とてもおもしろい本を読んだ。

マット・リドレーの”人類とイノベーション:世界は「自由」と「失敗」で進化する”だ。

この本でマット・リドレーはイノベーションは単なる技術革新とは異なり、それまでに築き上げられたテクノロジーの意外な組み合わせにより成されると説く。

 

例えば緑の革命という有名な話がある。

これはハーバー・ボッシュ法という偉大なる技術革新により空気中の窒素を大地へと還元させる事が可能となったもので、いわゆる肥料の開発につながる技術である。

 

僕はこの緑の革命はハーバーボッシュ法が発見された後にそこまで苦労なく実用にまで導入されたものだと思っていたのだが、実際はかなり色々と苦労があったらしい。

この本を読んでハーバーボッシュ法自体の開発の苦労から実用につながるまで様々な難所を知り、単に良いアイディアが想起するだけでは技術は実用できないのだという事を深く納得した。

 

このリドレーの本は現代の生活がどのような技術革新やイノベーションにより成立しているのかを俯瞰するのに大変よい一冊となっている。ぜひ一読をオススメしたい。

 

僕がこの本を読んで思った事の1つに『これって実は逆の現象も結構起きてるんじゃないか?』というものがある。

イノベーションはそれまでに築き上げられた様々な技術の組み合わせにより成されるが、その逆の現象に我々は結構ハマってしまいがちなんじゃないのか。今日はその話をしよう。

 

相手を先生とおだてりゃ全てが丸く収まる

自分の所属する医者界隈の話で恐縮なのだが、この業界は妙に自尊心が高く万能感にあてられてしまった人がポツポツいる。

いい学校を卒業し、就職して医者としてそれなりの地位についた人間の一部がのぼせ上がってしまう気持ちはわからないでもない。

 

いわゆる痛い勘違い君というやつなのだけど、この手の痛い勘違いをしている人は『先生だからご理解いただけると思うのですが…』という枕詞に弱く、そんなテンデ・サッパリな医者が言葉巧みに『先生』と転がされて株や投資用マンションを買わされたりする。

 

僕はこの言葉巧みに転がされる現象は、良くも悪くも本人の肥大した自尊心の問題だと思っていた。

おだてられて気持ちよくなった人間が愚かな意思決定をしているのだろう。それぐらいにしか思っていなかった。

 

けど、最近になってこれらの意思決定は実は『医者としての頭脳』✕『儲かりそうな投資話』の掛け合わせでもって行われる逆イノベーションの結果だという事に気がついた。

この逆イノベーションは実は様々な分野でもって生じている現象で、実に応用範囲が広い。

 

駄目アイディアが組み合わさると逆イノベーションが爆誕する

イノベーションは単体でみたら素朴な技術を組み合わせる事で、まったく異なる次元の技術として世の中を大きく変えてしまう事がある。

 

例えばそれまで土臭いフィールドワークでもってなされていた生物学に、物理や数学の知識が組み合わさる事で、分子生物学という全く新しい概念が萠出した。

あるいはそれまで理想的な人類という過程でもって成立していた経済学に、心理学の知識を組み合わせる事で行動経済学という学問が成立した。

 

これと全く同じように、医者としての知識を持った人間が特定の偏った知識を与えられる事で、儲かりそうな未来を確信する事がある。

 

これが逆イノベーションで『頭のいい自分だけが理解できる儲け話』の本質だ。

本人にとってそれは分子生物学や行動経済学のように『大変に素晴らしいアイディアに満ち溢れた着想』なのだが、残念ながらそれは間違った知識の掛け合わせでもってなされる誤ったナニカでしかない。

 

そういうよくない組み合わせの元で、人は時に大きな過ちを下してしまう。

 

斬新なアイディアの9割は残念ながら実用に耐えられないゴミ

そもそも、分子生物学や行動経済学は物凄く上手くいった極めて稀な例外だ。

 

それまでも、例えば科学や特定の宗教思想や政治・経済といった色々なアイディアの統合は海千山千と試されてきたはずだが、残念ながらその多くは全然うまくいかないで大失敗し、この世から葬り去さられている。

 

斬新なアイディアの9割は残念ながら実用に耐えられないゴミだ。

リドレーの本を読めば、本家本元のイノベーションも膨大な死屍累々の犠牲の上に成り立つものだという事を否が応でも理解するが、本家本元に限りなく遠い逆イノベーション的発想を私達は『優秀な自分は特別だから』と時に盲信してしまう。

 

ヘンテコな投資話に転がされるぐらいならば笑い話で済むが、この逆イノベーションともいえる異なるアイディアの組み合わせは時に社会を大きく狂わせる。

ポルポト政権や文化大革命のような大惨事も、この逆イノベーションの結果だろう。

 

下積み時代の経験は思ってる以上に大きい

いわゆる理系出身の経営者や政治家がなんでヘンテコな人間に組み上がってしまうのかの原因も、この逆イノベーションでもってある程度説明がつく。

 

かつて我が国に理系出身の宰相がいた。

彼は宇宙人とも言われるほどに奇抜なアイディアでもって行動する事で知られていた。

 

