いろいろあって医者の自殺問題について調べていた時、以下の資料をネットでみつけた。
大変に示唆に富んだ内容なので、ぜひ皆様にもお目通し頂ければと思う。
僕がこの資料を読んだ時、最も衝撃を受けた言葉は2007年に自殺した日本大学の女性研修医の言葉だ。
「信じられる?寝ているときに起こされるんだよ。しかもたいした病気じゃないのに」
彼女は生前、姉にこう話していたという。
正直、僕はこの言葉をみた時
「医者なんてそれが普通の事じゃないか。こいつは何を言ってるのだ」
と思ったのだが、しかしある記事をキッカケに、これが普通ではない事に気が付かされた。
夜中に起こされるのは辛い。それが我が子でも。いわんや他人をや
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僕も身の回りに子育てをする知り合いが増えてきた事もあり、育児のシンドさについては多少は理解しているつもりだ。
ある知り合いの子育てママは僕に
”産後で弱った身体に”
”初めての育児という不安を抱え”
”24時間の臨戦態勢を強制される事”
の3重コンボがいかに厳しいかをルノアールでコーヒーを片手に語ってくれた。
彼女は話の合間合間で
「終わりが見えていたからなんとか耐えられたけど、正直、自分の子供じゃなかったら耐えきれなかったと思う」
と何度も言い、それに加えて
「子供が夜寝るようになるまで、まとまって7時間の睡眠を取れる事がこんなにも贅沢な事だとは思わなかった。育児中、何度まとまって寝たいと思った事か」
という事も繰り返し、繰り返し言っていた。
僕は先輩ママの臨場感あふれる話で子育てのシンドさに身震いし、その話をとある病院のスペースで茶飲み話としてインスタントコーヒー片手に
「子育てって大変らしいよ」
という話したのだが、ある子育て経験者である女医が
「子育てなんて自分の子供が相手なんらから楽勝だったよ。何だかんだで、我が子は可愛いもん。ぶっちゃけ、他人にあれをやってる医者の方が遥かにヤバイ」
という話をした事で、いつの間にか自分が既に取り返しがつかないぐらい”医者”に”変わって”しまった事を嫌という程思い知らされてしまった。
夜更かしと夜間勤務はぜんぜん違うし、夜中の呼び出しは本当にシンドイ
別に医者に限らないのだけど、世の中にはどうしても24時間体制にならざるをえないタイプの職種がある。
僕ら医者は、人の病をどうにかしなくてはならない仕事だ。当たり前だけど、人は24時間いつでも体調不良に陥るリスクがある。
その為、スパッとした割り切った労働を体制化する事は非常に難しく、どうしても週に何度かは夜間勤務を行わなくてはならない。
昨今は働き方改革もあって、夜間勤務後は帰宅できるような制度をとっている病院も多いそうなのだけど、今でも多くの病院では医師不足もあって夜間勤務後も普通に診療行為を行わざるをえない状況だ。
今でもかなり多くの医師が週に何度かは48時間動労を行っているのが現状だろう。
僕はかなりの夜型で、学生時代は平気で朝までゲームや漫画に耽っていた事もあった事もあり、働く前までは夜間勤務なんてチョロイだろうとタカをくくっていたのだけど、働き始めて数日で、当直という行為がどれだけ非人道的なことかを嫌というほど思い知らされた。
24時間、鳴り響くPHS。山のように降り注ぐ院外からの携帯電話への振動。
医者の夜は長い。特に地域の基幹病院となれば、その夜の長さは尋常ではない。
働き始めてから電話が嫌いになった医者は僕だけじゃないだろう。
考えてみれば当たり前の話なのだけど、夜更かしというのは楽しい事をやってるからこそ楽しいのであり、かつ次の日に昼まで惰眠を貪れる事もセットであるから楽しいのだ。
昼間の労働、夜間の労働、更に翌日の昼間の労働という三位一体となった悪魔とは完全に似て非なるものであり、”愛するパートナーと過ごす甘い一夜”と”ワルプルギスの夜”ぐらい全然違う概念である。
