ときどきわけもなく心が苦しくなる事はないだろうか?
社会には様々な生き苦しさが存在しているが、これに対するマネジメント法についての知識はみんな驚くほど持っていない。
漫画家の田中先生による様々な人の鬱体験をまとめた本である”うつヌケ”が大ヒットしているようだけど、この息苦しさからはどうすれば逃れる事ができるかについての知見を多くの人が求めているからだろう。
このように様々な人が解決方法を模索している生きにくさへの対処法だけど、実は紀元前500年にその対処法を確立した人がいるという事をご存知だろうか?
彼の名前はゴータマ・シッダールタ(釈迦やブッダとも呼ばれている)。仏教の開祖である。
生きることはそもそも苦しいことである。
仏教というと、古臭い宗教だと思うかもしれないけども、キリスト教やイスラム教といったものと比較すると非常に現実的な思想である。その知見は現代から見ても非常に勉強になるものが多い。
キリスト教やイスラム教には神や天使と行った超現実的な崇拝すべき対象がいるが、原始仏教にはそのような祈るべき対象は存在しない。ただひたすら個人の生きにくさからの超克を目的とする活動が原始仏教である。
仏像のような祈りを捧げる対象物は、原始仏教から派生した別種の宗教から生み出されたものである。原始仏教にはそのような祈る対象物は存在せず、あくまで生きる苦しみからどういう風に逃れるかというリアルな手法のみがポイントとなっている。
そもそも仏教という宗教は、生きる事への虚しさにゴータマ・シッダールタが囚われた事により生まれた宗教だ。
ヒマラヤの小王国に生まれた彼は、どんな人ですら究極的には老いたり病んだりして苦しんで死ぬという事に非常に心を悩ませたという。王宮で権力闘争を行い、それにより嫉妬にもがき苦しんでいる人を目にしたことが更にその苦しみに拍車をかけたという。
普通に生きるだけでも嫉妬や不安、猜疑心といった負の感情に囚われながら生きなくてはいけないというのに、そうして苦しい気持ちを持ちながら生きながらえても結局は老いや病で苦しんで死んでしまうのだ。
この現実を前にゴータマ・シッダールタはこう思ったという。
「この世でどんな立派な事をしようが結局最後の最後は苦しんで死ぬのなら、人生は辛いことばかりである。こんな苦だけの人生に、いったいなんの意味があるのだろうか?」
この考えから、ゴータマ・シッダールタは生きるという事はそれすなわち苦しみであると考え、その愚かな競争から逃れだす方法を真剣に考えた。
そしてある日、その手法を考えつき、仏陀(悟った人という意味)となり、その教えを広い人に説いた。その教えに共感した人により作られたのが原始仏教である。
驚くべきことに、この話は現代に生きる私達の苦しみとそっくりそのまま同じである。
上の話を現代風に置き換えてみればこうなる。
「辛くて苦しい受験勉強に耐え抜いて、毎日満員電車に揺られて会社に通勤し、嫌な上司にガミガミ怒られるような苦しい人生を耐え抜いた結果、最終的に年老いて苦しんで死ぬのだとしたら人生にいったいなんの意味があるのだろうか?」
このように今風にゴータマ・シッダールタの人生の意味への疑問を書き換えてみると、紀元前500年前の人間の苦しみと、今を生きる私達の苦しみがほぼ同様のものである事が実によく分かる。なんと紀元前500年前から、私達の悩みは全く変わっていないのである。
ではゴータマ・シッダールタはどうやってその苦しみから逃れる事に成功したのだろうか?次にそれをみていく事にしよう。
苦しみとは本人の心の振る舞い様式から生まれるものである
ゴータマ・シッダールタは長い長い瞑想の末に、ある日菩薩樹の上で「人の苦しみは渇愛から生じる」という事に気がつき、これを克服することで人生の苦しみから脱却できるという風に悟ったという。
渇愛というのは「こうなりたい、こうでなくてはならない」という自分に対する飽くなき欲の事である。こう書いてもちょっとわかりにくいと思うので、現代風に具体的な例をもって以下に説明をしてみよう。
例えば、SNSで美男美女カップルの写真をみたとする。この時に、自分の現状を元に相手に対して「羨ましい」と感じてしまったり、自分がその人と比較して「恵まれていない」と感じてしまったとしよう。
このように、その”差”を感じる事から生まれる様々な感情は僕達の心に様々な生きにくさを生み出す。
ゴータマ・シッダールタはこのような”人と自分を比較”する行為こそが生きにくさの温床であり、そういう事をせずに”事実をただ事実として受け入れる”ようになれる事で、そうした苦しさから逃れる唯一の方法だと説いた。
その状態を涅槃という。涅槃とは、もともと消化という意味であり、渇愛により生ずる様々な感情を鎮火させるという意味に通じている。
例えばさっきのSNSの美男美女カップルの写真をみた時に、
”あ、美人な男の人と可愛い女の子のカップルがいる”
