一時的なブームかと思われたライトノベルはいまだに大人気で、毎月、いや毎日数えきれないほどのシリーズが出版されている。
アニメをチェックすれば毎シーズン数本はラノベ発で、どこの本屋にもラノベコーナーが大きめにとられるほどの人気っぷり。
ラノベを象徴するのは、やはり「異世界転生」だ。
主人公が異世界(剣と魔法があるファンタジー世界)に生まれ変わる、もしくは召喚されて新たな人生を歩む……という作品群である(本記事では異世界転生も異世界転移も、便宜的まとめて「異世界転生」と呼ぶ)。
『無職転生』や『Re:ゼロから始める異世界生活』『転生したらスライムだった件』『盾の勇者の成り上がり』『本好きの下克上』など、有名作品は数知れず。
さてさて、なぜ異世界転生ラノベがこんなにも人気なのか。
よく言われるのは、「粗があってもファンタジーだと押し切れるしゲームやアニメの世界観をトレースすればいいから書きやすい」という書き手の事情と、「現実でダメだった主人公がちがう世界で活躍するのを見てスッキリする」という読み手の心情だ。
たしかに、それは一理あるだろう。
でもわたしは、異世界転生ラノベが人気な理由はもっとシンプルだと思っている。
単純に、「過程がどうであれ結果がよければそれでいい」から、人気なんじゃないだろうか。
すべて「だって転生者だから」で片付くラノベ
最近、『魔道具師ダリヤはうつむかない』というラノベを読んだ。
読み放題対象の1巻だけ読むつもりが、気づいたら7巻まで読み進めてしまうくらい夢中になって。
この作品も異世界転生もので、前世で過労死したOLが異世界に転生し、魔道具師として商会を立ち上げて成功していく物語だ。
でも実は転生要素はかなり少なく、ダリヤがなにか特別な能力を授かって無双するわけではない。
もともと主人公ダリヤの父が魔道具師で、ダリヤはその父の弟子として学ぶ。
そしてその知識と経験をもとに、魔道具を開発していくのだ。
ではどこに転生要素があるかといえば、主に「作品のアイディア」である。
たとえば、魔物討伐部隊の騎士が「暑い沼地で大蛙の討伐をするとき、汗で靴の中が蒸れて困る」とぼやく。
それを聞いたダリヤは、5本指靴下に乾燥魔法を付与してプレゼントして喜ばれる。
ほかにも、魔物討伐遠征中の食事情改善のために魔導コンロを小型化し、遠征に持っていけるようにしたこともある。
要は、魔法で動くカセットコンロみたいなものを作るのだ。
そうやって便利グッズを次々と生み出したことで、ダリヤの商会はどんどん大きくなっていく。
実際に作るためにはさまざまな試行錯誤があるとはいえ、なぜダリヤがそんな画期的な発明をポンポン思いつくかといえば、それは「転生者」だから。
その設定を土台として、スピーディーに物語が広がっていく。
そう、ここでの「異世界転生」設定は、「テンポよくストーリーを進める」ために使われているのだ。
「読者が感情移入しスッキリする」ための設定ではない。
異世界転生は「過程より結果重視」の最たるもの
よくよく考えれば、異世界転生という設定はめちゃくちゃ便利である。
なぜ主人公が強いのか? 転生するときに力をもらったから。
なぜ主人公が短期間で成りあがったのか? 転生する前の知識があるから。
なぜ主人公がモテモテなのか? 転生者としてまわりとは違う存在だから。
説明しなくても、深い理由をつけなくてもOK。
そう、「異世界転生」ならね!
たとえば『魔道具師ダリヤはうつむかない』のなかに、「1時間」という表現が出てくる。
まったく別の世界なのだから、時間の単位が現実世界と同じなのはおかしい。
でもダリヤは転生者だから、「1時間」という表現が出てきてもふしぎではない。
「現代でいう肉まんのような料理」と表現すれば書き手としての説明責任は果たせるし、「中世ヨーロッパのような街並み」と書かれていれば読み手は想像できる。
そう、なんでも「異世界転生だから」で済むのである。
そもそも「なんで異世界に転生するんだ」という疑問も、「だって異世界転生の話だから」で成立しているわけだしね。
もしダリヤが転生者じゃなかったら、「なぜ短期間にさまざまな革新的な発明ができたのか」に深い理由付けが必要になり、その理由付けで読者を納得させなければいけなくなる。
かといって「凡人のダリヤが新しい魔道具を思いつかない」なんてことになったら、話として成り立たない。
でも「異世界転生」であれば、なぜダリヤがいろいろ魔道具を思いつくのかも説明できるし、どんどん物語を進めることができる。
これがミステリーだったら「ご都合主義」と批判されるだろうし、恋愛ものだったら「なぜみんな主人公を好きになるんだ」と疑問を抱かれるだろう。
でも異世界転生ラノベであれば、そのへんはスルーできる。
「なぜそうなったのか」という過程がどうであろうと、結果として物語が盛り上がればそれでいい。
それが、異世界転生ラノベの最大の特徴だと思う。
書き手も読み手も考えずに済む「異世界転生」という万能設定
さてさて、本題はここからだ。
興味深いのは、「過程より結果を重視した物語」であるラノベが、「大人気」という事実である。
それはわたしたちが、考えるのが面倒で楽をしたがっているからじゃないかと思うのだ。
わたしは以前、『「わかりやすい表現でわたしを納得させてみろ」という尊大なクレーム精神は、現代人の病。 』という記事を書いた。
内容は、
