「自分がなにをしたいのかわからないんです」
これは、読者の方から何度か寄せられた相談だ。
「他人のわたしがわかるわけないよ……」とも思うけれど、他人になにか道を示してもらいたくなる気持ちもわかる。
だからわたしは、こう聞き返してみた。
「あなたはなにができるんですか」と。
でもこの質問に対し、たいていの人が黙り込んでしまう。
自分がなにをできるのか知らないのなら、なにをしたらいいかなんてわかるわけがないのに。
制限が多いから楽しいバトル漫画『ワールドトリガー』
先日、しんざきさんの『漫画「ワールドトリガー」の、敵が味方になる展開が、滅茶苦茶説得力があって熱いという話。』という記事が公開されていた。
年末年始に10時間かけて夫の実家に帰省するタイミングで、『ワールドトリガー』のkindle版が1〜9巻まで無料と大盤振る舞い。
「こりゃ読むしかない」と読んだら案の定ハマり、最新刊までまとめ買いしたわたしにはタイムリーな記事だった。
ざっくり紹介すると、ワートリには「トリオン」という力によって発動する「トリガー」という武器がある。
その武器を使って異世界からやってくる敵を倒して世界を守る、というのがおおまかなストーリーだ。
トリガーには、銃型や剣型、体を覆って透明になるものなどの種類がある。
ただし無数の種類があるわけではなく、たとえば近接用(接近戦)のトリガーは3つしかないし、すべてのトリガーに長所と短所がある。
どのトリガーを戦場に持っていくかはあらかじめ決めておかなくてはいけないし、セットできるトリガーの数もかぎりがある。
しかも、トリガーを使うには各自のトリオンを使うので、自分のトリオン量に見合った攻撃しかできない。
トリオン量がもともと少ないのにトリオンを弾として飛ばす攻撃をやりまくれば、すぐにトリオン切れになってしまう。
あくまでみんな、自分の能力の範囲、装備の範囲でしか戦わない。戦えない。
インフレしがちなバトル漫画で、こうも制限が多く、しかもそこから逸脱せずに世界観を律儀に守ってる作品はなかなかない。
ジャンプ主人公なのに派手さはないのが「三雲修」
さて、人気漫画『ワールドトリガー』の主人公である三雲修とは、いったいどんな人間なのか。
陽気でカリスマ性があるルフィタイプ?
まっすぐで有言実行するナルトタイプ?
プライドが高く頭脳明晰な夜神月タイプ?
いや、まったくちがう。
マジメで、自分の力を誇示したり誇張したりしない。オレについてこいタイプでもない。
面倒見がいいけど自分の心配は二の次のお人好し。
トリオン量はかなり少なくて、異世界の敵から世界を守る「ボーダー」という組織の試験に落ちるレベル。
見た目は黒髪メガネ。
特殊血統もちなわけでもないし、修だけにつかえる特殊能力なんてものもない。
地味で善良な少年。なんならわりと弱い。
主人公の三雲修とは、そういう人間だ。
それでもわたしは、ワートリのなかで、実は修が1番好きだったりする。
理由は、「できることを一生懸命する」からだ。
急に強くはなれない。だから毎日努力する。
修のチームには、3人のメンバーがいる。
戦い慣れしていて、入隊直後から強い先輩たちをねじ伏せていく遊真。
射程距離や範囲などおかまいなしに、膨大なトリオン量を活かして砲撃するチカ。
特殊なトリガーを使えるうえ、戦闘能力は折り紙つきのヒュース。
一方修は、戦いに明け暮れていたわけでもないし、トリオン量は並以下だし、特殊なトリガーを使えるわけでもない。
「自分が一番弱い」という現実を前に、修は「敵を倒すのはチームメイト頼り」という状況をどうにかしたいと考える。
そこで修はなにをしたか? そう、特殊能力に目覚めたのだ!!
