ウェルビーイングやコンパッションという言葉をよく聞くようになった。前者は「身体だけではなく、精神、社会面も含めた健康※1」、後者は「批判でなくあたたかい目と思いやりを向けること※2」だが、それぞれの発祥はご存知だろうか?

 

実はこの2つの概念は、米国の脳科学者達がダライ・ラマ14世とプロジェクトに取り組んだ時に生まれた一連の研究成果だ。

私はこのことを今秋参加したMIT Center for Systems Awarenessのワークショップで知った。ダライ・ラマ14世の影響力があったから、横文字でも我々日本人に馴染みやすいのか、と妙に納得したものだ。

 

今回は、このMIT Center for Systems Awarenessのワークショップに参加して気づいたことについてご紹介しよう。

 

ワークショップで学んだ3つの新しい思考

MIT Center for Systems Awareness とは、MITにおいて、個人、他者、社会と自然がそれぞれ繋がり、その関係性と愛情を通じて、若い人も巻き込みつつ教育改革を推進するためのセンターである。そんなMIT Center for Systems AwarenessのFoundations1のワークショップ(全4日間)は、世界的なベストセラー『学習する組織』の著者であり、MITのSociety for Organizational Learningを主催するPeter Senge教授、そしてMette Miriam Boell教授(生物学者)、Gustav Boll氏が交代で講義する新しい形態がとられた。

 

ワークシップの冒頭で、Humboldt(北カリフォルニアの郡の一つ。サンフランシスコから北360kmに位置)を管轄する行政官であり、ワークショップの卒業生でもある方が、このHumboldtという場所がNative Americanにとって大切な場所であり、現在も多くの部族と共生していることに触れていた。

 

ここでMetteが、「社会は大きく変わったが、人間の脳は未だに人がコミュニティで祭祀生活をしていた時からそんなに進化していない」「だから、ZoomやTeamsで分刻みに次から次にミーティングを梯子すると疲れてしまう」と話していた。Peterは「だからこそ世界のNative Peopleは開会に当たり儀式を行う。例えば、ラグビーのニュージーランド代表であるオールブラックスが試合前に披露することでも知られるHakaも、もとは一つの儀式だ」と応じ、あたかも、日本でいう祝詞のような開会儀式であった。

 

研修参加者は、教育者や行政者を中心に90名超。その中に聴覚障害の方々(多くは聾学校の教員)も14名参加されており、その方々のための手話通訳は7名も参加されていた。なお、日本人の参加者はスタートアップで働く若い女性と僕の2名で、欧州からも1名が参加していた。

 

このワークショップで学んだことを大きく分けると、システム思考の氷山モデル、リーダーシップの3要素、システム思考の問題解決の基礎についてだ。

 

リーダーシップの3要素

Center for Systems Awarenessでは、現代は様々な政治システム、経済システム、教育システムが整合しなくなったため、様々な社会問題が起きていると見ている。例えば、戦争と難民の問題、大きな経済格差、海洋プラスチック、不登校、自殺。これらの問題に万能な処方箋はない。というのも、これらの問題には、制度的(ハード)な問題と同時に、これらのシステムを設計する人の思考(メンタルモデル)の問題が併存するからだ。

 

こうした背景から今回のワークショップでは、リーダーシップの3要素が、未来への意思、リフレクション、システム思考の理解に置かれていた。これは、一般的にMBAで教える外部環境と内的資源の理解から自社戦略を率いていくためのリーダーシップとは異なる考え方だ。

 

未来への意思について、基本的には、企業の枠組みを超えて、リーダー自身が深く内省することで「自身もシステムの一部であり、それゆえにシステム論の限界を理解している」「システム論の限界を理解しているからこそ、押しつけの数字や論理で示すのではなく、未来への意思を示して、それに繋がる人たちと未来の実現を有機的に広げていく」ように自身のメンタルモデルを変化させるということだった。

 

