前世の行いがよほど悪かったのだろうか。

まるで狙い撃ちにでもされているかのように、理不尽な出来事に次々と見舞われていた時期がある。

 

ハイライトは、知らないうちに連帯保証人にされていたことだ。

全く関わりのない会社の運転資金である。それを知ったのはコトが起きてから10年近く経った頃で、その額たるや、1億円近いというではないか。

 

そんなぁ、嘘でしょう?

なにも知らずにのほほんとしていた自分が滑稽に思えてきて、ついヘラヘラしてしまった。

 

しかし、実際問題として、とてもじゃないが、笑っていられるような状況ではない。

いい材料が全くみつからないのだ。

 

実印を預けたのはわたしの落ち度であって、悪用されても仕方ない。

届いていたはずの書類を受け取っていないと主張しても、自宅の郵便受けに配達された段階で受け取ったとみなされる。筆跡鑑定をしても、わたしの署名ではないと100%証明することはできない……。

 

そのうち張本人が「Yに署名させた」と白状したが、ようやく探しあてたYさんは激怒して逆に訴えるという。

「いやもう、すごい剣幕でね。さんざん怒られちゃいました」

弁護士は苦笑まじりにそう言ったが、怒って当然だ。上下関係を盾に無理強いされたにしろ、倫理感を発動して断ったにしろ、こんなことに巻き込まれたYさんこそいい迷惑だと、わたしは申し訳なさでいっぱいになった。

 

八方塞がりとはあのことだ。

 

今は晴れて無罪放免の身の上だが、ここまでの道のりは長く険しかった。

友だちが「それ小説に書きなよ」と言うくらいの波乱万丈っぷりだ。

 

ことほど左様に、この世は理不尽なできごとのてんこ盛り。

だが、犬死にするわけにもいかないではないか。

その真っ只中を生き延びるには、どうしたらいいのだろう。

 

理不尽な目に遭うことにかけては人後に落ちないわたしの話に、少しだけお付き合いいただけるだろうか。

 

善行は隠れてやるものです

そういえば、わたしは、2人の教師からいじめを受けたことがある。

 

1人目は中学教師のNだ。

担任でなかったのは不幸中の幸いだが、週に4日はNの授業があった。

 

40そこそこのNは、長身でおしゃれ。なんとなく都会的な雰囲気を漂わせていたので、一部の女子の間では人気があった。

そのNに、わたしはいきなり嫌われてしまっていた。理由はわからない。

 

Nのやり口は巧妙だ。表向き、いじめだとは気づかれないようにやるのである。

たとえば、こんなことがあった。

 

昼休み。天窓の隙間から吹き込んだのだろうか。階段の踊り場に大量の雪が積もっていた。それを1人で片づけているところに、Nが通りかかった。

「偉いねぇ。ご苦労さん」

にこやかに声をかける。

首を横に振り作業を続けたが、嫌な予感がした。Nがこんなチャンスを逃すはずがない。

 

案の定だった。午後の授業で、Nはいきなり「善行」と板書する。

「善行ってわかるか? いい行いです。でも、それを台無しにしてしまうことがある。それは、これみよがしにやることだ。こんなにいいことやってます、なんてな。どんなにいいことをしても、みせびらかしたら最低だ。そんなのは善行じゃない。善行は隠れてやるものです」

そう言いながら反応を確かめるように、薄ら笑いをこちらに向ける。

 

いつもそうだった。

髪を切ったときも、きついズボンを履いていたときも、眼鏡を変えたときも。

わたしのやることなすことすべてに、当てこすりを言わないではおかないのだ。でも一般論として語るので、誰もわたしが標的にされているとは気づかない。

 

来る日も来る日も、おまえはバカだ愚かだクズだと言われ続けたらどうなるか。おかげで自己肯定感はだだ下がりだ。摂食障害にもなった。それは今でも悩みの種である。

一体、どうしてくれるのだ。

 

おまえはどうなのだ?

暗黒の3年間だったが、誰にも相談できなかった。

友だちと呼べる唯一の女子は、皮肉にもNのお気に入りであからさまに贔屓されていたし、彼女の方もNに好意をもっているのを知っていたので、Nの話題は避けていた。

 

両親にも言えなかった。

ところがある日、思わぬ形でチャンスが訪れる。

今では考えられないことだが、先生方御一行が実家の酒蔵見学にやって来たのだ。

 

その夜、父が言った。

「ミーコ、N先生が成績のこと仰ってたんだけど」

「……?」

「先学期、テストで満点近くとったのに通知表が“3”だったんだって? それは授業態度が消極的だったからだって」

「……そう」

それっきりわたしは口をつむいだ。父は心配そうだったが、その視線を外して部屋を出る。涙が溢れそうだったからだ。

 

いじめがらみの事件が起きたとき、「どうして気づいてやれなかったのか」と悔やむ親御さんの姿が報道される。

でも、そんなとき、決してご自分を責めないでほしい。いじめられている子どもは誰にも言えないのが普通だし、むしろ隠そうとするものだから。

 

わたしもそうだった。

親に相談できなかったのは、親を信頼していなかったからではない。心配をかけまいという気持ちもあったが、それだけでもない。

 

どう言ったらいいのだろう。

ありったけの力で両足を踏ん張り、崩れ落ちそうになるのを必死でこらえているのに、誰かに弱音を吐いたら、そして慰められでもしたら、へなへなと崩れ落ち、もう2度と立ち上がれなくなってしまう。そんな恐怖に支配されていた、と言えばいいだろうか。

 

ただ、この一件で、わたしは悟った。

Nは卑怯なやつだ。

おまえはバカで愚かでどうしようもない人間だとわたしに言い続け思い込ませてきたが、じゃあ、そういう自分はどうなのだ?

