前回、ビットコイン相場は世界最高のオンラインゲームだった。を書いた。

 

相場から離れて一週間がたち、あの時の行いを冷静に分析できるようになってきたので、

学びになりそうな事が含まれた自分なりの反省録をもう少し記述していく事にする。

 

ギャンブル依存症は童貞時代の恋愛と同じ

僕は今回、相場でデカく勝つという経験とボロボロになるという経験の2つをしたのだけど、これらの2つの場面で自分におきた脳の変化は実に興味深かった。

 

相場で勝っていた時は、それこそ脳内麻薬がガンガンにでていた。

わずか一週間程度で給与並の金額が簡単に稼ぎ出せたりしたのでお金なんて天から無限に降ってくるようなものにみえたし、未来がみえるような全能感すら味わえていた。

 

今思うと完全にヤばかったのだが、当時は神に選ばれし自分にはその幸運が降り注ぐことは当然と思っていた。

完全に頭がおかしい奴である。

 

その一方で、相場で負けていた時は物凄く苦しかった。

先程の爆益から急転し、損益が積み重なるような様相に直面すると、今度は一転して自分の行い全てが自分を傷つけていくような感じへと転落していった。

 

チャートが予想を裏切って急落を続けていくような状態が何度も何度も起きると、先程まで感じていた万能感は全て消失し、ただひたすらに苦しみしかそこには残っていなかった。

 

その苦しみの中で人が何をするか。

答えは祈りである。もちろん祈る事はただ一点。ビットコイン価格の急上昇である。

 

それはまさに雨乞いを期待して、神に一心不乱に祈りを捧げる部族のような行いである。

一時期はその奇跡が起きる事を期待して、夜中でも3時間おきに起きてチャートをチェックしていたりして、はっきりいって病気のような状態であった。

 

没頭していたあの時は全く気が付かなかったが、これはまさにギャンブル依存症である。

僕は依存症については本で読んで理解したつもりになっていたけれど、実際に自分が実感してみて依存症がどういうものなのかがようやく理解できた。

あれはまさにそっくりそのまま童貞時代の恋愛である

 

自分が恋愛初心者だった頃を思い出して欲しい。

恋愛初心者だった頃のあなたは、勝手にクラスのカッコイイ男の子やカワイイ女の子に恋をして、あらぬ妄想を膨らませ、彼・彼女への思いを勝手に募らせ、苦しい苦しい経験をした事がなかっただろうか。

 

僕のビットコインへの憧憬は、まさに童貞時代の恋愛そのものだった

僕のビットコインへの憧憬は、まさに童貞時代の恋愛そのものであった。

童貞時代、好きだった女の子がこちらをチラリとひと目みてくれるだけで幸せになったかと思えば、他の男の子と喋っただけで陰鬱になっていた様は、ビットコインのチャートが少し上向きを示してホッとしたかと思うと、急落して愕然としていた様とほぼ相似である。

 

あの童貞時代の恋愛の頃と同じような思いを追体験する事でようやくわかったのだけど、依存症の本当の恐ろしさは苦しいのにやめられない事にある。奇跡が起きることにすがりつくようになってもだえ苦しんでからが依存症の本番の始まりだ。

 

童貞を例にして話をすると、童貞は馬鹿なので同じようなアプローチを何度も何度も繰り返して勝手に傷ついて苦しむ。

そんなに苦しいのなら片思いなんてやめりゃいいのに、童貞は恋愛依存症なのでそれをやめる事ができない。

 

どんなに思いを募らせ奇跡を祈っても好きな人はこっちに振り向いてくれる事なんて絶対にないのだけど、馬鹿なのでそれをやめる事ができない。

その苦しみの中、人は何をするかというと、ただ奇跡が起きることを祈り続けるのである。

好きという感情をふくらませる事で、あの子がこっちを振り向いてくれるという奇跡を祈るのだ。

 

童貞時代の僕が好きな女の子が振り向いてくれるという奇跡を願い七転八倒する様は、僕がビットコインの価格が高騰する事を願っていた時とまさにそのまま同じだ。

奇跡は起きないから奇跡なのである。

あなたがいくら苦しみながら祈ろうが、世界はあなたを中心には絶対に回らない。そういうものである。

 

こんなにも恐ろしい依存症だが、抜け出すための方法は極めてシンプルだ。まずは一旦距離を置き、自分の行いを冷静に鑑み、適切な距離感をつかめばよいのである。

距離を置くために何をすればいいかといえば、恋愛ならば一度自分勝手に告白して盛大に振られるのも1つの手だし、相場なら損益を計上して自分が弱い事を認めてしまうのも1つの手だろう。

 

ようは当たって砕ければいいのである。

ほとんどの人はそうやってみんな大人になっていく。

けど一部の人達は相手から拒絶されるという、自分が物凄く傷つく行為を選択できず、永遠に童貞マインドを捨てる事ができない。

そうして苦しみながら人生を歩むという、依存症という修羅の道を選択した人に残されたものは、地獄・煉獄・大殺界だ。

 

恋愛なら一部の熱狂的なアイドルオタクがそれらに相当するのだろうし、ギャンブルならパチンコに朝から並ぶような人達がそれらに相当するだろう。

奇跡が起きる事を夢見て獄中生活にはまり込んだ人は、永遠に童貞マインドを卒業できない。

 

苦しい苦しい依存症の世界へようこそ、である。

 

依存症の本当の苦しみは辛くてもやめられないところにある

僕はかつてアルコール依存症の人と一緒にお話する機会があった。僕はその当時はもの凄くウブだったのでストレートにこう聞いてしまった。

「なんでお酒を飲むのがやめられないのですか?」

 

