識学の西田創(つくる)です。

 

2019年に、ワールドカップが開催されたこともあり、日本でラグビーの人気が高まっています。
大変嬉しいことです。

経済効果などラグビーW杯は大成功。人気定着へ日本が推進すべき課題
(集英社スポルティバ)

 

このままラグビー人気が続き、日本の選手層が厚くなることを、私は強く期待しています。

というのも、私は中学生でラグビーを始めて以来、約20年、選手としてフィールドに立ち、そして現在も、母校である立教大学の体育会ラグビー部のヘッドコーチを務めているからです。

 

さらに、2019年は私にとって、ワールドカップが行われたこと以上に、特別なことがあった年でした。ヘッドコーチを務めて4年目の立教大学が「4度目の正直」で対抗戦Aグループ(一部リーグ)に復帰したのです。

立教が「4度目の正直」で成蹊を下し、5年ぶりのA復帰 関東大学対抗戦入れ替え戦
(朝日新聞)

 

これはなにより、選手たちや、チームをサポートしてくださる方々が力を尽くした成果であり、本当に素晴らしいことです。

 

 

一方この経験は、私にとっても大きな実りのある年でした。

実は、上の朝日新聞の記事で取り上げていただいたとおり、今年は大きくチームのマネジメントを変えた年だったからです。

 

今年はOBで元NECの西田創ヘッドコーチ(HC)が勤務先の配慮もあり、働きながらもフルタイムでチームに関われるようになった。

チームは「REMAKE」をスローガンに掲げた。
立教はラグビーに取り組む姿勢、私生活、食事の摂取、フィジカルトレーニングなど、それぞれの改善を一から徹底して取り組んだという。
その結果、Bグループで全勝優勝して入れ替え戦に進み、4年連続で成蹊に挑戦することになった。

立教が「4度目の正直」で成蹊を下し、5年ぶりのA復帰 関東大学対抗戦入れ替え戦(朝日新聞)

 

記事にかかれている通り、昨年は「チームマネジメントの手法」を大きく変えました。

それは、今年、Aグループへの昇格を果たしたことの大きな一つの要因です。

 

そして、その中核は「組織論」や「統計データ」に基づく、科学的マネジメントです

 

スポーツの現場では根性や情熱といった精神論が勝敗を左右する部分は確かに存在すると思います。

しかし、プロスポーツを見てわかるように、あくまでも数字を駆使して確実な強化を積み上げたベースあっての事だと思います。

 

スポーツはその語源からも、勝利を目指しつつも楽しむ要素がなければならないと考えています。

ただ、「楽しむ」にしても「勝つ」にしても、選手が「自分はどうすれば上達するのか」を知らなければならないのは、間違いありません。

 

そのため、今後はどんなスポーツチームであっても、組織マネジメントと同様の知見が求められます。

 

もちろん、私が昨年取り組んだことは、一つの事例に過ぎませんし、安易な一般化はできないと思います。

しかし、私がコーチを務める立教大学のラグビーチームで効果があったことは間違いありません。

 

また、この知見が組織運営に困っている方の何かの役に立つかもしれない、と思いましたので、「我々が何に取り組んだか」をここで述べたいと思います。

 

 

まず結論から述べます。

チームを強くするために、私達が実施したのは

1.チームにとって、選手にとっての「評価基準」を数値(または達成判定可能な形)で定めること

2.その基準に(チームのスタンダード)をクリアしているかどうかを評価(モニタリング→フィードバック)すること

の2つです。

 

シンプルすぎるでしょうか?

しかし、これを徹底するだけで、チームは驚くほど効果的に機能するようになります。

 

これだけではピンとこない、という方もいるかも知れませんので、いくつかの例を、具体的に書きましょう。

 

行動の評価基準

立教大学のラグビー部における、行動の「評価基準」は、大別して3つ有ります。

チームワーク

ジェネラルプレー

ポジションプレー

の3つです。

 

「チームワーク」の例

これは選手全員に、常に求めることとして定義されています。

企業組織で言えば、行動の規範のようなイメージです。実際、これができていないと選手選考のフィールドにも乗りません。以下はそのごく一部分です。

 

 

