先週、映画『パッセンジャー』を見た。といっても映画の批評を書くつもりはない。映画をきっかけにした話がしたいだけである。

 

さて、『パッセンジャー』はSFとしてはいかがなものかと否定的なコメントが多い一方、演技や美術は絶賛されているらしい、という話を聞いた。

私は「おもしろかった」「こわかった」「女優さんがきれいだった」という(幼稚園児には失礼ながら)幼稚園児レベルの感想しか抱けなかった。

 

ただ、1つだけ考えさせられることがあった。それが何なのかは書くとネタバレになってしまうので書かないが、一言で表すと「倫理」について考えさせられた。

 

倫理といえば「トロッコ問題」が有名である。説明をWikipediaに頼ると、トロッコ問題は 

「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」という倫理学の思考実験

 である。ハーバード白熱教室でも話題になった思考実験なので知っている人も多いだろう。知っている人は以下の引用文は読み飛ばしてほしい。

まず前提として、以下のようなトラブル (a) が発生したものとする。

(a) 線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。

そしてA氏が以下の状況に置かれているものとする。

(1) この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?

なお、A氏は上述の手段以外では助けることができないものとする。また法的な責任は問われず、道徳的な見解だけが問題にされている。あなたは道徳的に見て「許される」か、「許されない」かで答えるものとする。

つまり単純に「5人を助ける為に他の1人を殺してもよいか」という問題である。功利主義に基づくなら一人を犠牲にして五人を助けるべきである。しかし義務論に従えば、誰かを他の目的のために利用すべきではなく、何もするべきではない。

(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%B3%E5%95%8F%E9%A1%8C

 

なかなか答えが出なくて頭の中がぐるぐるする。

 

上述のトロッコ問題では数に着目しているが、他の観点からも考えてみると面白い。数は1人対1人にする。たとえば、轢かれそうな人物が自分の子どもで、別路線にいるのが見知らぬ子どもだったら……。

進路を切り替えればわが子が救えるとなったら、切り替えてしまわないだろうか。

あるいは、轢かれそうな人物が世界的に認められる能力を持つ将来有望な15歳の若者で、別路線にいるのが過去に犯罪を繰り返してきた90歳の高齢者だったら……。命は平等だと言い切れるだろうか。

 

インターネットを検索していたら、トロッコ問題以外にもたくさんの思考実験があることがわかり、『100の思考実験』という本を知った。面白そうだと思い、すぐ購入した。まだ始めのほうしか読んでいないが、どれも興味深いものばかりだった。

 

『パッセンジャー』を一緒に見た人に、映画がきっかけで思考実験の本を読み始めたことを伝えた。

「どんな思考実験があるの?」と聞かれたので、思い出したものから説明した。

 

・親が3人の息子に100ポンドずつ渡した。

・1100ポンドのゲーム機があり、3人ともそれを買おうとしたが、150ポンドを出すとワンランク上のゲーム機が手に入り、しかも2台買うと100ポンドのゲーム機が無料でもらえるという。

・払う金額は同じ300ポンドでも、「普通のゲーム機3台」か「上等のゲーム機2台と普通のゲーム機1台」か、という違いがある。後者を選んだほうがお得だが、不平等である。さて、どちらを選ぶべきだろうか。

 

こんな内容の思考実験が書いてあったと伝えたところ、

「似たような話を思い出した」と言われた。

 

「どんな話ですか?」

「人が10人いて、椅子が7脚しかない、という話」

 椅子が人数分ないときに、どうするかという話らしい。

 

7脚はあるのだから、3人は立つしかないにしても7人は座ればいいのではないかと思うが、それは不平等だと言う人もいるとのこと。たしかに、電車に乗っていても、1人分しか席があいていないときに2人とも立つという選択をしている2人組を見かけることがある。

 日本人は全員座らないと回答した人が多く、他の国では足腰の弱い人から順に座ってもらう、といった回答が多かったとのこと。

 

得られるはずのメリットを不平等だからという理由で手放すのはどうなんだろう、と私は考えるが、皆さんはいかがだろうか。いろいろな回答があるのだろう。

 

