「話の上手さの本質って、こういうことか…」
少し前のことだが、そんなことを思い知った出来事がある。
陸上自衛隊の元最高幹部を大阪にお招きし、経営者団体の会合で講演会をしてもらった時のことだ。
お名前や経歴をご紹介し、さっそくマイクをお渡しすると元最高幹部は開口一番、こんな事を言った。
「まず最初に、皆さんに知って頂きたい自衛隊の基本概念があります。『必成目標』『望成目標』という考え方です」
要旨、幹部自衛官はあらゆる任務・仕事で「必ず達成する必要がある目標」「可能であれば達成を目指す目標」の2つを意識するのだという。
その上で、例えば以下のような用例で部下に問いを立てると説明する。
“この仕事の必成目標と望成目標は?”
このような価値観と概念を共有し、仕事や作戦目標の意識合わせをするのだという。
「その上で、講演に先立ち私の本日の必成目標を皆さんにお伝えします。皆さんが私の話を『明日から使えるネタがいくつかあり、話を聞いた甲斐があった』と評価して下さること。それができなければ私の敗けです」
ともすれば講演会では、謙遜が行き過ぎて先に“逃げ”を打つ人も少なくない。
そんな中、“成果物”を先に約束し、それができなければ自分の責任であると、これ以上ないわかりやすい覚悟を示した形だ。
この前フリで講演会は一気に締まり、最後には大好評の盛会となった。
そんな元最高幹部と親しくお付き合いさせて頂き随分になる先日、とても驚きのオファーを頂く。
「来月関西に行きますが、生駒まで足を伸ばすこと可能です」
生駒とは私の住む奈良県生駒市のことであり、その意図するところは明らかだ。
将来自衛官になりたいといっている、私の小学校6年生の息子と会って、いろいろ教えて下さるという示唆である。
望外の喜びであり、さっそく田舎町のお蕎麦屋さんに元最高幹部をお迎えする。
元最高幹部と私、息子の3人で夕方から蕎麦前をつまみながら、“息子一人のため”のぜいたくな講演会が始まる。
そして元最高幹部はノートパソコンを取り出すと息子に向け、パワーポイントでプレゼンテーションを始めた。
「今日はわざわざ、来てくれてありがとう。おっちゃん、今はもう仕事を辞めたそのへんの人なんで気にしないでね」
そんな導入で息子の緊張をほぐして下さる元最高幹部。
「まずはじめに、今日のお話に先立ちどうしても知ってほしいことをお伝えします。他のことは忘れても良いので、これだけは必ず覚えて帰って下さい」
(今日も、必成目標と望成目標の説明から始めるのだろうか…。小学生には難しくないかな…)
しかしこの後、元最高幹部は全く予期していなかったことを言い出す。
“社員を拘束したほうが利益になる”
話は変わるがもう随分と昔のこと。大阪の中堅メーカーでCFO(最高財務責任者)をしていた時の話だ。
着任当初、とにかく数字の可視化が全くできていない状態に苦しむことがあった。
そんな中、状況を整理して最初に気がついたのは不正らしき痕跡の多さだった。
正確に言えば、不正な経費精算や備品の持ち出しであろう、不自然な数字である。
とはいえ、数字を把握する手段が無ければ証明・改善する手段などない。
そのため、経費精算や消耗品・備品の支給について細かなルールを決めるのだが、すると今度は新設ルール外のところで、不自然な数字が増加する。
(あかん…イタチごっこや…)
従業員は800名超であり、本社以外に多くの事業所がある事業形態だ。
経費精算や消耗品の持ち出しルールを過剰に設定し運用するのは、正解なようで間違っている。なぜか。
悪意のある極めて少数の社員による不正を排除するための仕組みが、99%のまじめな社員のやる気と利便性を失わせるためだ。
「社員のことなど一切信用していない」
ルールの細分化と行き過ぎた管理は、そんなメッセージ性として社員に敏感に伝わる。
言い換えれば、100円の損失を防止するために1000円のコストを費やすようなものであり、手段を目的化させてしまう。
とはいえ社員は、誰がどんな方法で悪いことをしているのか、不正をしているのか、だいたい知っているのが会社組織というものである。
状況を放置したらまじめな社員ほどやる気を失い、経営陣も愛想を尽かされ信用を失うだろう。
そんなことに思い悩んでいたある日、中堅以上の社員からの要望を取りまとめ、役員会に就業規則の改訂を提案することがあった。
選択的な短時間就労制度の導入と、それに伴う給与体系の見直しである。
要旨、6時間労働や週休3日などの選択肢を用意し、それに応じ給与も調整するという働き方の提示だ。
女性社員が8割を占め、またママさん社員も多かったので要望が多かった上に、本音を言えば労務費の削減手段としても非常に有効な手法でもある。なぜか。