「ワンチーム・ワンハドル」

「ワンチーム」という言葉は抽象的なため、立教ラグビー部が考える「ワンチーム」を行動として定義しています。

例えば、以下のようなことです。

 

・発言者の目を見て話を聞く

・どんなシーンであっても、誰かの指示には必ず声を出して返事(反応)をする。

・集合(ハドル)の輪は綺麗な円にし円陣からはみ出さない。

 

「きれいな円陣をつくる」のは、一見なんでもないことのように見えますが、

試合中の作戦会議(ハドル)の際に、ふてくされて円陣から外れたり、ダラダラ後から加わるのは、試合中の意思統一、状況の立て直しに支障をきたしますので、そうした行動を厳しく律するのは重要なことです。

 

「ボディランゲージ」

これも、抽象的ではなく、練習中、試合中に、とってはいけない行動様式を詳細に定義しています。

 

・移動は常にジョギング以上のスピードでする

・手を膝について休まない、目線を地面に向けない(下を向かない)

・「どうせ」「だって」などのネガティブな表現を使わない。

 

「ネガティブな言葉遣い」は、選手全員の士気に関わるので、絶対にこれは許容できません。

厳しく律します。

 

また、「手に膝をついて休まない」は疲れているときに手に膝をついて、下を向いてしまうと酸素を十分に取り入れることができず、かえって回復が遅くなる、という合理的な理由から、これを制限しています。

 

「ジェネラルプレー」の例

選手全員にプレー中に求めることを定義しています。

 

 

「REVIVE」

 

REVIVEとは、英語で「復活」の意味ですが、これも以下のように詳細に定義しています。

 

・地面に倒れてから、1秒で立ち上がり、3秒以内にディフェンスラインを形成する。

(「地面に倒れている」の定義を、両膝もしくは尻が地面についている状態 とする。)

(「ディフェンスラインの形成」の定義は、ディフェンスラインに立ち、マークする相手を指差しで認識できている状態 とする。)

 

「ポジションプレー」の例

ポジション別に、プレー中に求められることを明確にしています。

 

 

スタンドオフ:「2エリアキック」

 

スタンドオフは、キックを蹴るポジションですが、これはキックの定義づけをした言葉です。

例えばペナルティからのロングキックの場合、より深くに陣地を回復するために、2エリア以上前進したキックであったかどうかを数値(%)で評価します。

 

例)

A選手の総キック数:10
キックの飛距離
0エリア前進:1
1エリア前進:3
2エリア前進:5
3エリア前進:1
キック成功率60%

→目標値は90%以上の為、不足の本数が明確になる。

 

BK:「1stストライク」

BKとして、セットプレー(スクラムやラインアウト)からの1次攻撃が成功しているかどうかを定量化しBKのプレイヤーに目標設定します。

 

成功の定義

◎ゲインラインから5m以上前進して、マイボールをキープできている。

〇ゲインラインを越えてボールをキープできている。

△ゲインラインを越えていない。ボールはキープできている。

×ボールを失った。

※上記〇以上を成功と定義し、80%以上の成功率を目標として設定。同時に1stフェーズでトライが取れた数と達成率も積み上げていきます。

 

モニタリング→フィードバックの実施

評価基準を定めただけで選手全員が即座に正確に動き出す訳ではありません。

人の内発的な動機は、行動した結果に対する評価を受け成長感を得ることで高まっていきます。

 

我々は、上のように設定された数値を、練習中や試合中に常にモニタリングし、記録していきます。

そして、選手に結果をフィードバックする、というサイクルを繰り返します。

 

これらが、我々が行ったことの一例です。

 

しかし、なぜこのような基準を定めることが、チームの強化につながるのか。

細かなルールや評価基準を決めることでチームがギスギスしないのか心配だ、そう思う方もいらっしゃるかもしれません。

 

しかし、それは誤解です。

これは、、私の過去の経験からくる、試行錯誤の結果です。

 

「評価される行動の基準を明確に定義すること」は間違いなく、組織の力を向上させます。

つまり、あらゆる事をはっきりと目に見える形にして、「事実」として積みあがる組織マネジメントに変革させていったということになります。

 

 

私が初めて「ラグビー」というスポーツに触れたのは、中学生の時です。

 