さて、もう1つ。

・罪のない民間人が捕虜になった。その捕虜を強姦した上で殺すよう命令された。

・命令に従わなければ自分は殺され、捕虜も強姦された上で殺される。

・自分がやれば、捕虜の苦痛を最小限に抑えて殺すことができる。自分にとっても捕虜にとっても、自分が手を下す方がいいように思える。ベストな選択をしているようだが、果たしてどうなのか。

 

私だったら、迷わず自分で手を下す。でも、殺人が間違いであることは変わらない。

本にはこう書いてある。

「その人のしたことは間違いだが、それをした人は間違っていない。」

 

この話をしていたら、大学生の頃に回答したアンケートを思い出した。

そのアンケートには、次のような質問が書いてあった。

・将来テロリストになり、何百人もの命を奪うことがわかっている人物がいる。その人は現時点では罪は犯していない。

・その人を今殺せば将来殺されるはずの何百人もの命が助かるが、今殺さなければテロは確実に起こる。あなたならどうするだろうか。

 

こんなアンケートがあったという話を伝えたところ、「遺伝子の話にもつながる」と言われた。

「遺伝子?」

「犯罪をする確率が高い遺伝子を持った人とか」

なるほど。その事実がわかったとき、私たちはその遺伝子を持った人に対して何かをすることは許されるのだろうか。アンケートの思考実験より現実的な感じがして、少しぞっとする。

 

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思考実験の話を長々と書いてしまったが、私が言いたいのは「人に伝えることで新しい何かが得られる」ということだ。

考えが深まっていない状態で話してしまったので、特に議論らしい議論をしたわけではないけれど、それでも思考実験の話を伝えたら「椅子の不平等の話」や「遺伝子の話」が出てきた。私の中にはなかったものを知ることができた。

 

一人で本を読んで考えるだけでは手に入らなかった知識であり、この関連した話を知ったことで、さらに考えを深めることができるかもしれない。(まだあまり深められていないのが残念だが……)

 

そういえば大学生の頃、あるテーマについて興味があるという人たちを集めて議論をする会があって、参加したことがある。

そこでは様々な意見が出たのだが、どれも本に書いてあることや、既に誰かが主張していることばかりだった。私の発言もそうだった。私はだんだん「この議論の意味ってなんだろう?」と思うようになり、ついに口に出してしまった。

「この議論では、新しいことは何一つ出ていない。知らなかったことはあったとしても、結局はどこかで誰かが言っていることばかりだ。それなら、このテーマに関する文献を読むのと変わらないし、むしろそのほうが有意義なのではないか」

 

こんなようなことを言った気がする。すると、別の人がこう反論した。

「その人が自分の経験をもとに語ることに意味があるんですよ。『自分はこういう経験をしてきた。だからこう思う』っていうのが大事なんです。『こう思う』の部分が既に誰かが言っていることだとしても、そう思うに至った経験は人によって違うでしょう? その経験にもとづく考えと考えがぶつかり合って、新しい何かが生まれるんです」

 

自分の愚かな考えと発言を反省した。

そして、思考実験はもっと掘り下げて話せたらよかったと思った。話を伝えたことで知識は得られたけれど、お互いに「自分はこういう経験をしてきたから/こういう理由があるから、こう思う」と伝え合えたら、考えがもっと深まったかもしれない。

 

何はともあれ、伝えることが新しい何かを得る第一歩だと思った次第である。

 

☆★☆★☆

 

ではまた!

次も読んでね!

 

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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(2025/6/2更新)

 

[著者プロフィール]

名前: きゅうり(矢野 友理)

2015年に東京大学を卒業後、不動産系ベンチャー企業に勤める。バイセクシュアルで性別問わず人を好きになる。

著書「[STUDY HACKER]数学嫌いの東大生が実践していた「読むだけ数学勉強法」」(マイナビ、2015)

Twitter: 2uZlXCwI24 @Xkyuuri  ブログ:「微男微女

(Photo:Matus Laslofi