激変する新卒採用マーケット

2020年は新卒採用マーケットの大きな転換点となる年でした。

近年1.60倍程度で推移していた有効求人倍率は、新型コロナの影響もあり、2020年10月時点で1.04倍(厚生労働省調べ)まで落ち込み、市場は「売り手」から、「買い手」へと急速に変わりました。

 

そのような中で報道されたのが、トヨタ自動車株式会社(以下トヨタ)の学校推薦撤廃のニュースです。

同社は2022年春に卒業・修了予定の技術職の新卒採用について、学校推薦による採用を廃止し、事務職と同様に自由応募のみとすることを発表しました。

 

なぜトヨタはこのタイミングで学校推薦の撤廃という決断を下したのでしょうか?

 

大学推薦撤廃の狙いは、「多様性の確保」だけなのか?

2018年10月、社長である豊田章男氏が「自動車業界は100年に一度の大変革の時代」と宣言したように、トヨタは今、自動車会社からモビリティカンパニーへと組織変革を進めています。

 

組織変革とそれによるイノベーション実現のためには多様な人材の確保が必須となりますが、そこで問題となるのが、人材の選定基準に偏りのある学校推薦による採用だ、というのが大方の見方です。

 

しかし、多様性の確保という観点のみで大学推薦を撤廃したのでしょうか?

一気に学校推薦を撤廃してしまうデメリット――大学推薦で担保されてきた人材の能力や専門性、人柄などにバラつきが出るリスク、採用コストの大幅増――や、これまで築いてきた大学との関係なども考慮すると、段階的に採用枠を減らして行くなど緩やかな選択肢もあったはずです。

 

トヨタはそれらのリスクやコストを負ってでも決断する意味があると考えたわけですが、そのメリット――これまでの企業文化や価値観をゆさぶり、強い危機感を醸成する、これまで積み上げた技術とそれによる成功体験を持つ中堅社員の意識を変えるなど――は、社内の意識改革が進むことです。

 

中でも筆者が注目したのは、大学推薦撤廃による、新卒人材の自律化の推進という観点です。

 

重要テーマである新人の自律化

人材の「自律化」は企業にとっての普遍的なテーマですが、「新人の自律化」という言葉を頻繁に耳にするようになったのは、テレワークが急速に普及してからです。

本来であれば、入社後に手厚いサポートが必要となる新入社員ですが、テレワークによって日々の業務活動が見えにくくなり、自律的に動いてもらうことが効率的なマネジメントや生産性の向上に欠かせなくなっているのです。

 

そのため、今まさに多くの企業で新人の自律化が重要な育成テーマとなってきています。

特にトヨタのような組織変革とそれによるイノベーションを推し進める企業にとっては、自発的、積極的なコミュニケーションや、失敗を恐れず挑戦する気持ちなど、人材の自律化は急務となっていることでしょう。

 

けれども、一体どのようにして自律的な意識を育てればよいのでしょうか?

 

自律化という言葉の中には企業ごとに様々な意味合いが込められており、一概に答えを出すことはできませんが、どの企業でも共通して語られるのは、働く人の内側から溢れ出すような内発的な動機付けの必要性です。

 

有名なモチベーション理論として、心理学者のエドワード・デシとリチャード・ライアンによる「自己決定理論」があります。

この理論の核は、本人による自己決定性が高いほど内発的な動機が高まり、自律的になるというものです。

自己決定性が高く、内発的に動機付けされた人は、自身の内側から生まれる楽しさや、面白さによって突き動かされるため、自律的に行動するようになるというわけです。

反対に自己決定性が低いと、自分とは関係がないことと感じてしまい、やらされ感や義務感から自律的でなくなってしまいます。

 

 

多くの企業が活用している学校推薦での採用は、企業にとって様々なメリットがありますが、その反面でどうしても企業側も大学側も毎年の推薦枠を埋めなければならないという義務的、外発的な側面が生まれてしまうこともあり、就職活動をする学生にとっては、「自分で決めて勝ち取った!」という強い自己決定性が生まれにくいという側面があります。

 

一方で自由応募により集まる学生は、義務的、外発的な側面があまりないことから、本人の自己決定性が高く、結果として自律性が生まれやすい環境を作ることができるといえます。

 

トヨタが学校推薦を撤廃した裏側には、多様性だけでなくこのような自己決定性に基づいた新入社員の自律性を育てていきたいという狙いがあるのではないでしょうか。

 

今だからこそできるトヨタの採用戦略

トヨタの学校推薦撤廃は、イノベーションによる新たな社会的価値の創造に向けて行われている取り組みの一つであり、多様性の確保はもちろんのこと、組織変革に向けた社内への危機感の醸成や、成功体験を持つ社員の意識変革、そしてこれからの時代の変化に適応していくための新人の自律化など様々な意図があると思われます。

 

また、学校推薦を撤廃する2022年以降の新卒採用マーケットでは、新型コロナの影響から就職活動に強い危機感を持った学生が増えるため「この企業にどうしても入りたい!」という自発性をもった学生が増えることが予想されます。

さらに、今後はしばらく買い手市場が続くことから、より高い能力を持った人材が以前に比べて見つけやすくなるという状況も学校推薦の撤廃を後押ししたことでしょう。

 

これらの意図や状況から、トヨタの学校推薦の撤廃という決断は新卒採用マーケットが激変する今だからこそできる採用戦略といえるかもしれません。

(執筆:寺内 健朗)

 

 

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第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
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【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

グロービス経営大学院

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