うつ病は、世間で言われているほど誰でもかかる病気ではない。

と同時に、社会に適応しづらい人ばかりがかかる病気でもない。

 

職場や学校がだんだん辛くなって、精神科や心療内科に行った結果、うつ病と診断される人はままある。

うつ病の背景として、発達障害の傾向やパーソナリティの偏りが見出される人などは、現代社会への適応がとりわけ大変だろう。

うつ病の背景として、とかく大変そうな問題が見え隠れしているケースは確かに珍しくない。

 

ところが、そういった人々とは別に、公私ともに充実している人がうつ病になるケースも何度か見てきた。

今回は、そういう充実した30~40代がかかるタイプのうつ病から学べることを書いてみる。

 

頑張り過ぎてうつ病にかかる、充実した3,40代

「うつ病は心の病気」とよく言われるけれども、「うつ病は神経の病気」でもある。

現代のテクノロジーでは、心の働きと脳の働きを100%に結びつけることはできないけれども、喜怒哀楽やストレスを感じる際には、セロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質が作動し、コルチゾールのようなホルモンが増減していることまではわかっている。

 

だから、たとえ心のレベルではストレスを感じていなくても、神経のレベルで無理を重ねていれば具合が悪くなってしまうことはあり得る。

身体と神経は、心そのものではないかもしれないが、心の土台には違いない。心の土台を痛めつけ続けていると、心のほうにも思わぬ悪影響が出て来ることがある。

 

たとえば、生来健康で出世街道に乗って活躍している30代の会社員。

昇進後も新しい業務をこなし、数年がかりのプロジェクトに携わっていることにも喜びを感じていた。

プライベートな人間関係も充実していて、地域の活動にまで参加している。少し前に流行ったネットスラングで言うなら、”リア充”といったところか。

 

ところが、そのような人が次第に眠れなくなり、いつの間にか体重も少なくなってきて、じきに集中力や持続力の低下を自覚するようになる。

心のレベルでは充実感があり、ストレスや悩みを抱えている自覚も無いのだけれど、「しんどい」という自覚が生じはじめる。

そのうち、眼精疲労や頭痛に悩まされるようになったり、料理や酒の味を楽しめないと感じるようになったりする。

内科で検査をしても異常が見つからずに精神科を紹介され、戸惑いながら受診……といったパターン。
似たようなかたちで、仕事も子育てもバッチリで、コミュニケーション能力も高いアラフォーの女性が受診し、最終的にうつ病と診断されるケースもある。

彼女たちもストレスや悩みの自覚は無く、むしろ充実した生活を過ごしていると感じていた。

色々なことに積極的で、いつも活動的で、元来明るい性格にも関わらず、「段々しんどくなってきて」受診に至る。

 

うつ病には色々なタイプや背景があるが、こういった、ストレスとは無縁だけど「しんどい」人々は、きまって生活が充実している。

いや、生活が過度に充実している、それが問題なのだ。

彼らは決まって、元来の性格と能力の高さをフルに生かして、さまざまな活動をやりまくっている。たいていの場合、人並みかそれ以上の成果もあげている。

 

しかし、やり過ぎてしまっていて、オーバーワークに陥っている。

オーバーワークになってしまっているけれども心のレベルでは充実しているものだから、身体が先に参ってきて、神経にも負荷がかかって消耗しはじめている。

消耗が消耗を呼び、生活に支障が出る水準になった頃には心まで弱っていたりもする。

 

希死念慮や抑うつ気分が乏しく、身体症状や「しんどさ」がメインのことも多く、慢性疲労症候群と診断したくなるかもしれない。

また、患者さん自身が「燃え尽き症候群ではないか」「心身症か自律神経失調症ではないか」といったキーワードを携えて受診されることもままある。

 

だが、それにしては休息と抗うつ薬が劇的に効きすぎる。

休息と薬物療法に加え、診療面接をとおしてオーバーワークに陥っているライフスタイルの再点検がうまくいけば、まずぶり返さない。いずれ、精神科の外来からはいなくなる。

 

「できることが増えてくる」+「身体は年を取っている」

充実した、それほどストレスも感じていない彼らが、なぜ働き盛りの年齢でダウンしてしまうのか?

