運転はふさわしいし必要だ。

 

実のところ、日本では交通事故で亡くなる人の数は減り続けている。アメリカや自動車の普及段階にある途上国などに比べればまったく少ない。

しかし統計からみて、日本における命の重さはアメリカや途上国のそれより重いはずで、実際、命は丁寧に扱われ、管理され、保護されている。アメリカや途上国並みに交通事故があっても構わないんじゃないかと思う人は、日本では少数派だろう。

 

こうした命を巡る価値観と、とめどもない高齢化の掛け算の答えとして、日本こそ、アメリカとはぜんぜん別の理由で自動運転待ったなしである。

 

ところで……

ところで、国全体で認知機能が低下するとして、影響を受けるのが運転技能だけとは思えない。

たとえば政治、たとえば経済、たとえば文化に対しても、本来、その影響は甚大なはずである。

明確に認知症と診断し得る人を認知症と診断し、治療や支援の対象にしていくだけでは、そうした影響を完全に免れることはできない。本当はそちらのほうが問題として大きい気がするが、紙幅の都合もあるので、そこらへんについてはまたの機会に譲る。

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo by UnsplashViktor Bystrov