世間の皆様に、ずっと申し訳ないと思っていることがある。
私のついた嘘が、とある本の巻末に掲載され続けていることだ。
「この文章術のおかげで、念願だったイベントの開催が実現しました!」
という、たった1行だけの、誰も気に留めないような「実践者の声」だったが、嘘をついた罪悪感が棘のように引っかかり続けて気分が悪い。
実のところ、私は「共感を呼ぶ文章術」なんてものは実践していないし、私が掴んだささやかな成功は、その文章術とは何の関係もなかったのだから。
*
当時の私は、ハンドメイドで雑貨やアクセサリーの制作をしており、できればハンドメイド作家を集めた定期開催イベントの主催もしたいと考えていた。
けれど、作家としては活動を始めてまだ間がなく、人脈も実績もない。
ならばコツコツと地道に活動を続け、少しずつ信用を得ていくのが遠回りに見えて近道だったのだが、私はもっと効率的な近道を探そうとして、脇道へそれてしまっていた。
当時はFacebookが今のように過疎っておらず、賑わいのある時代だった。
私はFacebookグループで知り合ったR君に、「イベントの主催をするにはどうしたらいいだろうか」と相談を持ちかけた。
R君は、速読や「夢を実現させる思考法」「物語を売るセールス方法」「共感を呼ぶ文章術」などのセミナーを繰り返し受講した後に、自らもそれらのセミナーの認定講師としてデビューしていた。
そして、まだデビューしたばかりだということで、経験を積むため無料コンサルの相談者を募集していたのだ。
昔ながらの自己啓発にビジネス要素をくっつけた昨今のセミナービジネスに無知だった私は、何だかすごそうに思えたR君の無料コンサルに飛びつくほど、おめでたかった。
田舎から高速バスに乗って東京まで、遠路はるばるやってきた私を迎えたR君は、手近な喫茶店に入ると、テーブルの上に紙を広げて図形を描き、「共感を呼ぶ文章術」の解説を始めた。
彼によると、8つに分かれたブロックを埋めていくことで、自分の希望を明確化し、その実現に向けて必要な行動、支援者、潜在的顧客層が分かるようになる。
そうすると、誰に何を伝えるべきかが分かり、表現すべきメッセージの輪郭が浮かび上がってくるそうだ。
伝えるべきメッセージのキーワードを付箋に書き出し、それらを伝わりやすい順番になるよう並べ替え、最後にそれをつなぎ合わせて表現を整えれば、共感を呼び、他人に自分の望む行動をとらせる魔法のような文章が完成するらしい。
本当なら夢のような話だ。
だが、R君が付箋に書き出してくれたキーワードは的外れなものばかりだった。
私自身がそもそもの出発点を間違えていたせいなのだが、付箋を並べ直しても魔法の文章はできそうになかったし、当然それをどこかに載せたこともない。
それでもイベント主催が実現したのは、イベント企画会社の知人から
「ゆきさんちの近所の商店街で、地方創生の助成金活用のためイベントを企画することになった。ハンドメイドが今流行ってるらしいから、そのイベントにはハンドメイド作家さんを集めたコーナーも設けたい。あなたに任せるので、出店者を集めてくれないか」
と声がかかったからだ。
R君に相談したタイミングと知人が私に声をかけてくれたタイミングがたまたま前後しただけだったのだが、私は無料で相談に乗ってくれたR君への感謝の気持ちから、
「ありがとう。R君のおかげで目標が早くに実現化しました」
と、お礼のメッセージを送った。
すると、
「素晴らしい!ぜひ、この文章術を開発したNさんにも伝えて欲しい」
と頼まれたのだ。
私はR君の言う通り、N氏にFacebookで友達申請を送り、ゴマをすることにした。
当時のN氏は人気の絶頂だったのだろう。
Facebookの投稿で羨ましい数の「いいね!」とコメントを集めていたので、取り入っておいて損はない人物だと思えたからだ。
そのときN氏は新しい本を執筆中であり、巻末に載せる「実践者の声」の協力者を募集していたので、思慮の浅い私はゴマをすり重ねておこうと企んで、協力を申し出たのだった。
言い訳になるが、この時点では
「私には合っていないけれど、ちゃんと実践できる人には、きっと画期的なメソッドなのだろう。そうでなければ本を2冊も出版できる訳がない。最初の本もビジネス本部門で上位にランキングされたということは、きっと確かな効果が認められているのだ」
と都合よく考え、「悪いものを良いと言ってるわけじゃないのだから」と、自分を正当化してしまった。
しかし、この文章術は流行りのダイエット方法と同じで、一時的な効果はあったとしても、その効果も人気も一過性のものだと気づくのに、さほどの時間はかからなかった。
なぜなら、この「共感を呼ぶ文章術」で書かれた文章に、私自身がすぐ飽きてしまったのだ。
この文章術を駆使したN氏の投稿は、毎回パターンが同じだった。
投稿の頭にキャッチーなタイトルがつけられ、読者の興味をそそる短い文章が続き、「続きはこちらから ↓ 」という台詞で締められ、ブログへと誘導される。
初めて見た時は、確かに新鮮だった。
しばらくは釣り文句に釣られて毎回リンクをクリックし、ブログを読みにも行っていた。けれど、長続きはしなかった。
そりゃ、そうだ。
「成功したその秘密とは? 続きはこちらから ↓ 」
「涙を流したその訳とは? 続きはこちらから ↓ 」
「二人の命運を分けた違いとは? 続きはこちらから ↓ 」