こういったケースの場合、身体的・社会的な変化にあわせてライフスタイルを変えきれなかったことで、本人も気付かないうちにオーバーワークの水準に達してしまったのだ、と私は考えている。

 

彼らはもともと健康で積極的な20代を過ごし、うまくやっていた。

これまでのライフスタイルで人生の版図を広げてきた自信も持っているし、多少のことではへこたれないだけの強さも持ち合わせている。

 

ただ、そんな彼らでも歳は取っていく。20代の頃には身体が持ちこたえてくれたことも、アラサー、アラフォーと年を重ねてくれば怪しくなってくる。

たいていの人は、歳をとったぶん身体をかばうことを憶えていくものだが、なまじっか健康な人のなかには、そうした自覚の乏しいまま、ガッツに任せて働けてしまえる人がいたりもする。

 

変化は社会的な立場にも及ぶ。

生活の充実したアラサーやアラフォーは、出世、転職、起業、結婚、子育てなどによって社会的役割を増やしていく。

できることだって増えていくだろう。喜ばしいことではあるが、時間的・身体的なやりくりはハードになるし、気を回さなければならないことも増える。

 

目の前のタスクにとにかく取り組んでいれば良かった20代の頃とは違う。手を抜けるところでは手を抜き、欲張り過ぎないところでは欲張り過ぎないすべを身に付けていなければ、増えた社会的役割のぶんだけ負担が増えてしまう。

 

こうした危険性は、成功体験を積み重ねていて、頑強な身体を持っている人のほうが意識しにくい。

挫折経験のある人や病弱な人ならば心得ている、自分自身の限界について自覚の乏しい人が案外いる。だからつい、だいたいこなせる自分自身に任せてやってしまう。もう、若い頃とは事情が違ってきているのに……。

 

「限界を知っておくのも経験のうち」

こうしたタイプの患者さん達から、2つのことが学べるように思う。

 

ひとつは、現在の自分の限界を知っておくことの重要性。

どれほど丈夫で有能な人でも、心身の限界という制約を逃れることはできないし、疲労が蓄積すれば過労に、ときにはうつ病などの病気に繋がってしまう。

心疾患や脳梗塞といった、最悪の病気すら考えられるだろう。

 

そうならないためにも心身の限界をわきまえ、限界を越えてしまわないための意識はどこかで持っておいたほうがいい。

そういう意味では、挫折体験で打ちのめされた人や、もともと病弱な人のやりかたから学べる部分もあるのではないかと思う。

 

もうひとつは、身体的・社会的な変化にあわせてライフスタイルを変えていくことの重要性。

人間という存在がどんどん移ろいゆくものである以上、ライフスタイルはその都度都度にあわせたものにしたほうが絶対にうまくいく。

中学生時代にベストだったライフスタイルが社会人になってから通用しない部分があるのと同じように、働き始めた頃にベストだったライフスタイルが30代~40代になってから通用しない部分があるのは当然のことだ。

 

である以上、私達は変化に対して敏感であったほうが良く、変化を踏まえてライフスタイルを少しずつ変えていったほうが良いのだろう。

もちろんこれは30~40代に限ったものではなく、50代以降にも当てはまるはずなので、「いまどきは可変的なライフスタイルを身に付けたほうが良い」とまとめられる。

 

そういう意味では、30~40代までに一度くらいは心身の限界を意識するようなイベントがあっても良いのかもしれないし、そのようなイベントは、ライフスタイルを見直すきっかけとして案外重要なのかもしれない。

 

とはいえ、病気というのはどれも辛いものだから、「転ばぬ先の杖」の精神で、自分の心身の様子には敏感になっておき、神経や身体を痛めつけすぎないようなライフスタイルを心がけていただきたいと思う。

うまくいっていて充実している時こそ、神経や身体の使いすぎにはご注意を。

 

 

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(2019/6/18更新)

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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(Photo:kıro potkin