2月17日に打ち上げが中止された、H3ロケットの初号機。
「それは一般に失敗といいます」と記者会見で言い放った記者に多くの批判が集まったことは、まだ記憶に新しい人も多いのではないだろうか。
この日の打ち上げでは、システムが異常を検知した結果として、シーケンスの中断が決定されている。
そのため客観的に見て、「打ち上げ失敗」ではなく「打ち上げ中止」というのが正しい表現だろう。
しかし共同通信の記者は「失敗」という言葉を引き出そうと粘り、SNS上で多くの反発を招いた。
おそらくこの出来事では、
「事実を都合のいいように言い換えさせようとする狡猾さ」
「挑戦者に対するリスペクトの無さ」
が多くの人の気に障り、騒動になったのだと理解している。
それはそうであろうし、正直、記者を擁護できる理由は何一つ思い浮かばない。
しかしその上で、この問題はそんな程度の扱いで、このまま終わらせてもいいのだろうかと危惧している。
この記者の一連の言動には、日本が衰退した原因の多くが詰まっていると言っても過言ではないからだ。
さらに言えば、太平洋戦争で日本が敗れた本質的な原因すら、色濃く現れている。
なぜそんなことを、いい切れるのか。
”パラメーターがバグってる”
話は変わるが、昭和の頃に小学生や中学生であった私たちオッサン以上の世代は、毎年夏になると繰り返しこんなことを教えられていた。
「空母が主力の時代に、愚かな日本軍は戦艦にこだわり為す術もなく惨敗した」
そのため中年以上の世代では、今もなんとなくそう信じている人が多いのではないだろうか。
しかしこのような昭和の教育は、多くの部分で事実ではない。
少し客観的な事実をお話すると、正規空母を世界で初めて戦力化したのは日本海軍であった。
1922年に竣工した『鳳翔』である。
さらに、空母を中心とした航空機による集中攻撃を実戦に初めて投入したのも日本であり、真珠湾攻撃がそれだ。
加えて、真珠湾攻撃から2日後に勃発したマレー沖海戦では、英国海軍の旗艦プリンス・オブ・ウェールズを航空機だけで撃沈し、世界に衝撃が走る。
それまでの海戦の常識が全く通用しない戦法であり、結果だったからだ。
なお少し補足すると、これは決して
「日本海軍が先見の明に優れており、航空機時代の到来を世界に先駆けて見抜いていたから」
というわけではない。
日本が締結した軍縮条約を受けた苦肉の策の産物なのだが、本論ではないのでここでは割愛したい。
いずれにせよ、大艦巨砲主義の時代を過去のものに変え、航空機優勢というパラダイムシフトを世界に引き起こしてしまったのは、間違いなく日本であった。
しかしこの「衝撃の事実」をいち早く理解し、文字通り一瞬にして戦い方を変質させたのは日本軍ではなく、むしろ米軍であった。
一連の敗戦の経緯から学んだ米軍は、直ちに大型戦艦の建造を中止し、生産能力のほとんどを空母と航空機に振り向ける。
その凄まじさは後に「月刊正規空母、週刊護衛空母」と呼ばれるほど、毎月のように正規空母1隻、毎週のように小型空母1隻を完成させるほどのチートぶりだった。
ではなぜ、米軍はこれほど素早く組織も戦い方も変えることができたのか。
米軍の強さの源泉をその工業力やシステム、優れた戦術にあると分析する人は多い。
しかしそれらは本質ではなく、もっとも恐ろしいところは「組織学習を重視したこと」にある。
言い換えれば、「米軍には、同じ手が2回通用しない」のである。
より具体的に言えば、米軍は敗戦や作戦の失敗そのものを個人の責任として過度に扱わなかった。
もちろん、過失として負うべき責任があればリーダーを処分することに躊躇しない。
その一方で「正しい情報」を提供し、「敗戦の原因究明」に貢献した負け戦の将には、再起のチャンスを残す。
このようにして、
「なぜ敗けたのか」
「失敗の原因はなんだったのか」
「その中でも、上手くいったことは何かあったのか」
を直ちに組織の知恵に変え、共有し、皆で学習する仕組みを持っていたこと。
これこそが米軍の強さの、もっとも重要な源泉である。
考えてもみてほしいのだが、新しい戦い方を見い出し、実戦で使ってみたら大勝をしたのでもう一度やってみたら、次は返り討ちに遭うのである。
それどころか、短期間でコピーし、より洗練された戦術や装備に進化させ襲いかかってくるのだから、反則だろう。
こんなヤバい敵、ゲームの世界でいえばパラメーターがバグってる無理ゲーというものだ。
実際に米軍は、1943年11月のタラワ作戦では日本軍の反撃で3,300名余りの死傷者を出す、大きな被害を受けた戦闘を経験している。
その時の日本軍守備隊の死傷者は4,800名だったので、戦争中盤以降の米軍には珍しい、相当な苦戦である。
しかしその2ヶ月後に仕掛けたクェゼリン上陸戦では、日本側9,000名の死傷に対し、米側は1,954名の死傷者で、要衝を奪うことに成功している。
タラワ作戦ではどのような攻撃で手痛い被害を受け、その一方でどのような攻撃が日本軍に有効であったのか分析・学習し、ただちに戦場に取り入れたからだ。
「同じ失敗を2度やらかさない」を徹底する組織の強烈さを、数字が示している。
“失敗とは重要な知的財産”であることを、米軍は80年以上も前から知り尽くしていたということだ。
その一方で、日本は敗軍の将兵に極めて過酷で、失敗に不寛容であった。
