長年、何かを表現することから逃げてきた

新入社員の頃、広告に関するエッセイを書かないといけなくて、何を書こうか迷ったあげく、「これからはすべての人がクリエイターになれる時代が来る」という話を書いた。

25年前の話だ。

 

当時、その文章を、ぼくは広告会社で働きはじめた人間としての立場から書いた。

インターネットはさまざまな人に対して表現の場所を提供する。

だから、広告メディアを使って表現することができていたクリエイターは専門職でもなんでもなくなる。

 

そんな中で、広告会社の人間は、自分たちのいる場所を飛び出して、大胆に未来を描くことしかできることしか残されていないのではないか。

そんなことを書いた。

 

そのあとすぐにインターネットは本当に広告ビジネスを飲み込みはじめ、さまざまなデジタル技術が生まれていき、広告やマーケティングの世界はすっかり変わってしまった。

ぼくはその変化の中で翻弄されて、いつのまにか何かを表現することから逃げるようになった。

 

コピーも、デザインも、ムービーも、何もかもから逃げた。

そして、細々とブログという場所から文章を書き、何かをやっているフリをして、自分を納得させるようになった。

 

AIが表現の楽しみを思い出させてくれた

そして2026年。

生成AIを誰でも手軽に使えるようになった。

 

ぼくも、はじめは「100日行」なる内省作業の補佐役として使っていたけれども、多くの人たちと同じように、今は本当に色々な目的のために使っている。

特に今は画像作成に熱中している。

 

ちなみに、ぼくは文章を書くのに、できるだけAIを使わないようにしている。

特に、ブログや企画書など、自分自身の考えについて伝えるときは、考えるときの整理には使ったとしても、最後のアウトプットは自分で書く。

ぼくにとって文章は自分の身体にかなり近い気がしていて、そこをAIに触らせるのにすごく抵抗があるのだ。

 

はっきり言って、ぼくが書いている文章なんて、人から見れば、AIとたいして変わらないだろう。

むしろAIのほうが論理的で、わかりやすい文章を書く。

それでも、自分が書いたものではない文章を、自分の文章として出すのにひどく抵抗がある。

 

一方で、画像の作成をAIに頼むのはびっくりするくらい抵抗がない。

望み通りの絵が出てこないという話も聞くが、ぼくはあまり気にならない。

ぼくにとってAIによる画像作成は、何かを作るとか描くというよりも、カメラで撮影するのに近い。

 

欲しい画像を考えたら、とりあえずラフ画像を作ってもらう。

オーディションみたいなものだ。色んな役者さんに来てもらって、それぞれの考える演技を見せてもらう。

そして、とりあえず撮影する。

 

そのうえでまた考える。

こういうことはリアルな制作ではなかなか難しい。

よほどの制作費がないとできないことだし、だいたい同じ役者さんに大量に演技をしてもらって全部ボツにする、とかいうことはすごく気を使う作業だ(役者さんにも、スタッフにも)。

それが延々と、納得するまでできるなんて、なんて楽しいんだろう。

 

で、試しに作ったものをイベント告知のバナーにしてみたら、さっそく周りからいい反応をもらえた。

それについても、あ、これAIで作ったんです、って堂々と言える。

まあ、もともと、誰かの力を借りないと何も作れない世界でやってきたからか、不思議とまったく抵抗がないのである。

 

今度こそ本当にすべての人がクリエイターになる?

インターネットの台頭によって、自己表現ができる場所がすべての人に開かれた。

それだけでも、たくさんの人たちが挑戦をはじめ、新しいタイプのクリエイターたちはどんどん増えていった。

 

でも、まだ「技術」は閉じられたままだった。

もちろん、表現を助けてくれるさまざまなデジタルツールは増えたけど、それでさえ、使えるようになるために習熟が必要だった。

 

その習熟こそが表現そのものだという考え方もあるだろう。

ピアノの演奏を聴く人は、その音のすばらしさだけでなく、ピアノの弾き手がこれまで取り組んできた並々ならぬ努力のプロセスを想って、さらに感動するわけである。

それはとても大切なことだと思う。

 

だけど、そういった習熟に必要な時間が、多くの人には足りない。

まして、ピアノのように幼少の頃からやっておかないと身につかないとか言われると、どうにもならない。

 

しかし、AIはこの時間の壁を超えるかもしれない。

ピアノをまったく弾いたことがない人でも、その人が普段やっている表現方法を用いて、あるいはちょっとした手続きを踏むだけで、美しい楽曲を奏でられるようになるかもしれない。

ついに本当の意味で、すべての人がクリエイターになれる道が開かれたのかもしれない。

 

「できない理由」という鎖が解かれていく

25年前のぼくは、そんな「誰もがクリエイターになれる時代」が来るのを、危機感を持って、見守っていた。

 

今は逆だ。

やっと自由になれる時が来たのだ。

プロじゃないとできない、技術がないとできない、努力していないとできない、そう思っていたさまざまな表現手段が解放されていくのである。

 

ぼくはこれまでずっと「〇〇じゃないとできない」といって、自分ができない理由を探してきた。

その「できない理由」という鎖が今、ひとつずつ解かれていっている感覚がある。

 

絵が描けなくても、ChatGPTやPixAIを使えば、言葉からでも絵が作れる。

楽譜が読めなくても、SUNOというアプリを使えば、鼻歌だけで曲が作れる。

コーディングができなくても、Caludeを使えば、エンジニアと打合せをしているような感覚でWEBサービスが作れる。

 

いくらでもやりようはある。

「できない理由」がどんどんなくなっていくのである。

 

もちろん、それでも、AIではここが違うとか、こんなことができないとかいって「できない理由」を捻出することはできるだろう。

だけど、それはもうその人のこだわりにすぎない。

そこまでこだわるなら、AIを使わなくても、ちゃんとトレーニングを始めればいいだけだ。

 

そして、これからもAIを使わずに自力で何かを表現できる技術を持っている人は尊敬され続けるだろう。

 

そして世界はもっとエモいものに変わっていく

ちょっと飛躍する。

たぶん、ぼくが言いたいのは「いや~誰でも手軽に絵を描いたり音楽を作ったりできる便利な時代になりましたね~」ということではない。

そうなったからこそ、ぼくらはもっといけるぞ、ということなのである。

 

誰もが自由に自己表現ができるからこそ、もっと楽しく、もっとやわらかな方法で、他者に感情を伝えることができるようになる。

あるいは、自分だけでなく、他者を楽しませるためにはどうすればいいか、もっと本気で工夫できるようになる。

 

クリエイティブとは思いやりだ、とぼくは師匠から教わった。

伝える相手のことを想像してアイデアを練り、それがちゃんと届くように工夫することが、クリエイターの仕事なんだと言われた。

 

もし、すべての人がクリエイターになったなら。

世界は多様な表現と思いやりにあふれるものに変容していくのではないかと思っているのである。

 

 

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(2026/4/30更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

著者:いぬじん

プロフィールを書こうとして手が止まった。
元コピーライター、関西在住、サラリーマンをしながら、法人の運営や経営者の顧問をしたり…などと書こうと思ったのだが、そういうことにとらわれずに自由に生きるというのが、今ぼくが一番大事にしたいことなのかもしれない。

だけど「自由人」とか書くと、かなり違うような気もして。

プロフィールって、むずかしい。

ブログ:犬だって言いたいことがあるのだ。

Photo by:Jakob Owens