ーーなんてことは、ワートリの世界ではありえない。
個人総合1位である強キャラ太刀川も、「気合いでどうこうなるのは実力が相当近いときだけ」と言い切っている。
「気持ちの強さで勝負が決まるって言っちまったら じゃあ負けた方の気持ちは ショボかったのかって話になるだろ」と。
それが、ワートリの世界なのだ。
というわけで、修は少ないトリオン量で、短い練習時間で、自分はなにができるのかを探し続けた。
味方が狙撃しやすい位置まで敵を誘導したり、チームメイトをカバーできる場所に位置取って敵の注意を引いたり、戦力増強のためにヘッドハントしたり、味方の攻撃を活かすためにサポート系の技を練習したり、それを身につけるために人に頭を下げたり……
ものすごくふつうに、「がんばった」のだ。
チームのために。自分の目的のために。
ジャンプのバトル漫画主人公としては、びっくりするほど地味。
それなのに、それだから応援したくなる。
自分が一番弱くとも、腐らず可能性を模索するのが修の魅力
修のいいところは、
「俺も遊真みたいにガンガン攻めて点が取れれば」とか、
「チカみたいにめちゃくちゃトリオン量があれば」とか、
「ヒュースみたいに特殊なトリガーが使えたら」とか、
人を羨んで、できもしないことを夢想して立ち止まらないところだ
「俺にもあれができたらなぁ」「あれさえ使えれば俺だって」と、ふてくされたりしない。
自分がもっているものを使って、必死に勝てる可能性を模索していく。
遊真のように、「経験」という武器があるわけじゃない。
チカのように、「才能」という武器があるわけじゃない。
ヒュースのように、「ほかの人が使えない特殊な能力」という武器があるわけじゃない。
それでも、自分ができることを、ただ一生懸命に。
これは実は、なかなかできることじゃない。たいていどこかで腐ってしまう。
毎回できる範囲で自分の役割を考え、一生懸命それをこなし、修はチームに貢献していく。
たくさんの敵を倒したわけじゃないけれど、それでも「修がいたから勝てた」戦いばかりだ。
持たざる者でも、熱い戦いはできる!
「自分がなにをしたいのかわからない」。
そうやって悩んでいる人は多いと思う。
受験生や就活生でなくとも、「自分は本当にこれをしたいんだろうか」と思う人は、きっとたくさんいる。
そんな人は、まずは自分に向き合って、こう問いかけてみてほしい。
「自分にはなにができるんだろう」と。
自分がなにをできるのか知らなければ、なにをすればいいかなんてわかるわけがない。
「なにもできない」?
いやいや、そんなことはない。
本当に、本当に、自分ができることを真剣にさがしたのか?
できないことにばかり目を向けて、「いいなぁ」「自分なんて」と言っていないか?
そりゃ、経験や才能がある人を見て、「やってらんねーよばーか」という気持ちになることもある。あるよ、ありまくるよ。
わたしはライターとして生活しているけれど、20年間新聞社に勤めたジャーナリスト様に敵うなんて思ってない。
どういう人生送ったらこんな着眼点で記事がかけるんだよ……って読者の方々に膝をつかせるほどのセンスもない。
あったらよかったよ。
でも、そんなこと言ってもしょうがないじゃないか。ないものはないんだから、あるもので戦うしかない。
ドイツの教育制度が専門の大学教授のような知識はないけれど、ドイツの大学に入学して失敗した話なら書ける。
外国人労働者100人に取材……なんて行動力がなくとも、自分が外国人として働いて思ったことなら書ける。
わざわざ不利な土俵に上がってふてくされていても、なにもはじまらない。
身の程を知って、自分の凡庸さを理解してから、背伸びせずにできる範囲で素直に記事を書くようになった。
その結果、ありがたいことにライターとして生活できている。
特別なことはできなくとも、自分だからできることは、なにかしら、どこかしらに転がっているものだ。
「なにをしたいかわからない」「わたしなんて」
そう言う人は、まずは自分と向き合って、自分にはなにができて、なにができないいのかを見つめ直してみてほしい。
上ばっかり見てないで、手元と足元をじっと目を凝らして見てみれば、なにかしら武器になりそうなものがきっとある。
その武器は最強ではないかもしれないけど、あなたを守り、戦うには、十分な強さのはずだ。
持たざる者でも熱い戦いができることは、修が証明してくれているのだから。
あ、ちなみに付き合うならゾエさんがいいです。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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Twitter:amamiya9901
(Photo:Dennis Jarvis)