例えば、企業で中期経営計画(中計)を策定することは本来、実現すべき未来を考える営みと言える。しかしこの中計策定が、企業経営のための単なるシステムとして、作業のための作業、プロセスのためのプロセスになっているとしたら、そこから脱却して、心と血の通ったプロジェクトから徐々に変化を起こし、中計の実現を意思でもって近づけていくことを目指す、ということを示しているように捉えられた。

 

リフレクションとは内省を指すが、この要素についてはワークショップの中で実践できるようになっていた。受付時には参加者一人ずつにノートとペンが配られ、3人の講師からの問いに対して、心が動くことや、身心の状態についてそのノートに記述し、その後参加者と話して良い範囲で共有するようになっていたのだ。

 

システム思考の問題解決の基礎

最後にシステム思考について、この問題を解決するための基礎とは、直ぐに分かる絆創膏を貼るような対策ではなく、政策、メンタルモデルの双方に働きかけるような真因を探っていくことだ。ワークショップ中にPeterは、ビジネス上におけるシステム思考の罠に陥った例として以下のようなことを語っていました。

 

「製品競争力が落ちてきていたA社はマーケティング活動にお金を掛けると、絆創膏を貼るように短期的には売上が上げることが出来ることを経験的に知っていた。何度も危機からマーケティング投資で脱出してきたが、製品開発に真摯に取り組まなかったことから、ライバルであるB社やC社との製品力との間に大きな乖離が生まれ、ついには没落していった」「A社が、仮にB社やC社と同様かそれ以上に製品開発に力を入れていたら未来はどうなっていたろうか」

 

若い世代にも広げつつあるコンパッショネット・システムズ

ワークショップのハイライトは、Gustavにより語られた子供達とのコンパッショネット・システムズの適用についての実演であった。

5歳児とは自身のその時の感情を表わす言葉カードを用いて、自身の状況を正確に捕まえる演習がされており、また高校生とは、環境問題について、単純な解決策の仮説を述べるのではなく、政策面とメンタルモデルに踏み込んだシステム思考的な発表があった。

高校生が自らの頭、手と足、心を用いて、システム思考を用いて問題解決をしようとしていることには、感動した。

 

しかしながら、ワークショップに参加した地元の中学生・高校生(14才、16才)らと話してショックを受けたのも事実だ。中学・高校の中で、Center for Systems Awarenessの活動に参加するのは少数派だという。我々大人が「短期的な」「絆創膏的な」対応しか見せないので、それらを見た子供達のメンタルモデルも、テストの点のような短期的なKPIに沿った成果を求めるというのだ。

 

PeterとMetteによれば、米国カリフォルニア州 Humboldt郡、また、カナダブリッティシュ・コロンビア州 Nisga地区では、Center for Systems Awarenessの活動を学校へ本格的に取り入れ、横展開する動きが見られるという。

 

僕のコラムのテーマである氣と経営の観点からいうと、未来への意思を示すことは氣そのものと言える。またPeterがワークショップの中で、意思を持った時の人の力を合気道の技で説明したことにはびっくりした。加えて、経営をハードなものとして捕えるのではなく、人のメンタルモデルも影響する有機体と見る視点は、氣と経営を結節させる。

 

日本にも、高齢化、過疎化、財政の圧迫、少子化、不登校、企業の弱体化、働く人の抱えるメンタル不調などの問題が山積みである。ついては、コンパッショネット・システムズを用いて、絆創膏的な対策ではなく、自らを変え、政策と人のメンタルモデルにご一緒に働きかけていこう。

 

※本コラムは筆者がワークショップ体験を基に記述したものであり、MIT Center for System Awarenessが監修したものではありません。筆者に責があります。

(執筆:中村 知哉

 

 

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【著者プロフィール】

グロービス経営大学院

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ヒト・モノ・カネをはじめ、テクノベートや経営・マネジメントなど、グロービスの現役・実務家教員がグロービス知見録に執筆したコンテンツを中心にお届けします。

グロービス知見録

Photo by:Robert Collins

 

<参考・引用文献>
※1 ウェルビーイング|グロービス経営大学院 MBA用語集より引用
※2 自分に自信が持てない人は「セルフ・コンパッション」を実践せよ/みんなの相談室Premium|グロービス学び放題より