”熔ける 再び そして会社も失った”という本を読んだ。

この本は元大王製紙社長の井川さんが書いた2作目の自伝である。

 

1作目は大企業の跡継ぎとして育てられた井川さんが父から帝王学を叩き込まれ、見事に成功した後、ギャンブルにハマって刑務所に打ち込まれるまでを書いたもので、2作目であるこの本は”その後”を書いたものだ。

 

一般的にギャンブルは確率論でもって「絶対に胴元には勝てない」という事が説明される。

賭けを主催する胴元が予めギャンブル前にテラ銭として運営費用を徴収するが故に、ギャンブルの期待値は確率上、絶対に元手を超えない。

 

だから中学生程度の数学の知識があればギャンブルで儲けられるだなんて嘘だというのは理解できるはずだ。

はずなのだが…この本の著者である井川さんは東京大学を卒業した超絶エリートである。

 

そのエリートが本書の中で、真顔になって「ギャンブル」を「ツキの流れを読めば勝てる」と滔々と語る姿はある意味異様である。

 

更にである。井川さんは刑務所で服役中、ヒマな事もあって難しい数学や物理学を履修したという。

それにも関わらず…出所後に再びギャンブルをやりにでかけ、一ヶ月ぶっ続けでカジノで相場を張り、派手に負けて、やっとこさギャンブルに飽きる事ができたのだそうだ。

 

こんな高尚な数学を理解できる知能がある人が、一体何で中学生でも理解が出来るはずの期待値がマイナスでしかないギャンブルで身を持ち崩すほどにハマるのだろうか?

 

僕はそれが不思議で不思議でしょうがなかったのだが、この2作目を読んでようやくこの原理を理解する事ができた。

今日はそれについて書いていこうかと思う。

 

人間は状況にあわせて、自分に都合の良い物語を選択する

ここにダンボール箱があったとしよう。

イラストやより

このダンボール箱だが、フラットに見ればダンボール箱でも、状況によって様々なものに変化する。

 

例えば、この絵なら”机”になるし

イラストやより

 

この絵ならゴミ箱だろうか。

イラストやより

このように、私たちは状況は雰囲気でもって、物事をまるで別のものに認知する事が可能な生き物だ。

 

モノにどんな物語を乗せるかは、人それぞれ

ダンボールを机に見たりゴミ箱に見たりできるのは、私達がダンボールに様々な物語をのっける事ができるからだ。

 

人間は対象物に様々な物語を乗せてみることができる。

ある人にとっては愛しい人でも、ある人にとっては親の仇となるように、文脈でもって現実は万華鏡のように変化する。

 

何にどんな物語を乗せるかは本当に人それぞれだ。そしてそれはギャンブルについても言える。

ある人にとってギャンブルは期待値で語るべきものであっても、井川さんのような人にとってはギャンブルは運の流れを読んで闘うものにみえる。

 

どういう物語をモノに乗せるかは本当に人それぞれであり、実はそこに正解はない。

そういう”モノ”としてみたら、ダンボールは机にもなれるし、ゴミ箱にもなれる。

イラストやより
机に見えている人に「これはゴミ箱だ(ギャンブルは期待値だ)」と言っても「そうかもしれないけど、これは机だ(ギャンブルはツキの流れを読むものだ)」と返されるだけだし、逆もまた然りである。

 

このように”そういう風”にみえてしまっている人には論理をいくら尽くした所で全く意味は無い。

カルト宗教にズブズブな人に「お前の入信している宗教はカルトだ!」といくら声を荒らげて説明したところで

 

「そういう風にみえる人がいる事は否定はしないけど、本当は違うんだよ」

 

と言われるのが関の山なのと同じである。

 

能力があるから、むしろ高級な概念を使ってしまう事もある

ここでの問題点は井川さんが能力がある事が逆に作用している可能性もある事だ。

 

数円からスタートしたビットコインが今や数百万円になったように、世の中というのは良くも悪くも常識を超える例外的現象が存在する。

世の中にはこの手の異常現象を様々な理由でもって当てられる人がいる。

リーマン・ショックを予想できた人達のように、普通の人には”見えない”世界をみる事で、他を圧倒する人達がこの世にはいる。

 

これは何も投資のような話に限ったものではない。

例えば日本を代表する詩人・童話作家である宮沢賢治の代表作の一つに「春と修羅」というものがあるが、普通の人は”春”に”修羅”を組み合わせようだなんて絶対に思いつかない。

 