逃げることも抗うこともできない子どもを、教師という立場を使って面白半分にいじめるおまえは?

 

そう思ったら、すっきりした。そのうち怒りも湧いてきた。

教師と生徒という構図からは逃れようもなかったが、Nの言葉にうなだれることはもうなくなった。

その代わり、無理にでも笑顔をつくり、顔を上げる。それで痛みが和らぐわけではなかったが、少しだけ強くなれた気がした。

 

理不尽なことをされ続けると、まるでそうされる自分の方が悪いかのように思えてくる。だが、絶対にそんなことはない。悪いのは間違いなく理不尽な目に遭わせている方だ。

 

今、理不尽な目に遭わされている人は、そのことを心に刻み、ご自分を労わってほしい。そして、できたら悲しむのではなく、怒ってほしい。怒りのエネルギーはきっと、あなたを悲しみから解放してくれるだろう。

 

どうぞお元気で!

同窓会があって、40年ぶりにNと会った。

待ち望んでいた瞬間だ。

再会できるとは思っていなかったが、再会したらあの頃のことをひと言謝らせたい。そうしないと気がすまないと思っていた。

 

でもその晩、わたしはなにも言わなかった。

それどころか、Nのグラスにビールを注ぎ、Nの話に相づちを打ち、

「先生、どうぞお元気で!」

ありったけの笑顔で見送りさえしたのである。

 

そうさせたのは短い会話だ。

「お父さん、お元気?」

「今年、十三回忌です」

「あ、そう……」

 

わたしは反射的に、父がNの話をしたときのことを思い出した。そして、Nもあの日のことを思い出しているに違いないと感じた。

もしそうだとしたら、Nは今、なにを思っているのだろう。

 

Nと会うことはもう二度とないだろう。いい機会だ。あの頃のことはもう全部、Nに返してしまおう。Nが抱え、Nが自分で答えを出せばいい。

わたしはそんなふうに、あの頃のことを手放した。

 

大変だったでしょう?

2人目の教師は大学院で出会ったKだ。

大学院といっても、わたしが入学したのは41歳のとき。学問一筋で妥協のない人生を歩んできたKにしてみれば、主婦で母親で仕事をもつわたしが目障りだったに違いない。

 

Nのときと同じように、Kにも最初から嫌われていた。

ただ、Nと違うのは、Kがわたしだけでなく、関わりをもつほぼすべての学生に照準を合わせていたことだ。

壮絶なハラスメントに、Kの研究室に所属していた友だちは心を病み、授業を受けていただけのわたしも過食症をぶり返した。

 

そのうち限界がきて、わたしはKと「対決」することにした。

勝つ気しか、しなかった。悪いのはKに決まっているし、わたしの怒りも半端ではなかったからだ。

 

その日は雪が降っていた。そのせいだろうか、いつもより早く家を出たのに、どこの駐車場も満車だった。空きを探してぐるぐる回っているうちに、授業時間になってしまう。

 

「申し訳ありません。遅くなりました」

頭を下げると、

「全然、構いません。このお天気じゃ、大変だったでしょう?」

「……?」

 

Kが豹変した瞬間だった。

それからのKはまるで別人で、夢でも見ているのではないかと思ったほどだ。

 

「きっとミホコの殺気が伝わったのよ。そういうのを“動物的勘”っていうんじゃない?」

友だちはそう笑ったが、理由はわからない。

 

わたしだって怪しい

だが、あのときのことを今は悔いている。

Kの標的はわたしだけではなかった。それなのに、余裕がなかったとはいえ、わたしは自分のことにしか目を向けていなかった。

 

あのとき周りで苦しんでいる人に寄り添うことができていたら、あんなに我慢せずに、もっと早く行動を起こし、事態を変えることができたのではないか。

理不尽なことを見過ごすのは、卑怯な人間に加担するのと同じだ。

誰かに苦しめられている人が周りにいないか気を配り、もしそんな人がいたら、自分のやり方でサポートしよう―これがわたしの学びだ。

 

それから、もう1つ。

わたし自身も無意識のうちに、他者を理不尽な目に遭わせてしまうおそれがあることも、忘れてはならない。

 

たとえば、さっき使った言葉。「犬死に」だなんて、犬にとってはさぞかし理不尽な言いがかりに違いない。

いや、冗談ではなくて。

 

 

 

 

 

【プロフィール】

著者:横内美保子(よこうち みほこ)

大学教員。専門は日本語文法、日本語教育。

苦労が身につかないタイプで、周りからは、ひたすらのほほんと生きてきた人間だと思われています。でも、それが実像かも。

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