先日、新宿で飲む機会があった。

昼スタート。一緒にいた2人は夕方には引き上げなければならないということで、おふたりをそれぞれの駅まで見送り、はて、と頭を捻った。

 

まだ、まっすぐ帰宅できる理性はあるし、できるならそれに越したことはない。

しかし日々引きこもり生活を送っているわたしは、都心に出てくるのは貴重な機会だ。

 

自然と足が「思い出横丁」に向かう。

こんなことしているからお金が貯まらないことだってわかっている。でも、いつものことだ。

まあ、財布はともかく、死にはせんだろ。

 

もはや立派な観光地

「思い出横丁」とは、西新宿の一角にある、狭い路地に焼き鳥やもつ焼き、ちょっとした居酒屋がひしめく飲み屋街である。

小さな店ばかりがぎゅうぎゅうに集まっている。感覚としては屋台村のようなものだ。

Wikipediaの説明はこんな感じだ。

空襲の跡がまだ生々しい1946年(昭和21年)ごろにできた闇市にそのルーツを持つ。かつては小田急百貨店新宿店まで広がり、300軒ほどの店舗が立ち並んでいたという。

別称「ションベン横丁」。酔っ払いがそこらで立ちションベンをすることでこう呼ばれていた。

間口の狭い、カウンターを作るのがギリギリというサイズの店がひしめく。

 

しかも、これらの店にはトイレがない。

横丁全体の共有トイレが一か所あるだけだ。

ごく最近改修されたが、まあ、言うほど快適ではない。

 

正直、飲食の場としてはめんどくさい。

しかし、外国人観光客でつねに混雑している。

わざわざ海外から来て寄るところか?と疑問に思うくらいだが、思い出横丁で焼き鳥を食べる、これが人気らしい。

特に白人ウケが良いようだ。

 

一見さんのおひとりさまでも問題なし

さて、わたしにはひとつの特技がある。

だいたいの店に、ひとりで一見さんでフラッと入るのに抵抗がない。

そうやってこの路地をうろついているうちに、ある行きつけができた。

 

Bar ALBATROSS。この狭い間口によくこんなにちゃんとしたバーを作ったなあと驚くくらい、しっかりしたバーなのである。
外国人も多い。

 

数ヶ月に1回くらいしか足を運べないのだが、スタッフさんはみんなわたしのことを覚えてくれていて、居合わせたお客さんも、なんだか覚えてくれている。

まあ、いつも大はしゃぎするから覚えられてるんだろう。

 

最初にこの店に来た時は、隣に坊主頭のサラリーマンが座っていた。

わたしも楽しくなっていたので、その人の頭を撫で回したことはよーく覚えている。

坊主頭のジャリジャリ感が気持ち良いのだ。

 

そうしているうちに、その日カウンターにいたいろいろなお客さんと盛り上がって、えらく気分良く帰宅した。

そうやって飲みの場で誰とも仲良くなってしまうのもまたわたしの特技なのだが、実はちょっとしたコツがある。

 

「ひとりで来ている客の隣」の席を選んで座るのだ。

ひとりでカウンターで飲んでいる客って、自分も含めて、話し相手が欲しい人が多い。

中には「話しかけるなオーラ」を放っている人もいるので、そこはさすがに空気を読むが、場所が場所である。

 

銀座の高級バーなどではない。

ひとりでしっぽりやりたい人は、そもそもこんな騒々しいところには来ない。路地裏に身を隠しながらも、その空気、その店の良さがわかる人とならば楽しみたいという客が多いと思う。

(この手法で、伊勢崎町のある店で隣に座った見知らぬ人からビールを奢ってもらったことがある。スロットで勝ったらしい)

 

キラーカクテルを自分に見舞う

さて、この日も「大当たり」だった。

何がかというと、楽しいお客さんとわちゃわちゃできたということである。

 

早い時間から混んでいたので、わたしが座れた場所は女性2人客の隣だった。

これが、実は母娘だったのだ。

19か20歳くらいの娘さんと、そのお母さんである。

 

親子でこういうところで酒を飲んでいる、もう素敵が過ぎるじゃないか。

「この子、これから仕事だからそれまでの時間ね〜」

と言いながらも結構飲んでいる。

 

わたしにはそんな青春はなかった。だから、すごく羨ましいし微笑ましく会話させてもらった。てか、バーテンダーにお酒を奢っているお母さん、惚れるわ〜。

酒の飲み方わかってるわ〜。

いやここは、このテンションに追いつかなければ。

 

そんなとき、わたしには最短で酔うコースがある。

まず、ラムのショートカクテルをグイッと行く。

そもそもショートカクテルというのは、「おいしいうちに飲む」ために3口で空けるものだといわれている。知り合いのバーテンダーさんもそんなことを言っていた。

 

作る過程を見ていれるとどうしても「こんなに手数を踏んで作ったものを一気飲みするなんて!」と思っちゃってる人は多いと思う。

でも、作る側になってみれば、おいしいうちに飲み干して欲しいに決まってる。

氷を入れてシェイクする意味を考えてほしい。

 

そこから、キラーカクテルの代表格をぶち込んでいく。

普段カクテルは飲まないが、こういうところでは必要なのだ。

わたしの場合、ロングアイランド・アイスティーがそれである。

 

