歴史上最大の文化交流がまさに始まった

Xのポストが、AIによって自動的に多国語に翻訳されるようになった。日本でそのアップデートが行われたのは2026年3月30日のことだ。わざわざ日付を記すのは、なかなかな記念日だと思うからだ。

 

最初に結論から書く。おれはXのこの機能に賛成している。やってくれたな、イーロン・マスクという気持ちだ。

イーロン・マスクにも言いたいことはいろいろあるが、いや、あんまりないかな、まあこの機能はよかったぜ、と言いたい。

いまXというサービスが世界でどれだけの影響力があるのかは知らない。Twitter時代のほうが大きかったかもしれない。そのあたりは数字の見方にもよるだろうから調べない。

でも、それなりに影響力はあるはずだ。いろいろな国において、日本でほど存在感はなくとも、まあ一応は世界中の人間が使っている、といってもいいだろう。たぶん。

 

そこで、言語の壁が壊された。やや表現が大げさかもしれない。

とはいえ、まだそれがはじまってから一ヶ月か、というくらいにはいろいろの話題があった。

もちろんいい話題もあるし、悪い話題もある。しかし、いい話題もあれば、悪い話題もあるというのは、べつにインターネットなんかができる前から、世界はそうだった。

 

おれはインターネットのない世界を知っている世代だ。高校のころだろうか、親の始めたパソコン通信からネットに入った老人だ。まあとにかく、インターネットの黎明期を知っている。

インターネットのはじまりごろにあった、新しい世界の夢を知っている。

 

それがだんだんと消えていき、インターネットもすっかり日常の一部になった。世界とつながる夢も、金儲けと詐欺と認知戦にまみれたろくでもない現実に塗りつぶされた。

もう、インターネットとはこのようなものかと思いつつあった。

 

が、Xが言語の壁を壊した。AI翻訳が新しいとはいえ、既存の技術の組み合わせに過ぎないのは確かだ。

ひょっとしたら、類似のSNSは存在していたかもしれない。でも、Xがやってのけた。おれはなにか、「インターネットで世界とつながる」という大昔の夢を、ちょっぴり思い出した。それをまず言っておきたい。

 

単言語話者と世界

おれは単言語話者だ。日本語しかわからん。

「え、おまえは本当に日本語をわかっているの? この言葉を文法的に説明できるの? 外国語話者に教えられるの?」と言われると、「すみません、日本語もわからん」ということになる。

しかし、日常生活で困っていないくらいには話しているし、書いているので、単言語話者ということにしてくれ。

 

もちろん、まあ、中学、高校、そして中退した大学で英語教育は受けてきた。大学ではフランス語もちょっぴり学んだ。

とはいえ、「おれは英語もわかります」とはとうてい言えない。現在完了形や過去完了形を説明しろと言われてもまったく答えられない。たぶんいま、中学の英語のテストを受けたら涙目になる。

おれはペーパードライバーだし、ペーパー英検準二級(持っていても価値のないレベルだが)といってよい。

 

だけどまあ、英語はちょっとわかることもある。ファッキン・ジャップくらいわかる。

日本人にありがちな、「簡単な読み書きはできても聞き取れない、話せない」タイプだろうと思う。

もっとも、おれは英語話者とコミュニケーションを取ることなんてないのだが。

 

昔、大阪の西成のディープなところを歩いていたら、観光客らしき白人男性から英語で

「なぜこの街の飲食店は昼間なのに開いていないんだ?」

というようなことを聞かれたことがあり、おれは西成についてもわからないし、英語についてもわからないので、二重にとんちんかんな答えを言った記憶がある。

 

あとはあれだ、なじみのインネパ屋で店員からネパール料理についてのクイズをスラスラと英語で出されて、こっちがキョトンとすると、

「あれ、おまえら英語話せないの?」みたいな顔をされたこともあったっけ。

まあ、英語はわからん。

 

ただ、必要に応じて使わなくてはいけないときもある。

若い頃は、インターネットでエロいなにかのために、必死に英語にくらいついた記憶もある。そのころは機械翻訳サービスすらなかった。直感に頼っていた。AI翻訳のあるいまなど、スラングですらスラスラ訳してくれるに違いない。

