「このカネをやるから中国に行ってこい。日本の土を踏むな」と兄から言われ、留学資金として渡された200万円。
その金を持って海を渡り、一度は諦めた夢を中華の大地で叶えた男がいる。
上海の室内シミュレーションゴルフ「G.NEXT」で総経理(編集部注:日本で言う社長)を務める森田愁平氏だ。
中国といえば押しも押されぬスポーツ大国。
ところが習近平氏は大のゴルフ嫌いとされ、2015年には全中国共産党員に対して「ゴルフ禁止令」を出したことでも知られている。
ゴリゴリの保守派である習氏の目にゴルフはブルジョワジーの娯楽と映ったのかもしれない。
が、いずれにしろそんなお方が統べる国にゴルフビジネスの可能性があるとは思えないのが普通の感覚だ。
ところが森田氏に言わせれば、中国とは限りなくゴルフのポテンシャル、そして商機に満ちた国なのだという。
昨今のコロナ禍も乗り切り、今や中国ゴルフ界の密かな顔役となった同氏は、中華ビジネスにも一家言を持っている。
なぜ「ゴルフ禁止令」が敷かれる国で事業が成長を続けているのか?
中国ゴルフ界にコロナの影響は本当になかったのか?
そもそも中国ビジネスで成功するための秘訣とは?
大阪出身の森田氏に関西弁丸出しで語り尽くしていただいた。
中国ゴルフはまだまだ伸びるという確信 その根拠はどこにあるのか?
中国には全国でおよそ660コースあると言われていて、そのうち上海近郊に23コースが集中しているんですけども、今は平日でも予約が取れない状態です。こちらは今まさにコロナを乗り越えて、ゴルフというものが大流行しているタイミングなんですね。
感染症とゴルフには関連性があって、2003年に中国ではSARSが発生したんですが、この時も第一次近代ゴルフブームと言われるほど流行りました。当時、中国国内のある富裕層向け雑誌に『空気のいい場所で運動しましょう、例えばゴルフとか』みたいなことが書かれて、実際始める人がいたんですね。
今回のコロナ禍でも、結局家におっても暇やと。旅行に行かれへんからせめて近場でゴルフをしよかという需要が生まれました。
郊外のゴルフ場なら密になりませんし、身体を動かして気晴らしもできます。それに、ドライバーを振ったら1メーターくらいになりますから、オートソーシャルディスタンスになるんで、ゴルフは感染症対策としては完璧なんですよ。
ウチもコロナ発生当初は店を閉めなあかんということで2カ月間ほぼ売上ゼロでしたが、その間に研修をやってサービスを徹底的に見直したりして、2020年は年間計画&前年比を上回る数字を出せました
森田氏によれば中国のゴルフ人口は諸説あるものの、おおよそ200万人とされているそうで、14億という母数を考えれば人口比ではごくわずか。
素人目には「やはり党のお達しが効いているのか……」と思ってしまうのだが、同氏はこの数字を圧倒的伸びしろと捉えている。
共産党の締め付けって言いますけど僕はあれ、健全化やったんやなと考えてます。
それ以前にもゴルフ人気は確実にあってクラブも売れていたんですが、実は贈り物需要が結構大きくて、同じ役人の家にゴルフセットがいくつも送られてその人はやらない、なんていうケースもあったわけです。
売り上げは立つんですけどゴルファーは増えず、中国ゴルフ市場の底上げに繋がっていなかったんですよ
これを平たく言えば、ワイロや接待の道具であったものが禁止令で一般の人も楽しめるレジャーとなり、言葉通り「みんなのゴルフ」になったということだろう。
他にもゴルフが伸びる要素はたくさんあって、今は何よりオリンピックの種目にゴルフが帰ってきています。
あとは『双減』という教育負担を減らす政策絡みで学習塾がどんどんなくなることで、習い事としてのニーズが今以上にゴルフに来るんちゃうかなとも感じています
確かに、中国にとってオリンピックは今なお国威発揚の場であり、さらにこの国の人たちは個人種目にめっぽう強い、というかチーム戦に向かない。
1枚でも多くメダルを獲得すべく、個人技勝負のゴルフに対する国の見方が変わる可能性は充分にある。
もっとも、森田氏はそのような環境変化を待つだけではなく、草の根の活動で自ら市場を広げる努力が大事と語る。
とにかくこの国でゴルファーを増やしていけば、僕たちのビジネスは最終的には上手くいくって考えてます。
例えば、ウチは今年の4月に浙江省寧波市の阪急百貨店さんで新店をオープンしたんですが、寧波にはゴルフ人口が300人くらいしかいなかったんですよ。
アウトドアの練習場がゼロで、ゴルフコースは2カ所あるけど結構遠いんです。そこで店を出すって会社の会議で言ったら『お前あほか』と言われまして。
ただ、この寧波という都市は、ウチの支店がある江蘇省蘇州市と同じくらいの消費力があるんです。でも遊び場所がないから、店を出したらみんなレッスンに来てくれるんちゃうかって思ったんですね。
周りが不安がるんでドキドキしましたけど結果的に大当たりで、たくさんの人がゴルフを始めてくれました。
人を信じて、騙されて それでも成功を掴めた理由とは?