続きが気になってクリックした先には、大したことは書かれていなかったのである。
リンク先にあるのは、ありふれた感動話に、どこかで読んだことのあるビジネス論、人生訓、偉人の名言。
それらを適当に利用した、素人が書いた凡庸な文章だった。
しかもテンプレートを利用して書いているので、内容は違っても構成は同じ。
これではリンク先をクリックしようという気はすぐに失せてしまう。
Nの編み出した文章術は、あくまでも小手先の技でしかなかった。
当然のことながら、多用すればするほど早く飽きられ、効力は落ちてしまう。
Nの文章術に限らず、2010年代半ばには「共感」という言葉や、「共感を呼ぶ」という考え方がどうやら流行っていたようだ。
「これからは共感がキーワード!」だの、「今の時代はエンパシーマーケティングが有効だ!」などといった声が巷に溢れており、「〜〜とは? 続きはこちらから ↓ 」を活用した文章も、ゲップが出るほどあちこちで見るようになった。
その盛り上がりはしばらくの間続いたが、やがて減り始め、いつしか見かけなくなった。
「共感を呼ぶ手法」があまりにも多用された結果、共感を呼ばなくなったのだ。同じ手に何度も引っかかるほど、読者や消費者はバカではない。
「作文が苦手な人でも、この手法でならスラスラと文章が書ける」
「ブログが続かない人でも、この手法でならば書き続けられる」
「文才のない人でも、消費者に思い通りの行動を取らせる魔法のような宣伝文が書ける」
これらの文句は魅力的だが、こうした釣り文句に引っかかる前に、それが本当かどうか少し調べてみて欲しい。
*
私はこの原稿を書くにあたって、久しぶりにN氏が今は何をしているのか検索をしてみた。
すると、
「継続して情報を配信することは力です。なのに、世の中の9割の人はブログを続けられません。かつては私もそうでした。けれど、この共感を呼ぶ文章術のテンプレートを利用することで、楽をしながらサクサク書けるようになったのです」
と言っていた当の本人のブログが、2019年を最後に更新が止まっていたのである。
また、6年前に始めたYouTubeのチャンネル登録者数は700人にも満たず、動画再生回数も微々たるものだ。
あまりに反響がないのでやる気が失せてしまったのだろうが、動画の投稿がほとんどないまま、やはり更新が止まっている。
Facebook以外のSNSも同様だ。
思い通りの結果が出る魔法の文章を書けるはずの当人が、ブログやSNS、YouTubeチャンネルに消費者を誘導できていないのである。
N氏の編み出した文章術を詐欺とは言わないが、効果があったのも結果を出せたのも一時のことで、後はあっという間に流行り廃りの波に飲まれる程度の力しかなかったということだろう。
心を動かす文章術などと言うが、人の心に小手先の技は通用しないのだということがよく分かる。
本人もそれを分かっているのだろう。
現在のN氏はホームページを新しくし、かつては「相手に思い通りの行動を取らせる魔法のような」「想いが伝わる」「思った通りに商品が売れる」と宣伝していたのを修正し、
「共感を呼ぶ文章術とは、伝えることを目的にはしていません。共感をベースにしたコミュニケーションにおいて結果を出すためのメソッドです」
と、何が言いたいのかよく分からない説明に変わっている。
前述した通りブログの更新は止まり、この1年の間は寄稿記事も見当たらない。
どうやらご本人はとっくに文章を書くのをやめてしまっているらしいが、それでも文章術の発案者として、セミナーやオンライン講義、認定講師資格の販売で食い扶持を稼いでいらっしゃる。
私が彼の著書に協力した当時、あるビジネス本界のベストセラー作家が、共感を呼ぶ文章術について、以下のように絶賛していた。
「これは日本を変える文章術だ。今まで作文が大嫌いだった子供たちが、この文章術を教えられると、教師たちを驚かせる文章を喜んで書くようになった。この画期的な文章の指導法は、今にきっと日本中の教育機関で取り入れられるだろう。そして、自らの才能に目覚めていく子供たちを量産するだろう」
それから7年経ったが、教育界でこの文章術が教えられているという話は一切聞かない。
N氏も共感を呼ぶ文章術もこのまま活動が先細り、世間から忘れられてくれれば、私の罪悪感も消えるだろう。
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システム開発やITコンサルティングを経て、
外資系製薬企業で15年以上のITビジネスパートナーとして人事からコマーシャル、 メディカルなど製薬企業の様々な分野のプロジェクトに携わる。
現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
日本発グローバルバイオ製薬企業にむけて、同社の成長基盤の構築に尽力している。
岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
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【著者プロフィール】
マダムユキ
ネットウォッチャー。最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
Twitter:@CrimsonSepia
Photo by Sachina Hobo