僕は長い間、なんで超有名大学の博士号を取れるレベルに頭のいい人が一般人からみてもアレな政策を打ち立てたりするのかがサッパリわからなかった。

だがリドレーのイノベーションの本を読んで、あれは『超絶に頭のいい人間の思考回路』と『鞄持ち等の政治家としての下積み経験がない状態でくだされる政治の意思決定』の組み合わせにより生じた、逆イノベーションの実像なのではないかと思い妙に納得してしまった。

 

どんな業界でもそうなのだが、いわゆる下積み時代に人は徹底して基礎を叩き込まれる。

この下積み時代に学ぶ知識の多くが実は逆イノベーションを起こさない為には非常に重要だ。

 

業界にいる人間にとっては物凄く当たり前のような事でも、一般人からみたら全然当たり前ではない事はたくさんある。

もちろんそういう思い込みでもって技術革新が停滞しているようなケースが全く無いわけでも無いが、多くの場合においてそういう『業界の常識』は暴走しない為の枷となって私達の行動をセーブしてくれる。

 

先の浮かれた医者が『医者としての頭脳』✕『儲かりそうな投資話』で損をしてしまうのは証券会社等での下積み時代知識が医者の脳には全くインストールされていないからだ。

もし彼が証券会社でもって下積み時代を経験し、業界の基礎知識を習得していたら、下手な手を打つ前に手仕舞いできるだろう。

 

これと全く同じ現状が起きたのが冒頭で例にあげた『超絶に頭のいい人間の思考回路』と『鞄持ち等の政治家としての下積み経験がない状態でくだされる政治の意思決定』の組み合わせだ。

 

『業界の常識』が無い人間は良くも悪くもヤバい方向に突き進む。

そしてそれを誰も止めることができない時、大惨事が起きるのだ。

 

なんだかんだで、やっぱりその業界にキチンと下積み時代から居た人が重用される事にはそれなりの意味がある。

生え抜きではない、他業界から引き抜いたハイスペ人材が他職種でロクに使いものにならなかったりするのは、たぶんこれの亜種なのだ。

 

私達は狂わないためにも安易なイノベーションのように見えるものを慎まなければならない

私達はそれまでに勉強した知識を転用しがちな傾向がある。

 

SNSなんかをみていると、例えば昨今のコロナウイルス関連でも様々な業種からワラワラと人が集まってきては、ろくでも無い意見を抱えては放出する姿を山のようにみる事ができる。

 

もちろんそれらの中には珠のように輝く素晴らしいものが一定数ある事もあるだろう。

だが、多くのイノベーションが実用レベルに至るまでに山ほどの失敗となるのと同じく、業界外からの知識を転用して試みられた多くの挑戦は失敗する。

 

その失敗を失敗としてキチンと受け入れられるのならいいのだが、残念ながら多くの人は『業界人は頭が固くて、自分の素晴らしいアイディアを全く理解してくれない』などとのたまい続けていたりする。

 

勘違いはして欲しくないのだが、僕は他職種からのチャレンジのようなもの自体が悪い事だとは思ってはいない。

医者✕投資にしろ、純粋数学✕政治にしろ、それがキチンと失敗を受け入れた上で、その後に試行錯誤が続けられるのなら、色々と見る目はあるだろう。

 

だが、多くの人はまず”失敗した”という現実を直視できない。

自分が誤ったという現実を直視できない人間は、残念ながら壊れたラジオのように繰り返し繰り返し意味をなさない妄言を吐く装置となってしまう。

 

そもそもイノベーションですら山程の失敗を繰り返した上でやっとこさ成立する概念なのだから、他職種の知恵の転用にはそれ以上の失敗を積み上げる必要があると考えるのが妥当だ。

 

失敗を恐れてはいけないし、失敗したと負けを認める事をもっと恐れてはいけない。

その2つができないのなら、他職種からの知恵の拝借は逆イノベーションまっしぐらである。

 

素直な心がけが、巡り巡って自分を助けてくれる

私達は下積み時代は己の誤りを素直に認める事ができる。

『まだ下っ端だし、この業界の事は全然詳しくないのだから、キチンと1から勉強しないとね』という健気な精神は、人をキチンと育て大きくしてくれる。

 

それなのにちょっと成長して一角の人物となったと自覚してしまうと、これが全然できなくなってしまう。

己の過ちを認められず、自分が無知である事も認められない下っ端が全くモノにならないのは誰だってわかるだろう。

 

じゃあ、なんでそれをちょっと成長して一角の人物となったと自覚してしまうとやってしまうのか。

ここに人間が劣化してしまう原因の本質があるんじゃないだろうか?

 

どこのどんな業界に関わるにしろだ。私達は”未知なる何か”に関わる際に、己がその業界では下積みクラスだとして、己の無知をキチンと自覚し、己の過ちをキチンと直視しなくてはいけない。

 

そういう『先生』とおだてられるような姿から最も遠い場所にある人間性を持つものだけが、老いから遠い場所で最後まで真人間として二つの脚で狂わずに立ち続けられるのだろう。

 

せっかくならば、そうありたいものである。

そのためにも私達は上手くいったイノベーションの例から失敗から立ち上がり続ける意思と誤りを認める姿勢の大切さを学ぶべきだ。

 

そういう己の過ちを修正できる可塑的な存在だけが、本物になれるのだから。

 

 

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(2021/10/21更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

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