ただまあ、人間というのは恐ろしいもので、これらの事も慣れてきてしまうと”仕事”として”普通の事”だと割り切れるようになってきてしまうのである。
仕事にすれば何でもできるようになってしまう
”仕事”という概念は本当に恐ろしい。僕は学生時代は人の身体に針を刺すだなんて事は絶対にできなかったのだけど、今では医療行為の名のもとに針を刺す事なんて日常茶飯事だし、それどころか見方によってはより非人道的な行為も平気に行えるようになってしまった。
ジャンルは全く異なるのだが、元風俗嬢である方が書いたある文章を読んで非常に心を動かされた。こちらも大変示唆に富んだものなので、ぜひ読んで欲しい。
今から街ですれ違う人全員と、お金がもらえればキスができますか?という質問を投げかけたとしよう。おそらくほとんどの回答は「NO」になるはずだ。
しかし風俗嬢に同じ質問をしたらどうだろう。特殊な店舗に在籍していない限り、全員の答えが「YES」だ。
(引用元 風俗で働くべきか否か|yuzuka|note)
勘違いしてほしくないのだけど、僕は別に風俗で働く事が悪い事だとは思っていない。
ただ、僕が平気で人に針を刺せるようになってしまったのと同様、お金を貰って仕事にしてしまうと、人間というのはある瞬間から”変化”し、かつての自分には戻れなくなってしまうのである。
先ほど書かせていただいた、医師の夜間当直に関する僕の雑感は、実は僕が研修医の時に感じた素直な気持ちを元に書き起こしたものだ。そこに嘘偽りはない。
ただ、今の僕は夜間勤務に対して、同じような感想は抱いていない。
シンドイのは相変わらずだけど、今では”仕事”として割り切れるようになってしまう位には”変わって”しまった。
それと共に思うのだ。
きっと、あんなにもシンドかった育児経験者がシンドさを乗り越えてニ児、三児を作るのと同様、人というのは良くも悪くも”慣れ”てしまう生き物であると。
そして”慣れ”る事ができなかった冒頭の彼女のような繊細な心の持ち主には、この世は辛く厳しい世界だという事を。
何者かになれない個人に、世の中は厳しい
労働は人間をただの人から何者かに変えてしまう。
学生時代、僕は何者でもない自分が嫌で嫌でしかたがなく、何者かになろうと必死にもがいていた。
必死に医学を勉強し、ブログを山のように書き綴り、メシと酒を人一倍食した。
そのかいあってか、今ではある程度は”何者”であると名のれるような人間にはなれた。
僕はこれを自分の努力の賜物だと思っていたのだけど、考えてみるとこれは僕が本当に偶然たまたま”自分に合った”環境に置かれたから、何者かになれた事に他ならない。
何者かになれない個人に、世の中は厳しい。
冒頭に書いた日本大学の女性研修医は”医者”になれなかったのだ。
「夜中に起こされる事」を”仕事”という概念でマスクして、当たり前の事であると受け入れられなかったのだ。
そして彼女は仕事に潰された。
死ぬぐらいなら、逃げればいいのにと人は言うかもしれない。
けど、今では僕はわかるのだ。医者になるまでに山程の情熱をかけた事により、積もり積もったサンク・コストを前に、もう一度、同じ様な情熱を別のものに向けろと言われる事がどれだけ残酷なことなのかを。
夢に自分を否定される事の厳しさを。
僕は労働に感謝している。自分を何者かに変えてくれたのは、仕事という概念に他ならないから。
けど、僕は同時にこうも思うのだ。労働は人を変えてしまう。なんて恐ろしいものだろうとも。
仕事だからと、嫌な事・苦しい事を割り切れるようになってしまう事は、なんとも形容しがたい寂しさがあると思いませんか?
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(Photo:Antonio Marín Segovia)