人は就労時間の中で、めいっぱい集中していることなどありえない。
有り体に言って、8時間の勤務時間が6時間になったところで、多くの職種の成果など大きく変わらないものだ。
「これだけの成果を出せば、なんなら毎日、午前中に帰っていいよ」
もしそんなルールなら、おそらく多くの社員が本気で成果にコミットして集中し、決して18時まで席に居ることなどないだろう。
もちろん、適用できない業種や職種もたくさんあるが、その会社では成果の可視化と適用が容易であった。
そんなこともあり、労務費の削減見通しとあわせて役員会に諮ったのだが、思いがけない結果に終わる。
「労働基準法の上限まで社員を使える就労規則になってるんに、変える意味ないやん」
そんな経営トップの反対意見に一蹴され、他の役員も賛同する。
“法律の上限いっぱい社員を拘束するほうが、利益になる”
その時やっと、理解できた。
(不正行為が横行する本当の理由は、これか…)
「三方良し」は寓話ではない
話は冒頭の、自衛隊元最高幹部との飲み会についてだ。
「まずはじめに、今日のお話に先立ちどうしても知ってほしいことをお伝えします。他のことは忘れても良いので、これだけは必ず覚えて帰って下さい」
そう前置きしたうえで息子に、何を言い出したというのか。
「キミのお父さんは、本当にすごい人です。自衛官は力で国と平和を守りますが、キミのお父さんは筆の力で守っています」
(クソっ…やられた…)
油断していたところの初撃に、思わず目が…ムズムズする。
ギリギリでこらえ息子の方に目をやると、なんとも言えない誇らしい顔をしている。
あかん、しばらく顔を上げられそうにない…。
そんな前置きの後、元最高幹部は自衛官という働き方の魅力を説明し、様々な働き方や可能性があること。本気の挑戦に応える組織であることなどを1時間も語って下さり、最後にこう締めくくった。
「今はまだ、自衛官になろうと決める必要はありません。勉強や運動を頑張って、国や社会のために役立つ人になって下さい。その上で、もし御縁があれば自衛官という働き方を選んで下さい」
元最高幹部のお人柄や人間力については、十分に知っていたつもりだった。
しかしまさか、第一声からこんな形で話を進めるとは、完全に不意をつかれた…。
この日の出来事から、改めて理解したことがある。
元最高幹部の「人生における必成目標」とはきっと、“一人でも多くの人を幸せにすること”なのだろう。
だからこそ「自衛隊の説明」という手段を通じ、「一組の親子の幸せ」を必成目標として、この日の”マイクロ講演会”をお話して下さったということだ。
改めて、大組織のトップに立つ人のすごさに鳥肌立つ出来事になった。
そして話は、昔役員を務めていた会社での出来事についてだ。
“法律の上限いっぱい社員を拘束するほうが、利益になる”
そんな経営トップの言葉のどこから、不正行為が横行する本当の理由を悟ったというのか。
「社員は、会社の利益と対立する存在」
先の言葉には、そんな経営思想が色濃く滲んでいる。なぜか。
社員の幸せや待遇改善は利益にならないからやるべきではないと、そういっているに等しいからだ。
そんな経営者や会社が、うまくいくわけがないだろう。
どのような言葉で言語化するのかは、人それぞれである。
しかしリーダーにとって何よりも大事にすべき“必成目標”は明らかだ。
「従業員、お取引先、顧客の幸せ」である。
人の不幸の上に成り立つ利益など、長続きするわけがないのだから当然ではないか。
そして従業員の幸せや福利厚生を“敵視”すれば、従業員も必ず会社を敵視する。
献身的に組織に貢献しようなどと思うわけがなく、やがてこう考えるようになる。
「いつも搾取されてるんだし、バレない範囲でやり返して当然」
このようにして、不正行為のモグラ叩きがあちこちから噴き出す。
「三方良し」という近江商人の言葉があるが、これは決して寓話ではない。
元最高幹部が大組織で頂点まで昇り詰めることができた理由。
不正行為が絶えなかった中堅企業の事例。
リーダーと呼ばれるポジションにある人には改めて知ってほしい、印象深い出来事だった。
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【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
人間力に溢れる人とお酒をご一緒すると、いつも飲みすぎてしまいます。
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