つい先日の「解決法の「とっかかり」をなんとなく把握しておくことが大事だという話」を読んで、思い出したことがあるので、忘れないうちに、ここに言語化しておく。
*
初めて「人類の知識の膨大さ」に触れたのは、大学の研究室で、論文を読んで発表をするという、単純なタスクを与えられたときのことだった。
それまでは、論文1つを読んで、その発表をするなんて、とんでもなく簡単なことだと思っていた。
しかし予想は甘かった。
開始15分で、途方に暮れ、「これはとんでもなく時間がかかる作業だ」と気づいた。
というのも、一つの論文の内容を正確に把握し、その研究の意義を完全に理解しようとすると、その研究の背景となる論文や、先行研究を読まねばならない。
結局、1つの論文を発表するためには、その他に5つも10も、他の論文を読む羽目になる。
予想の5倍、10倍の時間がかかる作業を延々と繰り返し、ようやく発表にこぎつけることができたときには一種の達成感があったが、同時に別のことにも気づいた。
「あらゆる学問の分野に、このような知識の連鎖がある」と。
となれば、私が生涯の全時間を知識の獲得に充てたとしても、獲得できる知識は、全体のほんの一部であり、到底すべてを知ることはできない。
一昔前、The illustrated guide to a Ph.D.(博士号を絵で説明するよ)という記事があったが、「我々が知ることができるのはごくわずか」という事実をよく表している。
これはすでに、図書館に通えばいい、というレベルではまったくない。
博士号ですら、膨大な知識体系の中のごく僅かな一部である。
その事実に、私は圧倒された。
「知識」に溺れる
その後、学校を出て、コンサルティング会社に就職した。
しかし、学生時代と状況は変わらず、私は必要な知識の習得に追われた。
おそらく、コンサルタント同期の皆もそうだったと思う。
「経営戦略」
「コミュニケーション」
「システム開発」
「会計」
「法律」
様々な、覚えなければならない膨大な知識に触れるたびに、読まねばならない本が増えた。
とてもではないが、業務時間だけでは足りない。
しかも、当時の私はそれをすべて理解しなければならないと思っていたため、カバンに常に大量の本を入れていた。
友人の結婚式に出席するときですらそれを持ち歩いていたため、友人から「安達はノイローゼ」と言われた。
もちろん、そんなことをしても知識がすぐに身につくわけではない。
消化不良をおこして、ろくに理解もできないまま時間だけが過ぎていく。
私は完全に行き詰まった。
「知のネットワーク」の存在を知る
そこで私は、社内でも博識であった一人のコンサルタントに相談した。
「どうしても新しい知識を習得するのに時間がかかる。どうやって早く本を読んでいるのか。」と。
すると彼は意外にも「新しい知識を得るのに、あまり本は使わないよ」という。
そこで、私は尋ねた。
「ではどうやって、そのように博識になったのですか?」
「簡単だよ。交換したんだよ。」
意味がわからない、という顔をしている私に、彼は言った。
「いま、仕事でマネジメントの専門知識はそれなりに深くなってきてるよね。」
「はい。」
「その知識をタネにして、お客さんや先生、士業なんかの、専門家に聞けばいいんだよ。コンサルタントはみんなそうしてる。」
「どういうことでしょう?」
「なにか一つのことを極めると、その知識に「交換する価値」がでる。それを持って、他の専門家のところに聞きに行く。お客さんにはいろいろな専門家がいるから、その人達に頼る。」
「人に聞く、ってことですか?」
「いやいや、単純に「教えて下さい」だと、迷惑な人でしょ。苦労して習得した知識は、そんな簡単に教えてくれないよ。そうじゃなくて、自分も専門家として相手に接する。「困ったときには相談して」と言えるようにね。」
そうか。
そうだったのか、と私は思った。
今までは私は「必要な知識はすべて、勉強しないとダメ」と思っていた。
しかし、そうではない。
あるしきい値を超えると、もはや知識の膨大さに、個人が追いつけるレベルではなくなるのだ
その代わりに、「他人の知識」を利用できるようにならねばならない。
言い換えれば、人間は「誰がこれについて詳しい」と知っているだけでもよくなる。
この「知のネットワーク」を利用できることが、人類が圧倒的に他の動物に比べて優れている点である。
しかし「知のネットワーク」に入るには条件がある。
それは、自分も専門家としてネットワークに登録されなければならないこと。
なにか1つでも強みがあれば「知識のネットワーク」の中に入れる。そして、それなりの扱いを受けることができる。
「タネ知識」を作る
最近流行りのNISA。
年始から投資をしていた人は、だいぶ資産が増えただろう。
しかし、投資には元手、つまりタネ銭がいる。
同じように、知識も「タネ知識」によって、アクセスできる知識が爆発的に増える。
それを元手に、「他人の持っている知識」にアクセスできるようになるからだ。
ポイントは「知識を自分で身につける必要がない」という点。
都度、検索エンジンのように、ネットワークにあたるだけでよいので、たくさん知識の交換に応じれば応じるほど、自分の扱える知恵が増殖していく。
それはお金がお金を生むようなものだ。
「こんなこと知らない?」
「●●さんが詳しいよ」
「そういえば、✕✕に困ってるんだけど」
「△△社がそんなことやってたなあ……」
「今度紹介しますよ」
「あ、では◇◇さん含めて、今度一席設けますよ」
といった具合に。
ただし前述した通り、単なる「教えてくん」はダメ。
「もらってばかりの人」は、ネットワークから徐々に排除されてしまう。
「知識のネットワーク」の中では、常に「お前は何を知ってるの?」が問われる。
そのために「交換価値の高い知識」は、常に更新をして、知識のネットワークを活用できるように準備しておかねばならない。
*
先輩のアドバイスを受けて、私はコンサルティング会社の中で、勉強会や読書会の機会を利用し、発表を積極的にするようにした。
先輩たちの「知のネットワーク」に早く入れるようになりたかったからだ。
また、機会があれば、雑誌への寄稿や本の執筆などを積極的に受けるようにした。
「知のネットワーク」への登録を維持するためには、日々の知識の更新が不可欠だからだ。
最近では「リスキリング」の名のもとに、学び直しが推奨されている。
ただし、それはあくまで「タネ知識」を育てるためのプロセスでしかなく、真の学び直しの価値は「知のネットワークへの登録」を目指すところにある。
学んだ知恵は、発信し「他の人が利用できるようにする」事ではじめて、有効に機能する。
そんなことを、先輩に教えてもらったことを思い出した。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
安達裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」55万部(https://amzn.to/49Tivyi)|
◯Twitter:安達裕哉
◯Facebook:安達裕哉
◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書)
頭のいい人が話す前に考えていること
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