先日、事務所近くのラーメン屋が潰れた。

筆者が事務所を構える場所から徒歩一分ほどの距離にあり、事務所を移転してから2年以上もたっていたが一度も行かずじまいだった。

 

駅から徒歩5分ほどで周辺は住宅街、人通りも少なく一見客を期待できる立地ではなく、あまり条件は良くない。

ただ潰れた原因はそこではない。筆者がお店に入らなかった大きな理由がある。ラーメンの価格が分からなかったからだ。

 

価格によって客の行動は大きく変わる。その変化は非常に大きい。

特に商品・サービスを提供する経営者やフリーランスは品質や内容以上に価格について誰よりも頭を悩ませる必要がある。

 

値段の分からないラーメン屋

飲食店が店先に看板を出してメニューと価格を表示することはごく普通に行われている。

意識すらしていない人がほとんどだろう。しかしその潰れたラーメン屋は店先の看板にメニューは載っていても価格は載っていない。

 

外からお店の中を覗くと壁にメニューは見えるがやはり値段の表記が無い。何度か奥の方まで覗いたがそれでも見えなかった。

なぜここまでかたくなに価格を見せないのか、ぼったくり価格でラーメンを出すお店なのか?と怖くなってしまったほどだ。

 

あまりに気になってネットで調べた所、1杯800円程度と一般的な価格だった。

価格を表に出さないことに意図があるのかどうかは分からないままお店は消えてしまった。

なぜ価格を表示しなかったのか、今となっては知る由もない

 

価格が分からなければ安心して入れない……素人でも分かるようなミスで潰れてしまったラーメン屋を笑う人もいるかもしれない。

しかし、価格が不明朗なビジネスは決して珍しくない。筆者が属するような士業は特にそうだ。

 

価格が不透明な士業のビジネス

弁護士や税理士や社労士、司法書士、行政書士など、そういったビジネスで独立している人のHPを見ると価格が明確でない事も多い。

酷い場合は価格の目安すら掲載されていない事もある。

 

筆者の行っているFPビジネスも同様だ。他のFPのHPを見ると、相談料が1時間5000円とか1万円と掲載されていても、例えば保険の見直しは何時間かかるのか、住宅の購入相談なら何時間かかるのか、それが分からなければ結局いくらになるのか不透明だ。

顧問契約のような形で毎月いくらと明記されていても、家を買ったり保険を見直したりは毎月行うものではない。

顧問契約で毎月お金を払う価値があるのかも不透明だ。

 

筆者はFPになる前、トラブルに巻き込まれて弁護士に相談したいと思ったが、法テラスという無料相談だけで終えた。

無料相談で解決したからではなく、料金がいくら掛かるか分からなかったからだ。

弁護士=料金が高いというイメージも手伝って話はそこで終わった。ラーメン屋に入らないまま終わった話と同じだ。

 

価格が分からないお店に入ろうと思う人は居ない。そして問い合わせることすら面倒くさい。

宣伝になるので詳細は省くが、筆者が独立する際はこの教訓を思い出して、とにかく明朗会計であることを最優先とした。

 

明朗会計が話題になる業界

価格が不明瞭な業界として、ライターやイラストレーターなども同様だ。

記事一本がいくらか、絵が一枚いくらか、ハッキリと自身のホームページに載せている人は決して多く無い。

以前、広告記事を書くライターが一本あたりいくらで仕事を請け負っているか取材でハッキリと回答していた。それが記事として掲載されると「この人は一本〇〇円で仕事をやっている」と話題になった。

何とも不思議に見えるかもしれないが、それくらい価格が透明であることが珍しい業界もあるという事だ。

 

もちろん、サービスを提供する側にも言い分はあるだろう。手間のかかる仕事とそうでない仕事を同じ価格で受けたくないと。

ただ、それによってどれだけの客が逃げているか?という事になる。

 

商品やサービスの価格は売り手ががいくら受け取るか? 買い手がいくら支払うか? というだけの問題ではない。

値付け(プライシング)は顧客に対する極めて大きな情報提供であり、マーケティングでもある。

 

価格は「モノを言う」

例えば冒頭の潰れたラーメン屋で言えば、1杯800円なら標準的なお店、300~500円位なら安さで勝負するお店、1000円以上ならこだわりの材料を使っている特徴のあるお店、といった具合に客は価格だけでも様々な情報を受け取る。

もし1杯3000円のラーメンならばキャビアとかフォアグラでも入ってるのか?と誰もがその価格の意味に疑問を抱く。

 

そして価格の決め方も一つではない。

材料費がいくら、人件費と家賃がいくら、だからこれくらいで売ろう……といったコストを積み上げる方法は一番分かりやすいがそれだけではない。

マークアップと言って、仕入れ価格に一定の利益(マージン)を載せる方法、他社の商品価格の相場に合わせる方法、顧客が払っても良いと考える価格、払える価格に決める方法など様々だ。

 

価値と価格=コスパ

例えばラーメン1杯が3000円ならビックリするような価格だが、これが居酒屋のコース料理なら、安いチェーン店ならそんなものか、と言った水準だろう。

一方でフレンチのコースが3000円ならば「随分安いけど中身は大丈夫?」と心配になる水準だ。

もちろんこの辺りの感覚は人によっても違うが、多くの人は自分なりの相場で判断をする。

 

「価値と価格」という言い方もあるが、価格もまた価値の一部だ。

価値に対して価格は高いか低いか、つまりコストパフォーマンスが良いか悪いか、客は価値や価格を単体で見るわけでもない。

価値と価格の組み合わせが相対的にバランスが良いか悪いか、つまりコスパで客は判断する。価格が不明瞭であることはそれだけで判断基準を大きく失い、買い控えが発生する。

 

今ではごく一般的になった回転寿司のメリットはただ安いだけではない。

価格が不明瞭な「時価」で提供される高価な寿司への対抗的なサービスとして広がった。

1皿いくらという形で、価格がはっきりしている事はそれだけで顧客への価値となりうることが分かる。

 

日経新聞はアダルトサイト?