 

そういうわけで、おれは世界を知らない。英語以外ももちろんわからんからだ。

とくに英語の話になってしまうのは、「言語帝国主義を内面化しているのではないか」と自己批判を求められるかもしれないが。

ともかく、そんな人間の世界は狭い。おれは日本から一歩も出たことがないし、このまま出ないで死ぬだろう。

 

とはいえ、世界に興味がないわけではない。他言語の音楽も聴くし、映画も観るし、文学にも接する。

……音楽はともかく、映画? 文学? そうだ、なにかすばらしい能力の持ち主たちが日本語に翻訳してくれるからだ。

 

たとえばおれがチャールズ・ブコウスキーのことを大好きだといったところで、それは日本語に翻訳してくれただれかのおかげだ。ちなみに、「詩はやはり原文にあたるべきなのでは?」と詩集を何冊か買ったが、よけいわからんよな。

 

そうだ、日本の単言語話者は世界の中でも恵まれている方だ。もちろん、圧倒的に英語世界の人間のほうが恵まれているだろうが(ここでいう「恵まれている」とは、多文化に触れやすいとか、そのていどのことと思ってください)、ボケっとしていてもだれか優秀な人が翻訳してくる。

フリオ・コルタサルだってイワン・ゴンチャロフだってフェルナンド・ペソアだって読める。ありがたい話だ。ありがたいと思うくらいには、異国の文化に興味はある。それと同時に、異国の文化のなかにも、自分の魂のようななにかと通じるものを見つけて楽しくなる。

 

が、おれは勉強も努力も嫌いだ。昔あった、あやしげな睡眠学習で英語がマスターできるというのであればやってもよかったが、そんな都合のよいものは存在しない。

地道に外国語を習得するためにがんばろう! という気にはならない。まったくならない。

仕事で英訳が必要になれば翻訳会社に頼るし、簡単なものであればAI翻訳と画像検索(海外で実際に使われている看板の文言を見るなど)でなんとかなってしまう。

 

だからたぶん、おれは死ぬまで日本の地から外に出ることはないだろうし、外国の言葉を学ぶこともないと思う。

とはいえ、世界のことは知りたいし、なんなら「翻訳する価値がある」と思われていないような、どうでもいいこと、しょうもないこと、とくに書くでもない日常のことも知りたい。

留学や移住でもしないかぎり、それは難しい。それがなんだろう、日常のつぶやきが、いちいち翻訳作業を通さずとも、あたかも同じ言葉で書かれたように伝わってくるのは、それはたいしたことだろう。

 

誤訳なんて些事だ

むろん、今回の件を手放しで喜べない、問題もたくさんあるという声もある。

そりゃ、あるだろう。たとえばAI翻訳による誤訳問題だ。意味を逆に取り違えてしまうこともあるだろうし、もうちょっと微妙なニュアンスが伝わらない、スラングが伝わらない、そこで誤解が起きる、摩擦が起こる、対立が起こる……。

 

とはいえ、それってAI翻訳だけの問題だろうか。プロの通訳でもその文化のすべてを知り尽くしているわけでもないし、間違えることもあるだろう。

 

翻訳にしたってそうだ。モスクワ留学の経験がある人から聞いたことがあるが、ドストエフスキーのような有名な文豪の翻訳にしても、いろいろの翻訳者がいつも同じところで誤訳している、なんて話もあるらしい。人間も間違える。AIも間違える。

 

で、間違ったところで、訂正すればいい。簡単に誤解が解けることもあるだろうし、なかなか通じないこともあるかもしれない。

あるいは、誤解して憎しみ合ったまま相互ブロックに至ることもあるだろう。でも、だからなんだ。SNSは、一歩間違ったら戦争になりかねない外交交渉の場ではない。

いや、そんなふうに使っているアメリカ大統領を一人だけ思い浮かべることができるが、しかしまあ、たかだかSNSだ。

 

そもそも、べつに日本語同士でやり取りしていても、ほんとうにしょうもない言い争いなんていくらでもある。

単言語話者同士でもろくにわかりあえないというのが、SNSが可視化したことの一つじゃないか。

 