地元の福岡は、ラグビーが盛んでした。

父のすすめもあって、ラグビーを始めた私は、このスポーツの面白さに魅了され、地元のラグビーの名門、東福岡高校に進学しました。

その時の「勉強とラグビーを一生懸命やりなさい」という父の言葉は今でもよく覚えています。

 

とはいえ、高校時代、お世辞にも私は優れた選手ではありませんでした。

 

恥を忍んで告白しますと、私は高校時代、3年生の秋までスターティングメンバーであったことは皆無。

反復に耐えられる忍耐は持っていたので、練習だけは毎日、最後まで残ってやっていましたが、平たく言えば「万年補欠」でした。

 

結局、ようやくスターティングメンバーとなったのは、最後の大会の、しかも2戦目から。

それは地道な練習の積み重ねを当時のコーチが認めてくれたという事に加え、スタンドオフだった選手が「西田のほうが、一緒にプレーしやすい」という発言をした事がきっかけでした。

 

私にとってはありがたかったのですが、

スタメンになれるかどうかが「リーダーのさじ加減ひとつ」で左右されてしまうともとらえられます。私にレギュラーを奪われた選手からすると、なぜスタメンを外されたか釈然としない感情もあったと想像します。

選手にとっては、「何をどう頑張ればよいのか」「どうすれば評価されるのか」が今ひとつわからない、釈然としないこともしばしばあるのです。

この時から、選手の評価基準を明確にすべきというおぼろげな感覚は持っていたかもしれません。

 

最後の大会で試合に出場できた私は、いくつかの大学から声がかかりました。

 

大学ラグビーの名門といえば早稲田大学、明治大学が代表的ですが、そこには同じ高校の同級生がトライアウトを受ける事になり、私は今まで誰も同ラグビー部からの進学者がいなかった事もあり、新たな道をつくりたいという思いと、、文武両道で励むことも考え、立教大学を選択しました。

 

ところが、立教大学のラグビー部入部後、私は衝撃を受けました。

 

1年生の時、7勝無敗でBグループ優勝し、Aグループに昇格したチームは、翌年は0勝7敗。

つまり、上位のAグループでは、Bグループでのプレーは全く通用しなかったのです。

 

そもそも「スクラム」の時点で、圧倒的なパワーの差で押し切られてしまい、そもそも試合にならない、という現実がありました。

 

圧倒的な実力差に、私は愕然としました。

あまりのショックに、2年生の時には「自分が満足できるプレーができれば、それで良い」と思い、

とにかく相手のトイメン(マッチアップする選手)と、自分のどちらが良いプレーをしたか、という個人的な勝敗だけにこだわり、ちっぽけなプライドを満たしていた事を思い出します。

大敗するチームにあって、それくらいしか自尊心を保つ手段が当時はなかったのだと思います。

 

ところが先輩にそれを打ち明けたところ、

「お前がそんなふうに考えていたのは、とてもショックだ。お前にはチームを導いてほしい」

と言われ、私は深く反省しました。

 

ここから私は「チームが勝てないと、結局自分も認めてもらえない」と、いうマインドに切り替わりました。

そして、「チームを強くするにはどうしたらよいか」を本気で考えるようになります。

 

しかし、当時の私ができることは限られていました。

端的に言えば「トップダウンで厳しくチームを律する」という方策です。

 

以前のチームは、

「授業やバイトがあるという理由で練習に来ない」「グランド整備すらまともにやらない」「そもそも練習に全力で取り組まない」「個人練習をやる人が皆無」という状態でした。

 

それらに、メスを入れたのです。

 

まず、練習量をウエイトトレーニング含めて倍上に増やしました。

 

そして私は、真面目に練習に来ないメンバーに対して、容赦なく接しました。

中には「西田にはもうついていけない」というメンバーも居ましたが、勝つためには手を緩めるわけには行きません。

 

「この基準でできないなら、チームを去る事を引き止めるつもりはない」と告げることもあり、同級生14人は、7人にまで減りました。

 

ただ、これらの施策により、チームの実力は徐々に上がっていきました。

 

しかし「練習時間を長くし、厳しく律する」だけでは、Aチームとの差を埋めるには十分とは思えませんでした。

我々には、練習の「量」だけではなく「質」も欠けていたのです。

 

しかし、リーダーが一人で練習メニューを考え、しかもコーチ役を務める現状では、質の向上をしようにも、限界がありました。

 

