当たり前の話かも知れないんですが、ちょっと書かせてください。
「頭がいい人は、難解なことでも分かりやすい言葉で説明出来る」みたいな信仰というか、都市伝説というか、聖闘士の伝承みたいなテキストが時折観測されるんですが、みなさんご存知でしょうか。
「頭がいい人 説明」とかでぐぐってみると、いろんなページが引っかかりますよね。
私、あれちょっと違うというか、色々誤解されてるなあ、と思っていまして。
正確には、「頭がいい人は、相手に説明をする目的と、相手にどこまで理解させる必要があるかを見極めることが上手い」というべきなんじゃないかなあ、と。そんな風に考えているのです。
昔、私が今とはまた違う職場にいた頃、一人「すごく説明が上手い人」が同じ部署にいました。彼のことを、仮にTさんと呼びます。
Tさんはエンジニアで、私よりも十年くらい先輩で、当時その職場に参加したばかりだった私がいたチームの、チームリーダーにあたる人でした。
私がその頃いた職場はユーザー企業でして、しかも元々が営業系の会社なので、偉い人の中にシステムに詳しい人がいなかったんですね。その為、新プロジェクトの立ち上げであるとか、新しい技術・製品の導入の際、予算を確保する為にかなり気を使って技術説明をしなくてはいけないのが常でした。
やったことがある方はご存知だと思うんですが、「システムを全然知らない人」の為にシステムの説明をすることは極めて困難です
システム用語、通じません。前提知識、ありません。工数感、伝わりません。
そんな中、つまり「その技術」自体についての背景の知識は存在しないままに、「なぜその技術が必要なのか」「その技術を導入することによってどんなメリットがあるのか」「その技術にかかる費用は妥当なのか」を判断してもらわなくてはいけません。
勿論、システム会社に勤めている人で、お客様に技術説明をする人であれば、だれでも経験した苦労だと思います。私も割と苦労してます(今も)。
で、インメモリDB関連のとある新製品を導入する際、Tさんがえらい人達に対する説明会を担当することになりました。私もチームメンバーとして同席しました。パワポをかちかち操作するだけの簡単なお仕事です。
結論から言うと、Tさんの説明でえらい人達はみなさん納得してくれましたし、予算も降りることになりました。
えらい人達もみなさん目は厳しいので、通り一遍の説明では納得してくれません。Tさんの説明は技術的な部分にもきちんと踏み込みつつ、メリットとコストを分かりやすく説明する内容で、大変分かりやすいと私は思いました。なので、終わった後に「分かりやすかったです」とTさんにも言いました。
それに対して、いやちょっと待って、とTさんは言いました。
「あれは「分かった気になってもらう」為の説明。君には分かった気じゃなくてちゃんと分かってもらわないといけないから、あれ聞いて「分かりやすかった」とか言われちゃうと困ります」
え。と思いました。分かった気になってもらう、というのは、つまり誤魔化しなのでしょうか?
Tさんがその時私に教えてくれたのは、おおむね以下のような話でした。
・難しいテーマには、「構造が複雑なので難しい」ものと、「理解しなくてはいけない情報量が純粋に多いので難しい」ものの、大きく二種類がある
・前者を整理して「分かりやすく」説明することは可能だが、後者を「簡単に」説明することは基本的に出来ない
・ただし、情報を簡略化したり、たとえ話を使ったりで「分かった気になってもらう」ことは出来る
・そして、それで十分目的は達成できることの方が多い。「きちんと」分かってもらう必要がない場合はそれで十分だし、えらい人たちはそれを承知の上で納得している
・重要なのは、相手に「どのレベルまで分かってもらう必要があるのか?」という見極め
・「分かりやすい説明」と「本来必要な情報を省いた説明」は違うものであって、ごっちゃにしてはいけない
・後者で「必要なところまで理解した」気になってしまうと困る
なるほどなあ、と思ったわけです。
つまりTさんは、まず「相手にどこまで理解してもらう必要があるのか?」という見極めを行って、その上で必要十分な説明を行う、という手法をとっていたのです。
全く技術の話に立ち入らなければ、そもそもメリットが伝わらないし予算感を納得してもらうことも出来ない。
かといって、技術の正確な説明をしても理解してもらえるわけはないし、そこまで分かってもらう必要もない。そういう場合には、必要な情報を簡略化して「分かった気」になってもらうだけで十分目的は達成できる。
けれど、きちんと技術者として技術に触れる人間であれば、「分かった気」では困るからちゃんと「分かってもらう」為の説明をする。そちらは決して「理解しやすい」説明ではありませんでしたが、精密で、きちんと整理された内容でした。
Tさんはこうも言っていました。
「たとえ話は、有効な場合もあるけれど、特に技術的な分野だと基本「わかった気にさせる」意味しかない。というか、たとえ話で正確な理解が得られることはまずない」
これはこれで、ケースバイケースではありますが、一面の真理だなーと思った次第です。
その後私は、色々な紆余曲折の末中間管理職になり、自分でTさんのような説明をしなくてはいけない立場になりました。
私はTさん程頭がよくないので、Tさん程上手く出来ているかは正直分かりませんが、まず第一に「どこまで理解してもらえば目的を達成できるのか?」を考える、という点は大事にしているつもりです。
一点気を付けないとなーと思うのは、自分自身が「簡略化された説明」を受けた時、ちゃんと理解した気になってはいけない、ということでしょうか。
するする頭に入ってくるだけに、「分かった気」になってしまう。けど実際にはあちこち必要な情報が抜けているのであって、きちんと情報を取り扱うのであればちゃんと自分で情報を補てんしないといけない。
そういった場面には気を付けつつ、引き続きその時々で分かりやすい説明を心掛けたいものだなあ、と思っている次第です。
今日書きたいことはそれくらいです。
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【プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
Photo via Pat Joyce