・わかりやすいものが評価され、頭を使うものが酷評される現実
・わたしたちは模範的な答えを提示され、「これどおりにしろ」と言われるのに慣れている
・絶対の答えが提示されればだれかと意見の対立をすることもないし、考えなくていいのでとても楽
・だから自分で考えようとせず、だれかに「答えを与えろ」と偉そうに要求するようになってしまったのでは……
という感じだ。
改めて考えると、これはラノベの構造に似ているような気がする。
「異世界転生」というわかりやすい答えがあり、「だからこうなる」という展開を提示されればそれに納得する。
そこに疑問の余地はなく、考える必要もない。
ほかのジャンルであれば、「なぜこの子は主人公が好きなのか」「なぜ主人公は特殊能力を持っているのか」「なぜ主人公はこんなにも早く出世するのか」を掘り下げなければいけないが、すべて「異世界転生」という設定一つで乗り切れる。
設定がシンプルだからこそ、さまざまな説明・解説を省き、物語はどんどん前へと進んでいく。
「自分で答えを模索する必要がない」「深く考えずとも物語についていける」という点が、異世界転生ラノベを人気ジャンルに押し上げた理由じゃないだろうか。
結果だけを楽しむ娯楽が求められている
ここでふと頭をよぎったのは、少し前話題になった「ファスト映画」だ。
短時間であらすじがわかるように映画が要約され、実際に見ていなくとも、「AがBだからCになってラストはD」と理解できるようになっている。
その過程における葛藤や繊細な人間関係は省かれていても、「だからこうなった」という結果はわかる。
それで満足する人が多いからこそ成り立ったのだ。
経過を軽視して結果だけを楽しむ傾向があるのは、なにも映画だけではない。
最近、「ゲーム実況を見るだけで実際にプレイはしないリスナーが増えている」なんて話を聞いたことはないだろうか。
レベリングや金策、アイテム集めのような面倒な作業をせずとも、ただぼーっと配信を見て見て「今作のテイルズはこういうストーリーなんだな」とわかれば十分な人が多いのだ。
YouTubeを見れば、堀江貴文さんやひろゆきさんの発言は切り抜き動画として即座にまとめられ、驚くほどの再生数を記録している。
ビジネス本や自己啓発書が売れればすぐに漫画化され、原作の半分以下の時間で読めるようになって出版される。
自分で考えて、吟味して、消化して、吸収する。
そういう過程は面倒くさい余計なものになり、「はーい結果はこうですよー」と言われたら「わぁい」と飛びつく。
それで十分だし、それで満足だし、それが楽。
モノがあふれる世界で生きていくわたしたちは、いつも情報に囲まれていてとても忙しい。
だから今後は、単純明快、考えずとも結果がわかるようなものがさらに増えていくんじゃないかと思う。
ゆとり教育で詰め込み教育の脱却を目指したり、自分でキャリアを築いていこうと言われたり、議論する能力を身に着けようともてはやされたりしたところで、結局のところ「考えるのは面倒くさい」からね。
だから今後も異世界転生ラノベは人気だろうし、ラノベ読者は増えていくだろう。
わたしたちが、考えることを面倒くさがるかぎり。
というわけで、『魔道具師ダリヤはうつむかない』、おすすめです。
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第4回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第4回テーマ 地方創生×教育
2025年ティネクトでは地方創生に関する話題提供を目的として、トークイベントを定期的に開催しています。地方創生に関心のある企業や個人を対象に、実際の成功事例を深掘りし、地方創生の可能性や具体的なプロセスを語る番組。リスナーが自身の事業や取り組みに活かせるヒントを提供します。
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【ゲスト】
森山正明(もりやま まさあき)
東京都府中市出身、中央大学文学部国史学科卒業。大学生の娘と息子をもつ二児の父。大学卒業後バックパッカーとして世界各地を巡り、その後、北京・香港・シンガポールにて20年間にわたり教育事業に携わる。シンガポールでは約3,000人規模の教育コミュニティを運営。
帰国後は東京、京都を経て、現在は北海道の小規模自治体に在住。2024年7月より同自治体の教育委員会で地域プロジェクトマネージャーを務め、2025年4月からは主幹兼指導主事として教育行政のマネジメントを担当。小規模自治体ならではの特性を活かし、日本の未来教育を見据えた挑戦を続けている。
教育活動家として日本各地の地域コミュニティとも幅広く連携。写真家、動画クリエイター、ライター、ドローンパイロット、ラジオパーソナリティなど多彩な顔を持つ。X(旧Twitter)のフォロワーは約24,000人、Google Mapsローカルガイドレベル10(投稿写真の総ビュー数は7億回以上)。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/6/16更新)
【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
Twitter:amamiya9901
Photo by Dick Thomas Johnson