今回は組織マネジメントの観点から企業がSDGsに取り組むべき理由として、近年、注目を集めているダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)について取り上げたい。

 

D&Iの意義―ダイバーシティとインクルージョンの違いとは

ダイバーシティと聞くと女性の活躍推進を想起される人も多いかもしれないが、当然ながら性別に限ったものではない。

ダイバーシティ(多様性)とは「様々な差異がある状態」のことであり、性別、年齢、人種など、一目でわかりやすい表層的なダイバーシティと、性質、習慣、考え方、経験、スキルなどの深層的なダイバーシティに分類される。

 

一方、インクルージョン(包摂)は、個人が持つ差異が個性として尊重され、その個性が活かされている状態である。

ビジネスの中で用いられる以前から、教育現場では、障がいを持つ子どもと障がいのない子どもが共に学ぶインクルーシブ教育が進められており、開発援助においても、社会的弱者とされる人々にも恩恵が行き渡るようなインクルーシブな開発が潮流となっている。

 

SDGsの中に多様性という目標は設定されていないが、2030アジェンダの前文には、生物多様性や自然・文化の多様性という表現が繰り返し登場する。

また、包摂は持続可能性の次に多く用いられており、SDGsが目指す世界を語るうえで欠かすことのできない概念である。

SDGsの本質は、「誰ひとり取り残さない」、「すべての人々がよりよく生きられる世界」の実現であり、企業に置き換えて考えれば、「誰もが自らの能力・経験を最大限に発揮し、自己実現に向けて生き生きと働くことのできる組織」の構築であると言えるだろう。

 

近年、経営課題としてD&Iを挙げる企業も増えてきた。

たとえば、スリーエム ジャパン株式会社の昆政彦社長は、経営者に必要な力として真っ先にD&Iの推進力を挙げており、社会の中でマイノリティと呼ばれる人たちが、ハンディキャップを感じない会社をつくる必要があると話している(参考:闘病で気付いたダイバーシティ&インクルージョンの本質

 

 

死活問題としてのD&I

ここまでそもそも論としてD&Iを実現する重要性について述べてきたが、もはやD&Iは企業経営において避けることのできない死活問題となっている。

たとえば、2018年に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、取締役会の構成について「ジェンダーや国際性を含む多様性」を求める記述が記載された。

これを受けて、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントなどの世界的な資産運用会社も、女性取締役がいない企業の取締役選任議案に対し反対する議決権行使の規定を定めるようになってきている。

 

また、障がい者の雇用安定を図るための「障害者雇用促進法」では、全ての事業主に対して法定雇用率が定められており、雇用状況が規定に満たない場合は雇用納付金の納付義務が発生する仕組みになっている。

2020年の改正法案では、違反した場合の罰則として、改善指導や企業名の公表なども盛り込まれており、社会的な信頼を棄損するリスクもある。

法定雇用率は2021年4月に現行の2.2%から2.3%へと引き上げられる予定であり、今後、より一層の雇用促進と、障がい者も働きやすい職場環境や人事制度の整備が急務となるだろう。

 

経営を強化する機会としてのD&Iーコロナ禍でも強い組織へ

前項で述べたのは、投資家対応や法令遵守のためにD&Iに取り組むという消極的な理由だが、近年は、D&Iが実現されている組織の方が変化に強く、イノベーションも生まれやすいという積極的な理由が注目され始めている。

たとえば、2018年に公表されたレポートでは、より多くの女性が労働市場に参画し、労働時間が増え、女性がリーダーシップを発揮するようになれば、2025年の日本のGDPは現状維持の場合に比べて6%、すなわち3,250億ドル(約35兆円)増加すると分析されている(参考:The Power of parity |McKinsey&Company)。

 

また、経団連が2020年に公表したアンケート結果では、D&I推進が経営にもたらす影響の一つとして、障がい者雇用による新規事業開発が挙げられた。

事例では、情報通信業において聴覚障がい者向け情報保障手段として使用していたAI技術が発展し、会議の文字起こし技術として顧客企業などに幅広く使われるなど会社の正式ビジネスソリューションとなった、といった具体例も紹介されている。

こうした新規事業のアイディアは、多様な人材が自らの個性を発現できる環境があってこそ生まれるものといえるだろう(参考:「ポストコロナ時代を見据えたダイバーシティ& インクルージョン推進」に関するアンケート結果|日本経済団体連合会)。

 

同アンケートでは、コロナ以前から働き方改革をはじめとしたD&I推進に取り組んできた企業は、コロナ禍においても事業継続計画の対応がスムーズであったという結果が見られた。

D&Iの実現に取り組むことで、社会的な信頼を獲得し、優秀な人材を確保しやすくなる可能性もある。

また、多様な人材が持つ経験・能力が発揮されることで、同質的な組織よりもイノベーションを生み出しやすくなることも期待できる。

そうした組織であれば、多様な視点や知見が共有され、事業環境変化への感応度や危機対応力も増すと考えられる。

SDGsの思想を組織運営に採りこみ、D&Iを実現することが、これからの経営者に求められている。

(執筆:本田 龍輔)

 

 

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ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
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(2025/6/2更新)

 

 

 

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グロービス経営大学院

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