SDGsは2030年に全世界が共通で目指すゴールであり、今後10年間に市場から求められるトレンドであるとも言える。

SDGsの169のターゲットには、現在の延長線上では達成が困難と思われるようなムーンショットも多く含まれているが、それに取り組むことこそが新しいイノベーションを生み出すヒントとなる。

 

約12兆ドルの市場が生み出される

2017年のダボス会議で共有された報告書「Better Business, Better World(より約12兆ドルの市場が生み出される良きビジネス より良き世界)」では、持続可能なビジネスモデルに取り組むことでもたらされる経済機会が、2030年までに12兆ドル(約1,340兆円)となり、およそ3億8000万人の雇用を生み出す可能性があることが示された。

具体的には、食料と農業、都市、エネルギーと原材料、健康と福祉の4つの経済システムにおいて、国際的な目標とビジネスチャンスが連動する60の領域(ホットスポット)が提示された。

 

たとえば、SDGsのターゲット11.1では「2030年までに、全ての人々の、適切、安全かつ安価な住宅及び基本的サービスへのアクセスを確保し、スラムを改善する」ことが掲げられている。

 

現在、世界全体で約10億人、およそ8人に1人が家のない状態もしくは、安全でない住環境におかれている。生活の基礎となる適切な住まいがなければ、自然災害や犯罪から身を守ることもできない。

スラムの密集した生活でCOVID-19の感染拡大が懸念されたように、感染症の脅威に晒されないためにも安全で衛生的な住環境は必要不可欠だ。こうした10億人に対して、アフォーダブルな価格の住宅が提供することができれば、大きな経済効果が生まれるだろう。

 

3Dプリンター×デジタル住所で街が生まれる

こうした安全な住まいの提供にイノベーションで応えようとする動きが既に起きている。それが、3Dプリンターによる住宅建設技術の開発だ。

3Dプリンターは、複雑な設計や緻密性が必要とされる医療分野や航空・宇宙分野において活用されているが、建築分野でも新興国における住宅不足や大規模な災害時の仮設住宅建設というニーズに応えるために実用化が進んでいる。

 

たとえば、米国テキサス州にあるICON社とサンフランシスコに拠点を置くNPO団体New Storyは、2018年に移動式の3Dプリンターを使用し、わずか24時間でプリント住宅を建設することに成功している。

建築資材を国内で調達することが可能であり、輸送コストも削減できるため、建設にかかる費用はわずか4,000ドル程度だという。同団体は、これまでにもハイチやエルサルバドルでも住宅の提供を行っており、今後、住宅不足が深刻な開発途上国での事業展開にも期待ができる。

 

さらにドバイでは、2025年までに国内の建築物の25%を3Dプリント技術で建築する計画が発表されている(参考:DUBAI FUTURE FUNDATION)。このような3Dプリンターによる建築技術の進化は業界構造に破壊的な変化をもたらすだろう。

 

もう一つ、注目すべきはGoogleが開発したデジタル住所「Plus Codes」だ。Plus Codesは、緯度経度から世界を碁盤のようなメッシュ状に区切ることで、世界中のあらゆる地点にアルファベットと数字からなる座標を指定する仕組みだ。

この技術を適用することで、住所のない人々にデジタル住所を付与することが可能になる。

 

開発途上国の都市部周辺のスラムに暮らす人々は住所がないことにより、出生登録や教育、銀行口座の開設、医療支援を受ける際など様々な場面で不自由を強いられている。

しかし、Plus Codesによって彼らの住宅にもデジタル住所を割り当てることで、行政サービスを受けられるようにすることができるのだ。インドでは、既に公共サービスに使用されており、ブラジルのサンパウロ市ではPlus Codesによる住所登録が進んでいるという。

 

この2つのイノベーションによって実現するのはどのような未来だろう。スラムが数か月あるいは数週間という短期間の間に新しい街へと生まれ変わる可能性を感じないだろうか。

SDGsのターゲットを起点に考えてみれば、安全な住まいのない10億人に対する住宅提供という巨大な市場が見えてくる。今回は、ターゲット11.1を例に、住宅業界にフォーカスして紹介したが、SDGsには他にも多くのムーンショットが掲げられている。

 

企業が中長期的の経営計画を立案する際、現行の事業目標を起点にするのではなく、SDGsのような世界的・社会的ニーズから事業目標を考えていけば、これまで見えていなかった新しい市場のヒントが得られるはずだ。

企業の持続的な成長を目指すために、SDGsは新市場を拓く羅針盤となるだろう。

 

SDGsが示す数多くのムーンショットは、新しいイノベーションの源泉となる。一方で、企業がサステナビリティに取り組む中では、既存事業においてもサプライチェーンを変化させ、循環型経済への移行が促進される。

SDGsは現在の、大量生産・大量消費・大量廃棄というビジネスモデルの転換を迫るシグナルと言える。

 