以前こんな話も聞いたことがある。有料のニュースサイトとして国内で最大の規模を誇る日経新聞は、紙の新聞価格をほぼそのままネット上で展開しようとしたところ、ネットビジネスに詳しい人から絶対に無理だと笑われたという(現時点で電子版は4200円、紙は4900円、両方同時に利用すると5900円)。

月額4000円で電子新聞が売れるわけが無い、月額4000円も取る事が出来るネットサービスなんてアダルトサイトくらいだ、と。

 

確かに、何でも無料が当たり前のネットで月額4000円も払う文化は一昔前には無かった。

リアルの世界では習い事やスポーツジム等で数千円から1万円程度の費用は珍しくないにも関わらずだ。最近になってやっとサブスクリプションサービスでAdobeが売っているような高価なソフトの利用権に月額数千円を払うようなケースも一般的になった。

 

ペイペイ騒動と消費税とゾゾアリガトウ

価格で人が動く事は珍しくない。歩合の給料をインセンティブと呼ぶが、本来は動機付けという意味だ。収

入の高低が動機づけになるのであれば、支出の高低も動機づけになる。

 

昨年末のpaypay騒動は記憶に新しい。購入価格の2割がポイントで還元される、総額で100億円還元する、という宣伝でビックカメラに行列が出来て新型のipadは軒並み売り切れた。

数か月先までのキャンペーンを見込んでいたが、10日で100億円の予算は使い切ってしまった。

 

何度も大騒ぎしては延長される消費税はわずか数%でありながら消費に大きな影響を与える。

消費税の増税もシンプルに言えば値上げと同じだ。過去には消費税を導入しようと画策したり増税をした政権はほぼ例外なく選挙に負けている。それくらい政治家にとって消費税やその引き上げは鬼門だ。

 

売り手も価格決定権は譲れない領域である。

ゾゾタウンの提供する割引サービスであるZOZOARIGATO(ゾゾアリガトウ・10%の恒常的な値引きサービス)はゾゾタウンに出店するアパレルブランドと亀裂を作り、複数の店舗がブランド価値への影響を理由に撤退を明らかにした。

 

アパレルブランドはセールの時期になれば10%引きどころか50%引きは当たり前、最後の最後になれば8割引きや9割引きで投げ売りすることを考えれば、ブランド価値の維持と言われても苦笑するしかない。

しかし、それでも価格は自社でコントロールしたいという事なのだろう(実際には前澤社長が指摘するようにファッションビル等での値引きはごく普通に行われている)。

 

前澤氏は洋服の原価は2、3割程度とツイッターでつぶやいたことも話題となったが、価格を高くすれば儲かるというほどビジネスは簡単ではない。

値段を上げれば一つ当たりの利益率は高くなるが、販売数量は落ちる。すると全体で見ればコストの回収は難しくなる。なぜなら売上に関係なく発生する固定費(家賃や人件費)が存在するからだ。

 

価格で顧客の動きを「コントロール」する。

ピザの宅配はあえて高値に設定して回転率を落としている。

そうすることで配達の人員・バイクを利益が出る水準でバランスよく回す。その証拠に持ち帰りなら二枚目無料や半額割引など極端な値引きが行われている。

 

その真逆で、いきなりステーキや俺のフレンチは高級料理を立ち食いで提供することにより、低価格を実現している。

飲食店のビジネスモデルを乱暴に要約すれば「固定費(家賃+人件費)を粗利(売上-材料費)でいかにまかなうか?」とシンプルに表現することが出来る。

 

同じスペースでも立ち食いで多数の客を詰め込むことが可能になり、回転率も上がる。

少ない粗利でも多数の顧客と高い回転率で固定費を賄い、利益を積み上げる。

客が少なくシェフが手持ち無沙汰になったり、空席が目立つ状況を避けることで稼働率、原価計算で言う操業度を引き上げ、固定費の無駄遣いを避ける。

結果的に高品質な料理を低価格で提供可能になる。

発想としては「工場をフル稼働させて低価格・高品質な商品を大量生産する」というビジネスモデルに近く、生産性も上がる。

 

このような考え方は偶然やってみたら上手く行ったということではなく、高値・安値どちらでも価格設定がビジネスモデルと密接に結びついていることが分かる。

高価格で大量販売(=人気の高級ブランド)が最も効率は良い事になるが、実際には低価格で大量販売(=ユニクロ型)か、高価格で少量販売(=多くのブランドビジネス)か、どちらが儲かるかはケースバイケースでしかない。

 

消費者としては「なぜこの商品はこの価格なのか?」、売り手としては「この商品はこの価格が本当に最適なのか?」、そんな当たり前を改めて考えてみると面白いかもしれない。

 

 

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中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー、シェアーズカフェ・オンライン編集長

保険を売らず、有料相談のみを提供するFPとして対面で相談・アドバイスを提供。得意分野は住宅購入。

東洋経済オンライン、日経DUALなど経済メディアで情報発信を行うほか、マネー・ビジネス・経済の専門家が書き手として参加するシェアーズカフェ・オンラインを運営中。

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(Photo:Mark Turnauckas)