森田氏も、事業が軌道に乗るまでにはさまざまな「中国あるある」の洗礼を受けている。
信じた人に裏切られ、オーナーに金を持ち逃げされて、それでも掴んだチャイナドリームだ。
僕は人を信用し始めたら止まらない性格なんですよ。この人やと思って信じたらハシゴ外されたりとかありましたけど、『あの人おらんかったら俺、今何してるんやろ』とか考えてしまうんですね。
今でも商売では嘘をつかないことが大事やと僕は思ってますし、ライバル店にも何か聞かれたら全部言います。それで今の自分があるし、そういうやり方しか僕にはできないんで、嘘をつかないっていうのは自分の中で曲げたくないことなんです
中国とは「商は詐なり」という言葉を地でいく修羅の国。
親族以外は誰も信じず、騙した分がすなわち利益という考えが普通にまかり通る場所である。
そこで嘘をつかないというのは鴨ネギもいいところ……と感じてしまうが、森田氏のゴルフビジネスは事実、成功している。
その秘訣はどこにあるのだろうか?
現場に出ることやと思います。中国で商売をする以上、現場に出て直接中国の人たちの意見を聞かないといけません。よく日本ではこうだからとか言う人いてますけど、それ言っててこっちで成功してる人を見たことないです。
もちろん、現場の人は好き勝手なこと言ってきますよ。でもそこで、自分の中でここだけは折れへんってところを決めておくんです。
うちの店でいうと、お客様とフレンドリーになるのを認めてません。お金をいただく以上はお客様ですから、敬語でしゃべらなくなったりとか、バイバーイとか、それはあかんと。
それから、中国で大事なのは『即決』でしょうね。下から聞かれたことに対して自分が最高のプレジデントであるためには、部下に『ちょっと考えるわ』っていうのは許されないんです。中国の人って待てないですし、考える奴のことは圧倒的にナメてきます。
僕に聞いてきてる話は、自分が経験や勘に照らし合わせて正しいと思うことを目の前で答えてあげないといけません。その判断の基礎になるのも、やっぱり現場を知ることやと思ってます
この国のゴルフを今よりもっと 面白くしたいという思い
森田氏自身のビジネススタイルは、徹底した現場主義だ。
1年中ほぼ休まず、今日は大連、明日は上海と中国各地を飛び回っている。
すると当然、中国ゴルフのポテンシャルだけでなく、抱えている課題も見えてくる。
市場の拡大に人が追いついていないと感じます。国内で育ってきてはいますけど、まだまだです。
足りない部分は日本からどんどん来てもらえたらいいんですが、『今30万もらってます、50万出してくれるんなら行きます』っていう人では厳しいです。
というか、そのノリで来たらもたないんですよ、暮らしてたら毎日いろいろハプニングがある国ですから。
この国のゴルフ面白くしようっていう人に来て欲しいというのが願いです。
これは例えるならば中国サッカーと同じ。
キャリア終盤で破格のギャランティーを提示され、中国のクラブチームに移籍する選手がいるが、やがて環境に馴染めず去ってゆく。
そうではなく志のある人を求む、ということだろう。
ただ、金以外の動機を見つけにくい国であることもまた事実。森田氏のように図らずも中国に来て、そこでゴルフに生きるというのは、かなりのレアケースであることは間違いない。
僕の場合、中学に入ってから大学2年くらいまでゴルフしかしていなくて、プロゴルファーを諦めた時に思い返すと何も残らないなというところで、6つ歳が離れた兄貴に目の前に200万円を置かれて『中国行け、向こうでゴルフはやるな』でしたから。
それで中国に来て、ゴルフを辞めても何ともないと思ってたら、寂しく感じたというか、俺こんなにゴルフ好きやったんやって、なくなって初めて分かったんです。
結局、語学留学で行ったのに練習場に通い始めて、パーンって打つと当時中国はまだゴルフが発達していないんでみんな寄ってくるわけです。
その気持ちよさが欲しかったというか、男って人からすごいねって言われるのが好きやと思うんですけど、自分にはそれがゴルフしかなかったんですよ。
そういうご縁ですけど、僕いま38で16年間こっちにいてるんで、大人としての人生をほとんど中国で過ごしているんです。この国に育ててもらったなという思いがありますし、何か恩返しができるよう、これからも中国にゴルフを広めていきたいです。
海外ビジネスにそこまで強い目的意識が必ず求められるわけではないし、全く異なるアプローチで成功している方も世の中にはごまんといる。
しかし、森田氏のような志を持ち得れば、異国で困難に直面した時、踏ん張りが効くのではあるまいか。
また、例え失敗したとしても悔いのない挑戦だったと思えるかもしれない。
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【プロフィール】
御堂筋あかり
愛媛県松山市出身。スポーツ新聞記者、月刊誌編集長を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。日本を長く離れているせいか、昔は全く興味のなかった邦楽が心に染みる今日この頃。
Photo by Lo Sarno