 

ところがここで、一人の人物との大きな出会いがありました。

ラグビーの名門である、早稲田大学出身の、松山吾朗さんというコーチを、チームに迎えることができたのです。

 

松山さんは、根本的、かつ劇的な変化を我々にもたらしました。

 

それは、

・ラグビーとはなにか

・ラグビーの勝ち方

という、チーム運営の根本的な哲学、組織マネジメントを導入したことです。

 

松山さんはまず「ラグビーの精神を理解しなさい」、そして「立教のアイデンティティを作りなさい」といいました。

 

これらは、今でも「立教ラグビー宣言」として、部に受け継がれています。

 

要するにこれは、企業では「経営理念」のようなもの、つまり組織運営の背骨に当たるものです。

背骨があることで、我々はあらゆるプレーに、「普遍的な考え方」を適用させることができます。

 

たとえば「立教ラグビー宣言」の第一条は、

「ルールの有無に関わらず、常にフェアの精神で、自らを律してプレーします」

です。

 

これをプレーの原則に落とし込むと、「勝てれば何をやってもいい」や「反則ギリギリのプレーを積極的にやる」という

行動が否定されます。要するに「汚い事はするな」と選手に言える。

 

そうすると、何が起きるのか。

 

反則が減るのです。

それも、劇的に。

 

ラグビーは、反則をすればするほど負ける確率が高まるスポーツですから、この原則は、チームに勝利をもたらします。

組織には「普遍的な理念」が必要であることを、私は深く理解したのです。

 

また、松山さんは「勝ち方」についても言及しました。

「Aグループでそのまま通用する選手は、このチームには4人しか居ない。だから、この4人を、相手のチームの弱点にぶつけるしか、勝ち目はない」

と断言したのです。

 

私はこの発言にも、強い衝撃を受けました。

主力メンバー以外を切り離すようにもとらえられかねない発言ですが、

要するに、「勝つ」ということの本質は、「自身の強み」を生かして「相手の弱み」をつくことなのだと言うのです。

 

理念を備え、戦略を根本的に転換した我々は、Aグループでついに部史上初の「1勝」をあげることができました。

 

そして翌年、私の学生生活最後の年には「大学選手権出場」を目指しましたが、残念ながら実力およばず、1勝にとどまりました。

 

が、確実に実力は向上しており、部員に「Aグループでも十分戦えるのではないか」という気持ちが芽生えていたのは間違いありません。

 

私自身も学生代表に選出され、他の強豪校のメンバーと共に韓国遠征に参加することができました。

 

 

その後、私はNECの実業団チームで10年プレイし、引退とともに、立教ラグビー部のコーチになりました。

 

就任当時、立教ラグビー部はBグループに降格しており、ゼロからの出発でした。

 

もちろん昇格を目指したのですが、当時私は営業職であり、週2回、休日にしか部に顔を出せない、という制約もあり、なかなか思い切ってチームを変革させる事ができませんでした。

 

結果として、3度入れ替え戦に破れ、無念の涙を飲みました。

 

実は、そんなチーム運営に限界を感じ、組織論を模索していたところ、現在の職場にめぐりあったのです。現在は、会社からは業務の一部として、フルタイムでの指導を認めていただいています。

 

また、組織コンサルティングのノウハウを、チームに適用することができる、という恵まれた状況もあり、「行動の基準」を定め、それを徹底する指導が可能になりました。

 

そしてついに、冒頭紹介したように、昨年、立教ラグビー部は大きく前進し、ついにグループAへの昇格を果たした、という次第です。

 

今年、立教ラグビー部はグループAで、史上初の「2勝以上」を目指しています。

これをお読みいただいた方にも、応援いただければ、これほど嬉しいことはありません。

 

選手、および関係者の頑張りに応え、私も努力してまいりたいと思います。

(著書:西田 創)

 

 

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(2024/4/21更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

株式会社識学

人間の意識構造に着目した独自の組織マネジメント理論「識学」を活用した組織コンサルティング会社。同社が運営するメディアでは、マネジメント、リーダーシップをはじめ、組織運営に関する様々なコラムをお届けしています。

webサイト:識学総研

Photo by Hanson Lu on Unsplash