私には昔から、少し頭のおかしな思考のクセがある。
「なぜこれをやってはいけないのか」
「なぜこうしなければいけないのか」
という疑問を持ったら、自分でそのタブーをやらかして失敗しないと気が済まないという、やっかいなひねくれだ。
考えても見てほしいのだが、例えばサッポロ一番塩ラーメンの作り方には、こんな説明が書いてある。
「スープは火を止めてから入れてください」
しかし火を止める前にスープを入れることで、どんな不都合があるというのか。
試してみたが、少なくとも味の違いなど、全くわからなかった。
しかし小学校の頃、ベルの工作授業で銅線を配られた時には本当に、エライことをやらかしてしまった。
「間違っても、この銅線を家のコンセントに差し込んだらアカンぞ(笑)」
そんな余計なことを説明した先生のせいで、私は自宅に帰るとさっそく、銅線の端をコンセントの両穴に突っ込んでしまう。
電池程度の電圧でも大音量がなるのなら、きっと家の100Vのコンセントに差し込んだら単純計算で80倍くらいの音量がなるのではないのか。
きっと近所迷惑だからやっちゃダメだぞとか、そんな意味だと理解してやらかしたのだが、結果はご想像通りである。
「ボンッ!!」
という音とともに白煙と火花が飛び散り、そのままひっくり返ってしまった。
なぜヒューズが飛ばなかったのか今思えば不思議だが、もう二度と、
「やってはいけません」
ということはやるまいと、心に誓った出来事になっている。
そんな中、私は今から10年ほど前に、「なぜラーメンは旨いのか」という謎をどうしても解き明かしたくなったことがある。
ラーメンの旨さは、どう考えてもおかしい。
そもそも、1,000円前後のB級グルメに大の大人が20~30分、店によっては1時間も並んで食べたいと思うなど、どう考えても異常である。
そして誰にも、お気に入りのラーメン屋の1つや2つがあるものだ。
着丼早々、熱々のスープをレンゲでひとすくいし口に運んだら、もうそれだけで幸せな気持ちになる。
コクがあるのにさらさらして、魚介や豚骨の旨味が口いっぱいに広がる。
我慢しきれずに麺をガバっとすくうと、口の中に広がるのは甘く艶めかしい小麦の香り。
鼻から抜ける余韻すらもったいないので、息を止めて貪り食うような恍惚感につつまれる。
私はこの異常な食べ物の謎を解き明かすべく、関西の精肉店や精肉卸を駆け回った。
一般のスーパーでは売っていない豚骨や鶏ガラ、もみじ(鶏の足)といった食材を買い集めるためである。
するとこの段階で、精肉店や精肉卸に“格”があることに気がつく。
商品を市場から仕入れ、右から左に流しているだけのような精肉店・精肉卸では、そもそもそういった部材を扱っていなかった。
切り分けられた肉を流通させているだけなので、当然である。
その一方で、自社で農場や養鶏場を持っているところは、そういった部材の扱いがあることはもちろん、肉や骨の扱いの難しさ、旨味についても知り尽くしていた。
「自作でラーメン作るって本気なんか、豚骨は相当固いぞ?」
「モミジはグロいぞ、本当に大丈夫か?」
食材そのものはタダ同然の価格で冷凍カチカチのものを頂いたのだが、素人に扱うのは難しいと説明される。
そういわれたら、ますますその謎に迫りたくなるのだが、初日にはもう、その言葉の意味がわかってしまった。
まず豚骨の固さ、マジでヤバイ。
旨味を煮出すためには骨を割らなければならないのだが、ビニールとタオルを敷いたアスファルトの上でハンバーでぶっ叩いても、全然割れない(泣)
5発くらい本気でぶん殴って、一部にヒビが入るというような感じだ。
さらにモミジのグロさも、本当になかなかである。
人間でいうかかとから先の部分だけが、大量に袋詰になっているのだ。
さらにその下処理として、黒ずんだ部分を切り落とせとか爪を切れとか説明されたのだが、これはもはやホラーである。
鶏の足が生々しく原型をとどめている中、まるでワンちゃんやウサちゃんの足の手入れをするかのように、爪を切り、黒ずんだ部分を食用バサミで切り落とすのである。
感情のスイッチを切らないと、とてもやってられない。
鶏ガラは、鳥の胴体の形を維持しているのでグロく思われるかも知れないが、こんなもの豚骨やモミジに比べて余裕である。
そして下処理を終えると、次は旨味の煮出しだ。
豚骨、モミジ、鶏ガラと試してみたが、鶏ガラについては私の技術では全く旨味を引き出せなかったので、ここでは割愛。
