“忙しくなければならない症候群”
ググってみても出てこなかった。既に誰かが言っていても不思議ではない言葉だが、そうでもないらしい。
これは文字通り、常に「忙しくなければならない」と思ってしまう人たちのことだ。575のリズムで言いやすいから私はこう呼んでいる。
忙しいことは素晴らしい。
忙しさは充実度の高さの表れである。
暇な時間があるなんて、もったいない。
そんな思いを持っている人たちが確かに存在する。
「何が悪いのか」と思うかもしれない。
そう、悪くはない。スケジュールがビッシリ埋まっていることに心から満足しているのなら、それは幸せなことだろうと思う。それに、充実した時間を過ごしたいという思いは多くの人が持っていると思う。
それをあえて“症候群”と表現しているのは、“忙しくなければならない”というある種の強迫観念が心にあり、忙しくないと不安になってしまうからだ。
私も中学生の頃から患っている。高校生までは勉強していない時間が不安だった。家族や友人とのんびりお話する時間や、移動時間、電車の待ち時間が不安だった。食事に行って料理が出てくるまでの時間さえも不安だった。
「この時間に勉強しなくてもいいのだろうか」という不安が消えないのである。
大学生になり、この不安はなくなったような気がしていた。でも、それは幻想だった。好きなだけ眠ることができる幸せ、のんびりできる幸せを噛み締めていたのだが、不安な気持ちは消えていなかった。
「私はこんな時間の過ごし方をしていていいのだろうか」という不安が常に心の中にあって、消そうとしても消えないのである。
なぜ自分だけこんなに不安な気持ちを抱き続けているのだろう、と思っていた。でも、自分だけではないことに気づいた。
それは、ある友人のスケジュールを聞いた時のことだ。
「忙しくて、数ヶ月先までスケジュールがビッシリ埋まっている」と友人は言った。
そしてそのあと「埋まっていないと不安になるから、あえてたくさん入れているんだ」と付け加えた。
当時(不安はありながらも)のんびりできる幸せを噛み締めていた私は「スケジュールがスカスカでのんびりできるのも幸せだよ」なんて言ってしまったが、実は心の中で友人に共感していた。「その感覚、わかる」と。
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そもそも、この症候群について書こうと思ったきっかけは、森博嗣さんの本『正直に語る100の講義』を読んだことにある。
59番目の講義のタイトルが「『お忙しいところ……』とよく言われるが、皮肉だろうか。」だった。
タイトルだけでも大枠は伝わるだろうが、印象的なところを引用する。
どこへ行っても、向うは、「お忙しいところ、わざわざありがとうございます」と挨拶をしてくれるのだが、そこにいる誰よりも僕は暇なのだ。
確かに社会人をやっていると、やたらと「お忙しいところ恐縮ですが」という言葉を耳にする。もちろん私も使っている。
相手が忙しいことは大前提であり、暇であることは想定していない。その上でこちらは恐縮する。そういうマナーなのだ。もちろんこの言葉に込められた意味は理解しているし、相手への心遣いが感じられるとも思っている。
ただ、毎回決まり文句のように使っている自分に、ふと疑問を抱くこともある。
この挨拶の根拠としてあるのは、忙しいことは望ましい状況である、という観念だ。逆に言えば、「暇」は悪いイメージがつき纏う。
しかし、僕は暇人なのだ。暇になることを選んだ。暇になりたくてなった。暇であることを誇りに思っている。また、他者を見ても、暇な人を羨ましく思うし、暇人を尊敬しているし、人間のあるべき姿だとも認識しているのである。こういった感覚が、珍しいということはわかっているけれど、しかし、間違っているとは思わない。
私も暇でのんびりできる時間が幸せであることを知っている。森博嗣さんの言葉に共感しているはずである。
それなのに……
そう、“忙しくなければならない症候群”だから、暇な時間の「幸せ」には常に「不安」がくっついてきてしまう。
「好奇心が強いから刺激が足りないと満たされないだけ」
「充実感を追い求めているだけ」
と思いたいが、そうなのだろうか。向上心があるからかもしれないが、森博嗣さんが書いていたように、単に暇であることに対する悪いイメージが拭えていないだけなのかもしれない。頭では「そんなことない」と思っていても、一度染み付いたものを完全に拭い去ることは難しい。
社会人になった今でも、私は“忙しくなければならない症候群”だ。平日は不安な気持ちがないのに、土日祝日(休日)はのんびり過ごせる幸せを噛み締めつつ、不安な気持ちが膨らんでいくのを抑えられない。
私以外にも患者はいる。
よく効く薬は、どこかに売っていないだろうか。
☆★☆★☆
「そんなの、薬を飲まなくても大丈夫だよ」
えっ、そうなの?
「忙しくしていればいいんだよ。だって、忙しい状態なら不安にならないんでしょう?」
あっ、そうか。
治す(=のんびり過ごしても不安にならないようにする)のではなく、最初から不安を感じない状態(=忙しい状態)を目指せばいいのか。
さて、のんびりするか、忙しくするか。
“忙しくなければならない症候群”にとって、どちらが幸せなんだろう。
ではまた!
次も読んでね!
(2025/7/14更新)
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。
<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは
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自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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[プロフィール]
名前: きゅうり(矢野 友理)
2015年に東京大学を卒業後、不動産系ベンチャー企業に勤める。バイセクシュアルで性別問わず人を好きになる。
著書「[STUDY HACKER]数学嫌いの東大生が実践していた「読むだけ数学勉強法」」(マイナビ、2015)
Twitter: @Xkyuuri
ブログ:「微男微女」