SDGsが迫るビジネスモデルの転換

SDGsのゴール12には持続可能な消費と生産のパターンを確保することが掲げられている。

具体的なターゲットとしては以下のように製品の製造過程において自然環境へのマイナスのインパクトを最小限にすることが求められている。

 

12.4 2020年までに、合意された国際的な枠組みに従い、製品ライフサイクルを通じ、環境上適正な化学物質や全ての廃棄物の管理を実現し、人の健康や環境への悪影響を最小化するため、化学物質や廃棄物の大気、水、土壌への放出を大幅に削減する。

12.5 2030年までに、廃棄物の発生防止、削減、再生利用及び再利用により、廃棄物の発生を大幅に削減する。

 

こうした観点からサプライチェーンを捉え直してみると、図1に示すように、従来は自社が間接的に関与しているということを認識していなかった原材料の採掘・生産という調達の前段階や、商品を販売した後の廃棄という工程までサプライチェーンの一部として責任を持ち、適切に管理しなければならなくなってきていると言える。

つまり企業がサステナビリティに取り組む上では、その事業活動に関わる複雑なサプライチェーン全体を把握し、自社ビジネスが社会に与える影響を考えなければならない。

 

図1 サステナビリティ基軸で管理するサプライチェーン  筆者作成

 

このような持続可能性を実現するための取り組みを経済全体の枠組みに落とし込んだものが、図2に示すサーキュラー・エコノミー(循環型経済)である。

サーキュラー・エコノミーは、これまでの大量生産・大量消費・大量廃棄という一方通行型のリニア・エコノミー(直線型経済)に対し、単に資源循環の効率化を進めるだけでなく、資源の再利用を前提とした製品デザインを行うなど、既存製品を循環させることで廃棄物の発生そのものをなくし、提供価値の最大化を目指す持続可能な産業モデルである。

 

図2 リニア・エコノミーとサーキュラー・エコノミーの比較
出典:オランダ政府ウェブサイトを参考に筆者作成

 

日本で浸透してきた循環型社会をイメージする方も多いかもしれないが、単に環境への負荷を減らすだけでなく、経済的な価値を同時に実現しようというのがサーキュラー・エコノミーの特徴である。

 

実際にEUでは、「国際競争力の向上」「持続可能な経済成長」「新規雇用創出」といった期待から、サーキュラー・エコノミーの実現を経済成長戦略の一つとして位置づけ、2015年に共通の枠組みとして「サーキュラー・エコノミー・パッケージ」を採択した。

この戦略の中では、企業にも対応を要求する数値的な目標として、野心的な内容が設定されている。

 

・2030年までに加盟国各自治体の廃棄物の65%をリサイクルする

・2030年までに包装廃棄物の75%をリサイクルする

・2030年までにすべての種類の埋め立て廃棄量を最大10%削減する

 

アディダスが実現する完全循環型プロダクト

こうした循環型のプロダクト開発に先進的に取り組んできたのがアディダスだ。

アディダスは海洋プラスチックの問題が顕在化してきた2015年には、PARLEY FOR THE OCEANSと協業し、海洋プラスチック廃棄物から作った素材を採用した世界初のランニングシューズを発表した。

海岸で回収したプラスチックごみを加工工場にてプラスチック片に粉砕し、高性能のポリエステル織糸を生成、2016年から販売を開始し、2019年には1,100万足を製造している。

 

これだけでも十分に先駆的な取り組みと言えるが、2019年4月には、100%リサイクルが可能なランニングシューズ、FUTURECRAFT.LOOPを発表している。

このシューズに使用されているのは熱可塑性ポリウレタン(TPU)という素材のみである。

100%再利用可能な単一素材でシューズを生産することで使用後もシューズを廃棄することなく、原材料を再利用し、そのまま新しいシューズを作ることを可能にしているという。

 

2021年の一般発売に向け、第一世代モデルは世界的ベータ版プログラムとしてすでに展開されている。

さらに同社は、サステナビリティ戦略の大きな柱として、2024年までに全ての製品に100%リサイクルされたポリエステルを採用することを明確に打ち出している。

 

アディダスの事例は、サーキュラー・エコノミーの具現化そのものであり、彼らの革新的な製造プロセスは既存の製造業のビジネスモデルを根底から覆すものになるだろう。

SDGsのターゲットを達成する上でも一つの重要なイノベーションであると言える。

同時に、こうした企業の取り組みは、私たちに消費のあり方を問うている。

 

購買行動の基準に、品質や価格、デザインだけでなくサステナビリティという軸が確立されようとしているのだ。

SDGsが加速させる循環型経済へ対応し、ビジネスモデルを転換させて生き残るか、あるいは新しい競争軸に対応できずに淘汰されてしまうか、今がまさに企業にとっての分水嶺である。

(執筆:本田 龍輔)

 

 

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