話題になっていた「ファクトフルネス」を読んだ。

感想をここに記しておきたい。

 

まず、「この世は良くなっている」という話は、「ホモ・デウス」などを通じて知っていたので、新鮮さはあまりなかったが、掲載されている事実は、知っておくべきものであると感じる。

同じことを感じた人も多いのだろう。

翻訳者の方のTweetによれば、一週間で10万部売れたとのこと。

しかし、これからこの本を読もう、と思っている人にあえて申し上げると、読後感は決して良いものとは言えない。

正直、私は暗鬱とした。

 

なぜなら、この本が提示している最も重要なファクトは、二千年以上前にユリウス・カエサルが看破した

「たいていの人間は、自分が欲することを喜んで信ずる(ガリア戦記3巻18節)」

だからだ。

人類は2千年を経ても、同じような課題を抱えている。

 

例えば、

・世界は金持ちと貧乏に分断されてなどいない

・格差は縮まり続けている

・世界はどんどん良くなっている

上はいずれも、「ファクト」だと著者は述べている。

 

だが、世の中には今日も

「分断されている」

「格差は拡大し続けている」

「世界はどんどん悪くなっている」

と主張する人々が数多くいる。(このような人々が多数派であることはファクトだ)

 

そして、彼らの一部は奇妙なことに「世界は分断されている」ことを望んでいる。

そうでなくては困るからだ。

 

例えば、少し前「貧困」について、ある起業家と、貧困対策の活動家が話していた。

 

起業家は言った。

「「貧困問題」が重要な理由がまだよくわからない。なぜそんなに重要なのか、説明してほしい。世界では貧困は減っているという数字を見たことがある。」

すると活動家は言った。

「貧困は撲滅されるべき、最も重要な問題だ。」

 

起業家は言った。

「でも、世界はすでに貧困による餓死より、肥満が問題だというデータがある。」

「今重要なのは、「相対的貧困」だ。格差だよ。格差。」

「相対的貧困と、解消すべき格差の定義を聞きたい。」

「OECDが出してる。(云々……)」

「その定義が何故「正しい」と言い切れるのか?例えば、今の話だと「所得」だけでしか見てない。日本の場合、相対的貧困率が高いのは、所得が少ない高齢者が多いだけでは?」

「そんなことはない。」

「なぜそう言えるのか。そもそも、相対的貧困はなんで解決しなくてはならないのか。」

「格差がありすぎると、社会の活力が削がれる。」

「格差がありすぎる、とは何を持ってそう言えるのか。それは恣意的ではないのか。」

 

すると、彼は怒った。

「あなたのような人に、貧困のつらさはわからない。」

すると、起業家も言った。

「それを数字や論理で知らせるのが、あなたがたの役割では?同情だけではカネは出ないし、他にも重要なことはいくらでもある。私は「相対的貧困率」という数字が示している真の意味と、その数字の限界を知りたいだけだ。」

「私は貧困に苦しむ人をたくさん見た。」

「それは十分わかる。が、「相対的貧困率の改善が重要である」と言われても、「それは何を示すのか。何を持ってそのように言えるのか。そもそもそれは本当に重要なのか」は問わなくてはいけない。」

 

個人的には、その起業家の言うこともよく分かる。

彼は「貧困問題は重要ではない」とは言っていない。ただ「どの程度重要なのか」「数値の妥当性」を客観的に判断しようとしていた。

 

確かに、世の中には「相対的貧困線はとても怪しい」と述べる識者もいる。

貧困線の設定は政治的地雷原?

結局のところ,以下のディートンのくだりに,一貫した科学的根拠に基づいた貧困線を設定するのは困難だという諦観が表れている。

「貧困線をどう更新していくかという問題は難しい。これは1つには哲学的・政治的思想の違いがあるためだが,もう1つには貧困線の定義を変えることで,貧困対策の恩恵を受ける対象も変わることになり,そうなると得をするものと損をする者が出てくるためでもある。

貧困の計測方法を変えると……政治的な反対運動が起こるのは間違いない。貧困に関する統計は国家が統治するための道具の1つだ……測定がなければ統治が難しいのと同様に,政治がなければ測定は存在しない。

Statistics(統計)という単語にStat(国家)という言葉が含まれているのは偶然ではないのだ」

(青山学院大学 経済学部教授 藤村学)

「ファクト」は数値化され、様々な事実を比較可能にする。

比較可能にすると、「その課題が重要なのか、それほど重要でないのか」の判断がしやすくなる。

だから、「解決すべき問題」はできうる限り、ファクトに基づくべきだ。

 

だが問題を提起する人々は「あなたの扱っている問題はそもそも重要なのでしょうか?」と問われることに慣れていない。

なぜなら、彼らにとっては「重要に決まっている」からだ。

 

だが、「ファクトフルネス」はそれを暴く。

暴かれた人は、怒る。

人は自分の信念に反する事実を突きつけられると、過ちを認めるよりも、事実の解釈を変えてしまう。

1.人は、基本的に間違いを認めない。事実の解釈を変えるほうが得意である。

2.間違いを指摘すると「私は嫌われている」「この人は失礼だ」と解釈されてしまう可能性もある。

(Books&Apps)

場合によっては敵視され、攻撃される。

 

だが、そもそも世の中の全ての問題を解決することは、リソースという制約上、不可能である。

不可能である以上「解決可能」で、「実効性が高い」ものから優先的にリソース投入が行われるのは、当然だろう。

そのために「ファクトフルネス」は、重要なのだ。

 

だが「ファクト」は人を怒らせるし、そもそも大半の人は「ファクト」に興味がない。

「自分が欲すること」を信じるからだ。

当然、政治はファクトをベースとして動かない。

 

だから、私は「ファクトフルネス」を呼んで、暗鬱としたのだ。

「ファクトなんか知らないほうが、幸せに暮らせるんじゃないか?」と。

 

 

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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(2025/6/2更新)

 

 

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