普通なら絶対に組み合わせないこの2単語だが、何故か組み合わさって提出されるとストンと心に落ちる。

これは芸術的センスと一歩間違えたら誰にも理解できない駄作ともなりえるギリギリのラインと言えよう。

 

能力があり過ぎるが故に…人は時に常人には見えないモノを見出してしまう事がある。

ギャンブル相場に量子力学でいうところの”ゆらぎ”を感じ取り、ゲーテルの不確定性原理を当て嵌めたら、確かにそこには期待値では絶対に収まらないタイプの”異常”が発生する可能性を完全に否定する事は難しい。

 

そういうモノが見えている人達に、凡人が何を言っても無駄だ。

宮沢賢治に「春は息吹じゃね?」と説法するぐらいに「お前は何もわかっちゃいない」なのである。

 

選択だって、現実の見え方でいくらでも変わる

これはギャンブルのようなものに限らず、人の行動原理にもそのまま当てはまる。

例えばである。世の中にはすぐにバレるようなウソをつくタイプの人達がいる。僕はアレがどういう行動原理から生じているのかサッパリわからなかったのだが、時間軸を超短期に設定して

 

「とにかく、その時だけメチャクチャ気持ちよくなれたらいい。その後の事は知らん!」

 

という風な前提条件を設定したら、この行為が極めて合理的になりうる事に気がついた。

 

ウソは長い目でみたら絶対にその人の為にはならない。

しかし…これは長い目で人生を設計している人の話である。

すぐにバレるようなウソでも、バレる前までなら”とりあえずは現実”になる。

その超短期だけ最善に仕立てたい…後の事は知らない…というので良いというのなら、ウソをついて気持ちよくなる事には逆に合理性しか無い。

 

インターネットでの誹謗中傷もクセになるとヤバイ

インターネットでの誹謗中傷もそうである。

誰かを義賊にでもなったつもりでぶっ叩くのは、叩いている最中に限って言えばメチャクチャに気持ちがいい。

相手の間違いを修正し、己の正義を貫き通し、世の中に自分の正しさを問う事には快楽しかない。

 

しかし…それを長い目でみるとロクな事がない。誰かを批判するだけの人には、そういう人だけしか集まらない。

別にそういうタイプの友達が欲しいというのならそれでも悪くはないのだが、残念ながら経験上…その手の人達は友達もが”批判”の対象となりうる。

 

だからそれなりに一般社会に通じた人達は、この手の人達を「仲間と上手くやっていけない人」と見なす傾向が強い。

一般的に会社含む組織というのは「仲間と上手にやっていく」事が前提でもって設計されており、こういう反社会性ともいえるタチをとても嫌う。

長い物に巻かれるというと何となく悪い事のように思えてしまうけど、実際には長い物に巻かれる能力はみんなと上手にやっていく一つの資質である。

 

ナアナアな馴れ合いは時に非効率ともなりえるが、険悪なムードと比較したら、それよりかは遥かにマシだ。

みんなと一緒にうまくやれるという事は、正しさなんかよりよっぽど価値がある。

 

正しさとは、結局のところ自分の中にしかない

傍からみて非合理な行動をとっている人に対して

「合理的に考えろ。お前のやっている事はメチャクチャだ」

と言っても話はまず通じない。

 

ギャンブル狂いに期待値の話をしようが「そういう風に物事を見ていない」

嘘つきに信頼の積み重ねの話をしようが「そういう風に物事を見ていない」

誹謗中傷を繰り返す人に長い物に巻かれる事の大切さを説こうが「そういう風に物事を見ていない」

 

結局、人間は己の中に存在する”正しさ”の基準でもって、極めて合理的に動くだけの生き物である。

プーチンからみたゼレンスキーとゼレンスキーからみたプーチンには何の共通性も無い。

そういうものなのだから仕方がない。

変わるとしたら圧倒的な現実が目の前に突きつけられるか、あるいは飽きるかのどちらかでしか、人間のモノの見方は変わらない。

 

私達にできる事といえば…自分自身の持つ”正しさ”ですら脚色された非合理の塊だと客観的な視点を持つ事ぐらいである。

私たちは誰もが異なる視点を有しており、誰もが異なる現実をみている。

その個性があるからこそ人はユニークなものが作れるのだし、己のユニークさでもって称賛を集めたり、他を出し抜く事だって可能となる。

 

あとはその自分という歪んだメガネをどううまく使って良い人生をやるか。

問われているのは、そういう事なのだろう。

 

 

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【著者プロフィール】

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高須賀

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noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

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