おれと選挙権

おれはおそらく、生涯で一度しか投票の棄権をしたことがない。

一家離散でごたごたしているとき、それどころではなかったのだ。

その一回を除いて、たぶんすべての選挙に投票してきた。

市議会選挙、県議会選挙、県知事選挙、市長選挙、国政選挙。

 

なぜ、投票するのか。

おれはこの国のあり方について、根本的に疑いを抱いている。

選挙行動は、そのあり方について「現状の肯定の一票になりかねない」という思いすらある。

それでも、投票してきた。

 

一つには、せっかくある権利を行使しないというのはもったいないという感情であり、もう一つは、投票には参加しなくちゃ面白くないぜという思いである。

後者については「馬券を買う」と同じものであると明らかにしておく。

 

というわけで、おれは今までたくさん票を投じてきた。

なんと、与党側に投じたのは一度きりである。

選挙権を得てすぐ、なんかの選挙に出てきた人が、同じ中高一貫校の卒業生だったからだ。

よくわからないが、同じ中高の学生生活を送ってきた人に入れようかと思ったのだ。そんなものだ。

 

そんなもので、今まで選挙に一票を投じてきた。

 

2021年横浜市長選挙

して、2021年の横浜市長選挙というものが現れた。

おれは心底困ってしまった。

どうしても投票したくない立候補者が二人もいる。とはいえ、どちらも有力の候補者である。

それが正しいことかどうかわからないが、マスメディアの事前調査によれば、その二者の対決ということになる。

ときの内閣総理大臣が推す与党系候補と野党統一候補。

 

これには困った。

おれはとくに考えもせず、今まで野党系候補、あるいは全部相乗りの候補に対抗する「独自の戦い」の候補にポイと一票投じてきたからだ。

しかし、今回はそうともいかない。与党系候補も嫌だが、野党系候補も嫌だ。とはいえ、死に票にしたくもない。

 

どちらかがすごく嫌なのか、嫌なのに、より嫌な方に不利になる投票をするべきなのか。

おれは選挙についてこれほど悩んだことはなかった。

 

結果として、おれはマスメディアの事前調査の結果を勘案して、おれなりの投票をした。

それは内緒だ。内緒だけれど、そこに至るまでについては、自らのブログに書かずにはいられなかった。

そのくらい、2021年の横浜市長選挙は難しかった。

 

すべての候補への平等な視線

そんな中で、「これはいいな」と思ったネット上の記事が二つあった。

 

一つは、中学生による全候補者へのインタビューだった。

これがよいな、と思ったのは、全候補者にほぼ分量の差がなくインタビューしていることだった。

「親の言いなりでやらされている」という批判もあるようだったが、ともすれば「泡沫候補」とされている人からも、きちんと話を聞いているのがいいと思ったのだ

。主要メディアの報道では、どうしても有力とされる候補に話が偏ってしまう。

 

そして、選挙後に「これはいいな」と思ったのはこちらの記事である。

畠山理仁さんによる選挙レポートである。

こちらも全候補者について取材しており、いいな、と思ったのである。

今回の横浜市長選挙は、現職市長、与党首相推薦候補、野党統一候補、元神奈川県知事、元他県県知事、元国会議員など、けっこうな面子となったが、それでも全候補者について取材しているのは、すごいなと思ったのだ。

 

やむにやまれぬ思い

この、後者の畠山理仁さんには『黙殺 報じられない無頼系独立候補たちの戦い』という著書があることを知った。

おれはすぐにその本を読むことにした。

 

が、その前に、おれと「無頼系独立候補」について述べておきたい。

おれは2007年の東京都知事選について、こんなブログを書いた。

「ワンランク上のおっさんは政見放送で自分の政策をアピールして東京都知事を目指す!」

タイトルは、その当時の松本人志の番組のフォーマットを借りただけのことであって、とくに「おっさん」に意味があるわけでもない。

 

で、そんな「おっさん」(女性もいる)の政見放送を見た(たぶん半分か)の結果、おれには「最有力候補の石原慎太郎の言うことも、べつに泡沫候補とされている人たちの言うことと変わらねえじゃねえか」という思いだった。

それでも、都民は圧倒的に石原慎太郎に票を投じたし、そうやって石原慎太郎は都知事になった。

 

おれはこのあたりで、「泡沫候補」とされている人たちに、なんらかの思い入れを抱いたように思う。

「私は彼らをあざ笑うわけではありません。皆口をそろえて都民の声を聞きたいという。しがらみのない政治をしたいという。普通の人の政治をしたいという。その思いは共通していることでしょう。我々の多くが日頃感じていることでしょう。もしも私やあなたがあの場に引き出されたら、やっぱり目安箱的なことを言うくらいしかないかもしれません。彼らは、圧倒的に間違っているかもしれない。けれども、そこには‘かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂の精神’がある。俺はそう思う。」

おれはそう書いた。「かくすれば~」は吉田松陰によるものだが、大和魂関係なく、ともかく立候補者たちには「やむにやまれぬ」思いがある。それについては確信した。
<映画『選挙』『立候補』>

『選挙』/監督:想田和弘

マック赤坂は何に怒っているのか? 映画『立候補』を観る

そしておれは、映画『選挙』、そして『立候補』を見た。

あのふざけたような選挙活動をするマック赤坂の怒りを見た。

 

