かつて、「楽しさ」と「喜び」の違いを教えてもらったことがある。
楽しさはお金で買えるものだ。
たとえば友達とディズニーランドに行ったら、楽しいと感じるだろう。
楽しさはお金を払えば手軽に手に入れることができる。
一方、喜びは一生懸命取り組んだあとに感じるもので、お金で手軽に買うことはできない、時間をかけて努力した結果味わえるものだと。
随分前に教えてもらったこの違いを、私はしばらく忘れていた。
思い出したのは、絵を描いている友人に会ったときだった。
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絵を描いている友人は、ただひたすら描いているという。
描く以外は、食べて寝るだけ。
「食べることを忘れて描いて、いつの間にか1日が終わっていたこともある」というほどの集中力。
かっこいいな、と尊敬の眼差しを向ける。
友人の日常は決して楽しそうではない。
それでも素敵だな、と思えるのは、彼女の人生にはきっと喜びがあるのだと、はたから見てそう感じるからだろう。
だから、消費ではなく、生産活動が日常の大半を占めている人に「なにか楽しかったことは?」と聞いても、おそらく話は盛り上がらない。
「今日こんな楽しいことをしたよ!」と笑顔で話すようなイベントは発生していないからだ。
それは絵を描いている友人に限らず、研究している同級生、お店を開いた仲間、会社で働いている人たちも一緒だ。
起きている時間の大半を生産活動に使っている彼らに「普段何をしているの?」と聞いても、「絵を描いている」「研究している」「仕事している」といった回答しか返ってこない。
「それ以外の時間は?」と聞けば「食事と睡眠」。
聞いた人も、それ以上何を聞けばいいのかわからず、「ふーん」で終わってしまう。
ちなみに生産というと「ものづくり」のイメージがあるけれど、ここではもっと大きく捉えている。
仕事は全部生産だという認識であり、料理も子育ても生産の一種と考えている。
少し脱線するが、父親が仕事を、母親が料理や子育てを頑張れたのも、それが生産であり、喜びを感じられたからなのかなーと今になって思ったりする。(年末年始に帰省したので、思いを馳せてみた。)
その生産行為はその人にしかできないことだから、話を膨らませることが難しい。
逆に、楽しさを感じるのは、消費活動をしているときだ。
日常が消費で占められている人に「何が楽しかった?」と聞くと、話は非常に盛り上がる。
ショッピング、カラオケ、ゲーム、遊園地、旅行、食事とたくさんの消費行為を話してくれる。
質問した側も、話された内容について知っているから、「へえ、それで?」と続きを促しやすい。そして何より、楽しそうに話すからいろいろと聞きたくなってしまう。
語るべきことが多いのは、普段消費している人だ。
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では、長い目で見たときはどうだろうか。
「あなたは何をしてきた人ですか?」と聞かれたとき、生産者は語ることができる。
何より生産物が人生を物語る。
「この週末、何した?」と聞いても語るべきことがない生産者。
だが、逆に数年ぶりに会った友人には「何をしていた?」と聞かれたとき、明確に語るべきことを持っている。
スポーツ選手を思い浮かべるとわかりやすい。おそらく彼らの日常は練習が大半であり、遊ぶ時間はあまりないのではないかと思う。
だから、「昨日何をしましたか?」と聞いても、「ひたすら練習していました」という返事になり、楽しそうな話は出てこない気がする。
それでも、彼らがスポーツを通して喜びを感じているであろうことは想像に難くない。
日常を問うか、人生を問うかで答えは変わってくる。
日常を問うたとき、消費者は多くのことを語ることができるが生産者は語れることが少ない。
でも人生を問うたとき、生産者は明確な答えを出すことができる。
もちろん、どちらかが良くて、もう一方が駄目だという話ではない。
楽しさも喜びも、人生に必要だと思う。ただそのバランスが大切で、手軽に手に入れることができる楽しさだけで人生を埋め尽くしてしまうと、何十年も経って振り返ったとき、虚無感を抱いてしまいそうな気がしてならない。
長い目で見て人生を語れる人になるために、そして喜びを感じられるように、少しでもいいから生産し続けたい。
消費は手軽に楽しさを享受することができるけれど、心に残る人生の喜びは、きっと「つくる」ことでしか感じられないのだ。
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【著者プロフィール】
名前: きゅうり(矢野 友理)
2015年に東京大学を卒業後、不動産系ベンチャー企業に勤める。バイセクシュアルで性別問わず人を好きになる。
【著書】
「[STUDY HACKER]数学嫌いの東大生が実践していた「読むだけ数学勉強法」」(マイナビ、2015)
「LGBTのBです」(総合科学出版、2017/7/10発売)
(Photo:Tatsumine Sugiura)