Wikipediaに国際バーテンダー協会のレシピが載っているが、こんな感じである。

材料
テキーラ – 15ml
ホワイト・ラム – 15ml
ジン -15ml
コアントロー – 15ml
レモンジュース – 30ml
ガムシロップ – 20ml
コーラ – 適量

作り方
全ての材料をハイボールグラスに入れる。
ゆっくりとかき混ぜる。
好みでレモンスライスを飾る。

テキーラ、ラム、ジンがシャッフルされる。チャンポンの代表格だ。

これを頼むとだいたいのバーテンダーさんはニヤッとする。

急いで酔うためのカクテルだとしか考えようがない。

 

わたしは、これは酒飲み中の酒飲みのためのカクテルだと思っている。

男性のみなさんは悪用しないでください。ガチで。

 

女性に見舞うなら自分も同じもの飲まないとアンフェア。

いうてそんなに甘いカクテルでもないし。

 

さすがにあれは掻き捨てならない恥だったと思う

母娘が帰って、「もうちょっと濃いめで!」と2杯目のロングアイランド・アイスティーを頼んでいたあたりで、わたしは外国人が隣に座っていたことに気がついた。

わたしから見て手前に韓国から来た女性が2人、その奥にはスイスから来た男性が2人。

 

手前の彼女は韓国語、日本語、英語のトライリンガルだ。

わたしには逆立ちしてもできないスキルの持ち主である。

 

なので、スイス人とも話したかったわたしは彼女に頼りまくった。

スイス人2人組は、スキーをしに日本に来たのだとか。翌日には白馬に行くと言う。

 

(スイスのほうがはるかに景色のいい雪山ありそうやのに・・・)

と一瞬思ったが、観光も兼ねてということなら安上がりなのがいまの日本だろう。

 

とりあえずジャパニーズ・サケを飲んでみてよ、と訳もわからないまま2人に1杯ずつご馳走した。

マスにグラスを入れた冷酒スタイルである。

なんか、なんだかんだいって日本文化を自慢したい自分がいることに気がついた。

 

「日本へははじめてですか?」「どんな印象ですか?」「日本の食べ物好きですか?」

そんなチープなことは聞かない。恥ずかし過ぎる。

いや、冷酒くらい飲んだことだってあるかもしれないけれど、そこは自己満足だ。

 

どう考えたって日本は安い国なのだから、わざわざ貧乏な日本人から酒を奢ってもらわなくてもいいかもしれないけど、まあいいじゃないか。

一期一会の恥は掻き捨てでいい。

 

ただ、掻き捨てならない恥もあった。

通訳係をしてくれた彼女に、えらく失礼なことを言った気がする。

というのは、南北朝鮮の話題を出してしまったのだ。

 

ただ、意外な反応だった。

韓国は韓国で、北の人間とは接触をしないよう徹底的に教育されているのだという。

だから、彼女も「そう教えられているから」という感じだった。

 

たぶん失礼なことをしてしまった。トライリンガルの彼女だから心が広そうだというところに甘えてしまったのかもしれない。

でも、個人的にはとても勉強になる事実だった。

もし次に会うことがあったら、平謝りと感謝の意を伝えたい。

 

上目遣いの若い美女

外国人御一行が帰った頃には、前に顔を合わせたことのある男子2人組が来ていた。

メガネにネルシャツをジーンズインする子と、シルクハットの子。なんて強いコンビなんだ。

 

そして奥の方に若い美女が座っていた。20代前半とみた。

「ええから私みたいなん相手にせんと、奥の美人さんとお話せんかい!」

半分冗談、半分本気だ。

そんなこと言わなくてもシルクハットはちゃっかり美女の隣に座っていた。

 

まあ、これは彼の礼儀だろう。

自分がかわいいという自覚のある女子が、ひとり放っておかれるのはよろしくない。

その時間にはカウンター席は4人になっていた。

 

私はネルシャツの彼と喋っていた。

そのうちに、ずいぶん酔っ払った。

 

そろそろ帰ろ。

そう思って店員に話しかけにその美女の後ろに立った時、美女は上目遣いで言った。

「なんでわたしと飲んでくれないんですかぁ?」

 

いやいやいや。待て。

そもそも席遠いやん?

ワイ隣に知り合いおったやん?

てかあんた初めて会ったやん?

いや、こういう店やん?

てかわたしはそっちの性的嗜好はない、ごめん。

てか、そんなにワイと飲みたいんやったら、なんで話しかけにこないの?

 

他力本願でなんとかなると思ってるのか?

世の中は美貌とカネであることは否定しない。

しかし何よりも大事なのは「一歩踏み出す」ことだろう。

 

この、簡単に聞こえてとても難しい行動を取るかどうか、それが人生決めると言ってもいいような気がする。

手狭なこのバーでいろんな人と話すたびに、いかに自分が井の中の蛙であるか認識するのだ。

だから、また新宿方面に用事があったら寄ります。アルバトロスさん、よろしく。

 

 

【プロフィール】

著者:清水 沙矢香

北九州市出身。京都大学理学部卒業後、TBSでおもに報道記者として社会部・経済部で勤務、その後フリー。
かたわらでサックスプレイヤー。バンドや自ら率いるユニット、ソロなどで活動。ほかには酒と横浜DeNAベイスターズが好き。

Twitter:@M6Sayaka

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