「そんなに政治に文句があるならば、自分が立候補すればいいじゃない」という物言いについて、それはそんなに簡単なものじゃないし、政党の後ろ盾にそれをやろうとする人間の不利について知った。

 

もし供託金没収されても、その金を用意できる人間は限られているし、立候補したところでメディアからは無視される。

それでいいのか。おれにはそういう思いがあった。自分の票が死に票になろうとも、それでいいのか、と。

 

『黙殺 報じられない”無頼系独立候補”たちの戦いを読む

で、おれは畠山理仁さんの『黙殺』を読んだのである。開高健ノンフィクション賞受賞作である。

この本では、マック赤坂をはじめとした「無頼系独立候補」たちの物語が記されている。

「知名度もない市民は、はじめから選挙で勝つことは不可能なのか? どうしてみんなそれをおかしいと思わないのか? みんな、なぜ怒らないんだ? なぜ黙ってるんだ? どうして6割以上もの有権者が投票に行かないで無関心でいられるんだ?」

これが、マック赤坂の原初の叫びである。おれは、これについて同意したい。

 

それでも、いろいろな困難がありながら、立候補する人たちがいる。

「うーん、それじゃ言いますけど、僕、発達障害なんです。頭がちょっと弱いんです。それから、生活保護を受けながらの立候補なんです。

それでもなお、立候補する人がいる。

立候補には煩雑な事務作業がひつようになるという。

それをクリアするのは一つのハードルとなる。

もちろん供託金も必要だ。それを乗り越えて、はじめて立候補者になれる。

 

著者の畠山はこう述べる。

偉人の人生だけに意味があるわけではない。当然ながら、市井の人々にもそれぞれの歴史やドラマがある。

それと同様に、著名候補の訴えだけが素晴らしいわけではない。無名の新人立候補の訴えにも見るべきものがあるし、未来へのヒントがあふれている。

無頼系独立候補の選挙戦を取材していると、何度もこの思いを強くする。

これである。

前述した横浜市長選でも、「無頼系独立候補」の中で、カジノを含めた統合リゾートを計画されていた場所について、「食のテーマパーク」を訴えていた人がいた。

おれはそれを悪くないアイディアだと思った。

 

横浜の身の丈にあった、それでいていわりと集客が見込める施設じゃないかと思ったのだ。

カジノ抜きの大テーマパーク、ハーバーリゾート、そんなのに比べて現実的じゃないのか。

当選者はこれをパクってもいいと思った。

畠山理仁さんによれば「知の共有」、「政策のシェア」、そう表現してもいい。

 

おれはべつに政策に通じているわけでもないし、マーケティングのプロでもない。

でも、「食のテーマパーク」なら失敗もないんじゃないのかな、というていどの話だ。

間違っている可能性もある。

でも、マスメディアから「泡沫候補」と扱われている候補からだって、現実的なアイディアが出されているのだ。

マスメディアは立候補者を公平に扱ってほしい

だから、マスメディアは立候補者を公平に扱ってほしいと思う。

『黙殺』によれば、2016年の東京都知事選挙の際に民放テレビ局が主要三候補とそれ以外18候補について報じた放送時間の割合は「97%対3%」だという。

 

これは、あまりにも不公平ではないのか。おれはそう思う。

とんでもない、ちょっと投票の対象には選びにくい立候補者がいるのは確かだ。

だが、だれがそれを決めるのだ。決めるのは、あくまで有権者だ。

マスメディアがあらかじめ分別して決めていいものではない。

 

立候補者のなかには、サラ金からたくさんの借金をして立候補する人もいる。

家族との仲がおかしくなる人もいる。

それでも、やむにやまれず、自分が立たねばならない、そう思う人がいる。

当選なぞできないと知ったうえでそれをする人がいる。

 

それを無碍にして、地盤を持った二世、三世候補が当選するのが望ましい民主主義の姿なのか。

当選できない者と知った同士で、ポスター貼りやマイクの貸し借りをする候補たちがいるのが望ましい姿なのか。

おれは後者に肩入れしたい。

 

それでもおれは立候補できないけれど

それでも、たぶんおれは立候補することはできない。

それだけの金を工面することはできないし、その勇気がない。

それだけして世の中に訴えたい主義主張もないかもしれない。

 

だからこそ、無頼系独立候補を無視したくはない。

そのやむにやまれぬ心を大切に思いたい。

実際の投票行動とは異なるかもしれない。

 

でも、それを馬鹿にしたりしたくはない。

ひょっとしたら、政党や組織の後ろ盾なく立候補する人のなかに、おれの理想を語っている人がいるかもしれないからだ。

 

東京都知事選挙に立候補した武井直子候補はこういう主張をしたという。

武井の主張:誰しもみんなが愛し愛され慈しむために生まれてきてます。なかよく  たすけって 暮らしましょう。

武井の理想:「誰もがほどほどやっていける社会。/みんなが納得ゆく社会。/毎日ひなたぼっこしていてても赦される社会。」

おれは、これをいいなあと思う。

 

「財源はどうするんだ!」、「納得ってなんなんだ!」という批判が寄せられるのは当然と思う。

思うけれど、政治というものに、こういう理想が入り込んだら、いくらかおれたちは楽に生きられるように思う。そうじゃないのか。

 

おれは、日なたぼっこしていても赦される社会は、「いいなぁ」と思う。

そういう主張を、黙殺する社会は、いささか息苦しいように思う。どうだろうか?

 

 

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(2021/10/21更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

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