いや、敗戦そのものを認めず、“敗戦の事実を知っている将兵を排除・隔離した”とまで言ったほうが正しいだろう。
このようにして、将兵の死を無駄にし、失敗からの学習を放棄し、米軍との差は戦うたびに開く一方になっていった。
学習を重視する組織に、学習を軽視する組織が勝てるわけがないということである。
先の大戦の敗因を、大艦巨砲主義や両国の工業力の差といった誤った、あるいはより小さな要因で理解する人は多い。
しかしもし日米の工業力が同等で、両国ともに戦艦だけで戦ったとしても、果たして日本は勝てただろうか。
それ程に、失敗からの学習を重視する組織・個人というのは強烈であり、あまりにも強い。
”魔法の呪文”
話は冒頭の、「それは一般に失敗といいます」についてだ。
なぜこのような言動が日本を衰退させ、さらに戦争に敗れた本質的な原因を表しているとまでいい切れるのか。
そもそもなぜ、組織や社会が失敗に不寛容になるのか。
それは「失敗を絶対に許さない文化」が根底にあり、失敗に対する必要以上の恐れが、私たちに染み付いているからだ。
「打ち上げ作業の中断」を「失敗」と認めさせ、書き立て批判しようとする記者の姿勢がそれを如実に示している。
日露戦争の際、作戦遂行に失敗した日本海軍の提督は露探(ロシアのスパイ)とまで、新聞に書き立てられた。
煽られた民衆は提督の留守宅に石を投げ込み、家族は世間からのメディアリンチに苦しめられている。
失敗を認めさせ、世論を煽るのが本当に”報道”だとでもいうのだろうか。
そして太平洋戦争でも、批判と失敗を恐れるこのようなマインドは随所で、形になって現れている。
真珠湾攻撃では、二次攻撃を仕掛け徹底的に基地を叩くべしという現場からの上申を、艦隊司令部は却下した。
より大きな戦果を目指すよりも、失敗を恐れたからである。
このような事例は、枚挙に暇がない。
こんな社会で、一体誰が勇気を持ってリスクに挑戦できるのか。
失敗の経験や知見を進んで提供し、改善に役立ててもらおうなどと考えられるのか。
そんなイノベーションと改善を放棄した社会など、戦争に敗れ、右肩下がりに衰退して当然ではないか。
失敗という名の勇気ある挑戦を称え、そこから生まれるイノベーションをこそ”財産”と考えること。
挑戦や失敗をあげつらい嗤うことこそ、批判されること。
日本がそんな社会になることを、心から願っている。
イノベーションとは、数千数万の失敗と挑戦者たちの挫折の上に、成り立っているのだから。
余談だが、「ガリガリ君」で有名な赤城乳業が2012年9月、「ガリガリ君コーンポタージュ味」という“キワモノ”を発売したことを覚えている人は、いるだろうか。
この時、意外な組み合わせが話題になり僅か3日で販売の一時休止に追い込まれたほどに、空前の大ヒットを記録した商品だ。
しかし実はこの「コンポタ味」。新製品の投入を決定する本社の会議で参加者は、総じて否定的であった。
「味が新しすぎる」と、新奇性を危ぶみ失敗を恐れる意見が多かったのである。
しかし社長の井上秀樹氏は、失敗を恐れる意見が大勢を占める中でこんな事を考えていた。
「“失敗してもいいから好きにやってみろ”と社長が覚悟を決めれば、みんな自由に動き出す」
そしてこの奇抜な新商品にGoサインを出すとチームは瞬く間に一つになり、プロジェクトが動き出す。
トップが腹を決めた途端に空気が一変し、“キワモノ”は空前の大ヒット商品へと変貌を遂げたのである。
確かに私たちは、失敗が怖い。
失敗を嗤う人、あげつらうメディアを無くすことはできないし、その口を塞ぐこともできない。
その一方で、失敗を恐れ強ばる仲間たちの顔を一瞬でキラキラした目に変えてしまう魔法があることも、知っているはずだ。
その魔法が使えるのはリーダーと呼ばれる人たちであり、「責任は俺が取る」と腹を決めた瞬間に使えるようになる、素敵な魔法である。
“失敗してもいいから好きにやってみろ”
この魔法の呪文を多くのリーダーが使いこなし、部下の目をキラキラにすることを願っている。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
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・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
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2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
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・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
昭和の頃、私が通っていた小学校では下校時刻が16時30分でした。
その時に、子供たちに帰宅を促すために校舎に流れていた曲は「哀しみのソレアード」だったのですが、今もこの曲を聞くと、友達とバイバイしなければならない時間が来た条件反射で悲しくなります。
走馬灯のBGMでは、この曲がロックで流れて欲しい。
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Photo by:Jakub K