それが世界規模になったところでなんだ。日本語話者にもわからんやつはいるし、スペイン語話者にもわからんやつはいる。

実際、「これはべつに文化の違いとか、翻訳の話じゃなくて、こいつがわからん人間というだけだよな」という、しょうもないやりとりも目にした。

 

だからもう、ちょっとしたロスト・イン・トランスレーションはいいやってことにしよう。

もとからわれわれはわかりあえない。そのくらいの心持ちで、それでも言葉の壁を超えて、「それ、わかる」とか、「これ、おもしろいよな」が共有されたらいいことだ。

 

日本にナチがいるからって、それを隠すべきなのか?

「Xの日本語が世界各国語に訳されることによって、日本の排外主義者の差別的な言葉が世界に知られるようになってしまった。これまで日本が築き上げてきた世界への信用を損なうものだ!」

という批判もある。実際、自動翻訳化で、外国人が「日本人はナチ」だとわかったみたいな書き込みも見た。

 

だが、それはそれで、悪くないことなんじゃないのか。

言語障壁があったから、日本人はなんかいいやつだと思われていた。そういうイメージがあった。それはそれでいいだろう。

でも、実際には排外主義者も差別主義者もたくさんいるじゃないか。日本語のネットにはヘイトがあふれていたじゃないか。現実でもそういう勢力が政治に食い込もうとしているじゃないか。それが日本の現実だろう、リアルだろう。

 

「そういう存在が外国にバレてしまうー!」と嘆いている人間は、恥は隠せばいい、隠したうえで、しらんぷりして他者とつきあえばいいと思っているのだろうか。それはちょっと不誠実じゃないだろうか。

 

もし自分が「日本人である」ということでメリットを享受しているというのであれば、「日本人である」ということのデメリットも引き受ける必要がある。

日本人がよいことをしたと得意げになるなら、一方で日本人が悪いことをしたら引け目を感じるべきだ。いいとこ取りは卑怯だ。

 

このあたり、歴史認識などで揉めるところでもあるが、もし日本の歴史を誇り、先人に感謝するのであれば、一方で過ちに関しても反省のような心をもつべきだ。

それは同時に成り立つ。

 

まあとにかく、自分の気に入らない思想を持った人間も存在するのが日本だ。

日本水準でも、世界水準(水準というものがあるのかしらんが)でも、どう見ても差別主義者のやつだって存在する。でも、それを隠して、いないことにして、「日本人は人種差別なんてまったくしませんよ」って顔をしているのは、これはいささか欺瞞がすぎるのではないか。

 

「もちろん、日本にもそういうやつはいるよ。でも、自分は違うよ」と、それはもう自分なりの意見を述べていくしかないだろう。

どんな立ち位置にあるやつだってそうするしかない。他人が自分の意見に賛同しないのは、自分に人徳がないというだけの話だ。おれは政治というのも究極はそこだと思っている。そういう点で、設計主義的ではない人間だと自覚している。

政治の究極のところは「人徳」ではないのか?

 

というわけで、変化を見ていこう

まあそんなところだ。とりあえずの興奮を書き残しておいた。書き残していたら、noteが同じようなことを始めると発表した。

悪くないと思う。同じようなことが世界で起こればいいと思う。

 

「そんなことをしたら、ネットがAI翻訳のゴミであふれてしまう!」と心配する人はいるだろうか。

もう、とっくにネットはゴミだらけだ。AI生成のしょうもないゴミもとっくに、たくさんあふれかえっている。

 

だったら、まだ人間が書いたものが放流されるほうがいい。

デマや扇動? そんなものとっくにあった。情報戦、認知戦、そんなものもとっくにあった。

 

だから、べつにあまり変わらんといえば変わらんと思う。いいことも悪いこともある。

これで世界の人たちが自由に意思疎通できるようになるとも言わない。平和がわかりあえて平和になるとも言わない。

 

とはいえ、これを見て怒り狂い、人々のこの意思疎通を破壊できるだれかさんもいない。

というわけで、どうなるか見ていこうじゃないか。そんなふうにインターネット古代人は思う。

 

 

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(2026/4/30更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Kelly Sikkema