彼は一呼吸おいた後にこう答えた。

「君には全然わからないかもしれないけど、僕はお酒を飲んでも全然楽しくない。それどころか、自分がお酒を飲むことで様々な事をやらかす事で散々苦しんできた」

「僕はお酒を憎んでいる。こんなものがこの世に存在するから、こんなに苦しい人生を歩む羽目になったのだから当然だろう。」

「けどね。苦しいけど辞められないんだよ。何をいってるのかわからないかもしれないけど、本当にそうなんだ。困ったことにね・・・」

 

今なら彼が何を言わんとしているかがよくわかる。

僕も童貞時代の恋愛とギャンブル依存症の2つを経験する事で、依存症の本当の恐ろしさを垣間見た。

 

どちらも痛みを伴う別れを経験することで適切な距離感を保つことに成功した結果、うまい感じの距離感をつかむことに成功したけど、その正解ルートに到達できた事は完全に運が良かったとしか言いようがない。

 

ひょっとしたら僕だって、片思いを繰り返してただのキモイおっさんになっていたり、アイドルにマジで恋してCDを何千枚も買うような人間になっていた可能性もあるし、ギャンブルに狂って全財産を失っていた可能性だってあった。

アルコールだって、人間性を崩壊させるまで飲むのをやめられないようになっていた可能性だってあっただろう。

 

けどその地獄ルートには突入することなく、なんとか楽しい部分も味わいながら暮らせている。

 

なんでうまく行ったのかを考えると、もちろん好きな子に壮大に告白して振られたり、デカイ下げを喰らって相場を強制打ち切りしたのを自決したりとかといった、痛みを伴う選択を自分で決める事により、それらから距離を強制的に置くという機会に恵まれたという事が大きいとは思うのだけど、今考えると僕は運が良すぎである。

 

仮に童貞時代の恋愛マインドを持ちながら告白が成功して女の子と付き合ってしまったら、たぶん物凄く恋愛で痛い目をみたであろう事は想像に難くない。

相場も、あのままずっと勝ち続けていたりしてたら、たぶん完全に痛い奴になっておしまいであろう。

 

なんていうか世の中は、負けたと思った事が振り返ってみると自分を成長させてくれている事もあるんだな、という事がよくわかり、感慨深い一週間だった。

僕をノックアウトしてくれた相場の神様に感謝である。あなたの愛ある一撃、実に脳によく効きました。

 

依存症のその他の現象

ギャンブル依存症になりかけてて興味深かったのが、それ以外の欲が全てシャットダウンされていたということであった。

 

性欲は完全に消失していたし、あんなに狂ったように読んでいた本も知識欲が消失していたからか完全に抜け去っていた。

お酒もほとんど飲んでいなかった。

 

依存症は依存症というだけあって、その他の依存症になりうるものへの興味を殺すんだな、という事が実体験できたのは実に興味深かった。

毒をもって毒を制すに近いことが依存症の治療でも適応できるかもしれないなぁなんて思ったけれど、まあ素人の運用は難しそうですね。

 

ちなみに最近はギャンブル依存症から抜け出す荒療治として、スイッチのゼルダの伝説・ブレスオブザ・ワイルドを買って年末年始はそれにずっと耽っていたのですが、これは実に面白いですね。

任天堂のゲームとはとても思えないほどの鬼のような高難易度に僕は歓喜しているのですが、これ最近の子供は本当にクリアできるのですかね。めっちゃむずくないですか?特に雷のガノン。

 

とまあこんな感じで今度はゲームに依存しているわけです。なんだよ結局ゲームに依存しているだけじゃねぇか!って感じですけど、ゲームは終わりがあるので依存もせいぜい一週間程度でおしまいですね。

終わりがあるとはなんと素晴らしい事でしょう。

 

最後にこの手の記事を書くと絶対にビットコイン悪という主張を繰り広げる人がいると思うので念を押しておきますが、ビットコインはそもそも投機の対象ではありません。

ITもその発展に伴ってマイクロソフトとかGoogleの株といった投機用の商品は幾度となくでてきましたし、今後もその手の商品が出てくる事は間違いないわけです。

 

インターネット黎明期も、ドットコムバブルという現在の仮想通貨バブルと似たような事がおきてたわけです。まさか2018年にもなってマイクロソフトやGoogleが悪でそれらの株を買うだなんて馬鹿げてると主張する人はいないでしょう?

それらで博打を打つことは悪かもしれませんが、それはそれらで博打を打つ人が悪いわけであってマイクロソフトやGoogleには何の責務もありませんからね。

 

仮想通貨も、まあたぶんドットコムバブルと同じような感じで収束していくんだろうな、というのが僕の実感です。

本物は生き残るでしょうし、偽物は滅していくでしょう。

 

テクノロジーの進歩というものは、人類には絶対に止めることができないものです。

仮想通貨も根底にあるものはテクノロジーだという事を考えると、たぶん世界になんらかの確変はもたらすでしょう。それがどういうものかは僕にはよくわからないけど。

 

というわけで僕はよくよく考えて、トレード無しで少額だけビットコインは所有する事に決めました。

現在はたまーにチャートをみて笑ってるぐらいの距離感に落ち着いたけど、まあこれぐらいが僕にとっては1番よい距離感ですね。

 

というわけで実り多き年末年始でした。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

 

 

【プロフィール】

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます→ https://note.mu/takasuka_toki

 

(Photo:Michael Schlinge)