とだけ思えばいいのである。
本来、この写真が生み出す情報はそれ以上でも以下でもない。それを「いいパートナーをみつけてるこの人は私よりも恵まれている」だとか、「私は独り身なのにこの人はこんなに楽しそうな生活を送っている」だとか、写真が出していない情報まで勝手に読み取ったりするからいけないのである。
このようにして、情報をただ”あるがまま”に受け取れるように心を訓練する事が穏やかな精神状態になり、生の苦しみから逃れる方法だというのが仏陀の教えである。
この考えのポイントは”自分と他人を比べない”事であり、「自分がどういう風になりたいか」というこうでありたい未来について考えるのではなく、「自分はいま何を経験しているのか」という客観的事実にのみ着目する事である。
つまり目の前の情報からあることないことを色々勝手に想像するから苦しくなったりするわけであり、そうした勝手な考えを持たないように、事実をあるがままにうけいれられるようになろうとありなさい、というのが仏陀の教えなのである。
これが紀元前500年前に仏陀が出した苦しみから逃れる方法である。ようはあれこれ勝手に想像して他人と自分を比較なんてしないで、目の前の物事をそのまま捉えて生きなさいということである。
ここまで書いてもまだよくわからないという人もいるだろうから、もう少し詳しく説明しよう。
例えば、あなたが現在わけもわからず辛くて辛くて仕方がないとする。なんでこんなに辛くて仕方がないのか、その理由を考える日々を過ごし、それが幼少期のイジメだとか、両親から愛されなかったからだとか、大学受験に失敗したからだとかのように理由を見出したとしよう。
それが本当に正しいかどうかはここでは問題ではない。
ただひとつ言えることは、あなたが行きにくさについて考えを巡らせれば巡らせるほど、その苦しみはどんどん迷宮のように深くなっていき、そして自分自身で苦しみの渦中に心を起き続ける事になるのである。
ところであなたは一年前、三年前、十年前の今現在、どういう気持で日々を過ごしていたかを覚えているだろうか?偶然なんらかのイベントがあったような人は例外として、基本的には一年前とか三年前とか十年前の今日、自分がどういう気持だったかなんて覚えている人は非常に稀なはずだ。
人はよくも悪くも忘れる事のできる生き物である。どんなにいい事があろうが、どんなに辛い事があろうが、時とともにその感情は徐々に風化していく。
だからあなたが今嬉しいのなら、「あ、いま自分は嬉しい感情を持っているのだな」とその感情を持っている事を客観的に楽しめば良いのであり、あなたが今辛いのなら「あ、いま自分は辛いって思っているのだな」とその感情を抱いている自分を客観的にみて楽しめばいいのである。
そのようにして、自分がいまどう感じているのかを客観的にただ眺めていれさえすれば、そのうちその喜びや悲しみはどこかに消え失せて、次にまた新しい感情の波があなたの心を震わせる事だろう。
喜びも悲しみも永遠には続かない。感情は途切れなく続く大河のようなもので、永遠の喜びも悲しみも存在しないのである。
ただ、あるがままに自分が”今感じている”感情を、”あ、自分の心はこんな風に感じ取るんだな”と思えばよいのだ。先のみえない未来についてあれこれ頭など悩ませる必要などないのだ。ただ今、自分がどう思うかのみがあなたのリアルであり、そこにはそれ以上も以下もないのである。
と、ここまで書いておいてなんだが上に書いたことを初めから完全に実践するのは普通の人にはかなり困難だと思う。未来についての事を全く考えずに生きる事は凡人には難しい。
だからまずは、ありもしない未来について事を考える時間を徐々に徐々に減らしていってみて欲しい。僕自身は様々な情報をみた時、自分の心のなかにモヤッとした感情が生まれたら、
「あ、いま自分はモヤッとした気持ち悪い感情にとらわれているんだな」と思うようにしている。
こう考えられるようになると、嫉妬のような負の感情を感じている自分を客観的に眺める事ができて、前と比べてほんの少しだけ冷静になれるようになったと感じている。はじめから完璧なんて目指してもいいことなんて1つもない。まずは実現可能なレベルから徐々に徐々に行動すればいいのである。
みなさんも上の話から何かを自分の生活に取り入れて役立てて欲しい。最初から釈迦のような涅槃の境地に至ることはできないかもしれないけども、ちょっとしたコツで生きづらさをほんの少しづつ緩和する事はできる。
釈迦は偉大な先達ではあるが、同時に同じホモ・サピエンスであるもの事実だ。所詮、同じ人である。
釈迦にできて、あなたにこれができないはずなんてないのである。なーに、万に一つもできれば十分じゃないか。ぜひこの見地をあなたの人生に役立てて欲しい。幸運を祈る。
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