豚骨はテレビなどでよくある、「3日間煮出して旨味を抽出」というようなイメージは、まあある意味で当たっていることがわかった。
高温・高圧で炊き出さないと、素人ではとても旨味を引き出せなかったからだ。
次にモミジだが、これはとても微妙な食材である。
猛烈に旨味が出るが、高温・高圧で炊き続けると、すぐに旨味とトロミが飛んでしまう。
「今が一番美味しい」という煮出し時間、煮出し温度がものすごく繊細なのである。
高温・高圧は短めに掛けて、その後のスープの温度を維持する時間も、できるだけ短くしなければならない。
そしていうまでもないが、豚骨やモミジだけを煮出したら、旨いラーメンができるわけではない。
やはり最低限、グルタミン酸、イノシン酸などいろいろな旨味の組み合わせをしたいと思うと、昆布や煮干しといった食材の美味しさも抽出したい。
ところが昆布も煮干しも、沸騰するような温度でグツグツ煮たら台無しなのである。
昆布については、少なくとも10時間程度、冷塩水に浸けてゆっくりと旨味を引き出さないと、全く価値がない。
そして加熱するときは70~80度程度で昆布を掬わないと、エグみが出てトロミが失われてしまう。
煮干しも同様で、冷塩水に浸ける時間は昆布ほど必要ではないが、高温で炊き出すと苦みが出てしまい、やはり台無しになるのだ。
加えて、そうやって炊き出した豚骨、モミジ、昆布、煮干しの旨味を合わせ、加熱するのもすごく繊細な作業になる。
それぞれ、加熱時間や食材の旨さの最適温度が違うので、当然だ。
さらに玉ねぎの皮、トマトやナスのヘタ、ネギのシッポやニンジンの頭といったといったクズ野菜ももちろん入れる。
実はこういったクズ野菜は、自分で料理をしてみればわかるが、本当に旨味の宝庫である。
そのようにしてできたラーメンは、原材料費だけでも1杯1,500円くらいであっただろうか。
しかしながら、「なぜラーメンは旨いのか」という疑問は、完全に理解できた。
そろそろ結論をお伝えしたい。
これらの食材、そのままでは全く使えず、美味しく食べられないものばかりである。
というよりも、ラーメンにならなければ捨てられていたものばかりといってもいいだろう。
であればラーメンとは、
「誰も見向きもしない食材に手間暇をかけて、人の心を感動させる最高の一杯に仕上げる芸術」
と言ってもいいのではないだろうか。
そしてその時の、売り物になる一杯を作り上げる苦労たるや、並大抵ではない。
高級で珍奇な食材を買い集め、美味いものを作った気になっている浅薄な料理人など、足元にも及ばないだろう。
ラーメンという食べ物を心から愛し、旨味を引き出すことに怨念のような執念を持っている職人にしか、至高の一杯は作れないということだ。
換言すれば、ラーメンが異常な食べ物なのではなく、異常な職人にしか旨いラーメンを作ることなどできないということである。
そしてこの怨念のような思いは、会社経営にも通じる。
「うちの社員は出来損ないばかり」
「優秀な社員が集まれば、ウチももう少し業績が伸びるのに」
そんなことを考えた事がある経営者は、まさに素材自慢の浅薄な料理しか作れない3流の料理人ということである。
一人ひとりの社員の個性や能力に向き合い、豚骨やモミジから旨味を抽出し付加価値に変えるような経営者こそが、本物の一流の経営者だ。
ラーメン作りはまさに、埋もれていた食材をスター選手に変えてしまう究極の思想であることを思い知った、良い体験になった。
なお私が作ったラーメンは、あまり美味しくなかった(泣)
私にはまだまだ、人としても経営者としても、修行が必要なようである…。
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【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
先日高速道路の第二走行車線を走っていたら、第一走行線から追い抜いていった車がいました。
すると目の前の車がパトランプを点け、すぐに追いかけていきました。
内側からの追い抜き、結構厳しく見てるんですね~。
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fecebook:桃野泰徳
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