生物学的な加齢と社会的な加齢によって、人生のシーンはどんどん変わっていく。
30代になった頃も、40代になった頃も、目の前に現れた新しい状況や展望に驚かずにいられなかった。
とはいえ驚いてばかりでは、人生の新しいシーンに振り回されるというか、消極的にしか対処できない。
だから私はいつも年上の人々の言葉のなかに人生の未来予測に役立ちそうなヒントを探し、それをあてにしてきた。
でもって、最近立て続けに年上の人のありがたい言葉が視界に入ってきた。
これから紹介する2つのテキストはどちらも参考になるもので、みようによっては、「あなたならどうする?」と問いかけているようにも読める。
これらを皆さんと共有したうえで、今の生を振り絞ること、生き急ぐことについて所感を書いてみたい。
1.「中年になって起業したあの人が引退するだなんて」
はじめに、私が読んで衝撃を受けたブログ記事を紹介する。
50歳以降の男性的な生き方に対する雑感-ICHIROYAのブログ
僕は20年間、会社員をして、40歳で独立して古着屋を始め、62歳で会社を廃業して引退しました。
この記事を書いたICHIROYAさんは60代の男性だが、40歳の時に古着屋を立ち上げ、活躍してきた方である。
40歳から事業を起こすのはタフなことだけど、62歳で廃業と引退を決意するのもタフ……というか決断力のあることだと思う。
でもって、私がこの記事を読んで衝撃を受けたのは、このICHIROYAさんに数年前に会っていて、そのときの印象がここに書いてある内容とはだいぶ違っていたからである。
2015年の10月下旬、私は (株) はてな がバックアップしている服飾業界のオウンドメディアのミーティングに出席するために関西へ出向いた。
そのミーティングの二次会の席上で私はICHIROYAさんとご一緒することになり、中年期以降のエイジングについて色々と意見交換させていただいたのだった。
私よりも一回り年上のICHIROYAさんは、保守的なエイジングをありがたがっていた当時の私にこんな風におっしゃったよう、記憶している。
「熊代さん、40代からそんな風に構えなくていいですよ。年を取ってもまだまだできることはあります。私は40代で事業を始めて、還暦が近づいてきた今でもまだまだ現役です。」
細かいところまでは思い出せないが、とにかく、ICHIROYAさんは還暦近くというにはあまりにもエネルギッシュな人物で、ポジティブで、「まだまだおれがやってやるんだぞ」という意志をびりびり感じさせるのだった。
エネルギーと意志の卓越した年上を前にして、私は正直、タジタジしてしまった。
そして、自分が彼と同じぐらいの年齢になった時、同じようなことを言えるとはまったく思わなかった。
人には素養とか器といったものがあり、何歳になってもエネルギッシュに生きられる人間は限られた例外に過ぎない──そう予測したうえで、きっとICHIROYAさんのようにはなれない自分自身にがっかりもしていたのだ。
ところがそのICHIROYAさんが今回、こんなことを書いてらっしゃった。
そもそも、僕は環境の変化に強いほうです。パソコンが普及しだした頃、ブラインドタッチのできる僕は、人差し指でキーボードを叩く上司たちに、優越感を持ったものです。が、スマホのフリック入力に手こずりはじめ、やがて、インスタなどは億劫になり、若い人に訊ねなければ、インスタを高度には使えなくなりました。
古着屋ですが、売るほうはネットに依存していたので、インスタがピンと来ないのは、大問題です。しかも、古着の競りの仕入れも、20歳ぐらい歳下の人たちに、勝てないことが増えてきました。目の良さ、瞬発力、吸収力などで負けてしまうのです。
50歳頃には、薄々感じて、それでも「古着の世界では」最先端のどこかにいると思っていました。が、60歳になる頃には、老いによる敗北を素直に認めるに至りました。
後継者がいない僕は、コロナ禍もあって、廃業を決めました。
この文章を読んだ時、私は「あれほどエネルギーと意志と機敏に恵まれた人物でも寄る年波には勝てないのか……」と、湯呑みをひっくり返すほど驚いてしまった。
廃業した後のICHIROYAさんは、紆余曲折ののち、アイスホッケーやカラオケといった繋がりのある活動に入っていったという。
このあたりはさすがというか、やっぱりエネルギーと社交力の高い人だと舌を巻くほかない。
それはともかくとして、彼ほどに未来を明るく展望していた人物でさえ、60歳には限界を自覚するという事実は、私を揺さぶるに十分だった。
2.「年を取ったら遊びたいことが遊べなくなるぞ」という警句
でもって追い打ちをかけるように、先日、books&appsにこんな投稿がアップロードされていた。
高齢者に接していると、若い時にもっと楽しんでおいたほうがいい、と強く思います。
テレビゲームも、RPGで街の中を移動するのがすでにかったるいのです。
いま、ニンテンドースイッチの『女神転生V』を少しずつやっているのですが、主人公が死ぬとセーブしたところからやりなおさなければならない、という仕様に何度も怒り狂っています。
筆者であるfujiponさんは、私より少し年上で、50歳になるかならないかぐらいの年齢のドクターだ。
若い頃はマイコンゲームを楽しみ、ファミコンのゲームはパソコンのゲームに比べてぬるいと感じたりもしていたという。
ところがその、ゲーム愛好家としてベテランのなかのベテランであるfujiponさんが、「ゲームで街の中を移動するのがかったるい」「主人公が死んでやりなおす仕様に怒り狂っている」と書いていらっしゃるのである。
ICHIROYAさんがおもに仕事を中心に書き綴っていたのに対し、fujiponさんは趣味や私生活に焦点をあてたうえで、加齢によって難しくなっていく諸々を挙げている。
パソコン趣味やゲーム趣味、ひいてはインターネットすら、年を取ったら前のようには楽しめなくなる。
だから今のうちに楽しんでおきなさい、年を取る前にどれだけ楽しんでおけたのかのストックが大切ですよ──と説くその内容に、私も頷かずにいられない。
私はfujiponさんより少し年下だが、その私も、新作アニメや新作ゲームと向き合う際にだんだん抵抗感をおぼえるようになっている。
いわば、「どっこいしょ」と掛け声をあげなければ新しいアニメやゲームを始められなくなってしまった。
今、いちばん楽なのは、見たことのあるアニメを見直すことや、聞いたことのある音楽を聴き直すことである。
そういう惰性に身を任せてしまうのも良いかもしれないが、ずっとそうしていたら私は何も見えなくなって、何も聴こえなくなってしまうだろう。
疲れ果てた夜には、それでも構わないと思ってしまうこともある。
3.絶望するより、心を、身体を動かせ
エネルギッシュな人ですら老いには勝てないと感じ、ゲーム古強者もだんだんゲームを遊べなくなっていくとしたら、私(たち)は、どうすれば良いのだろう?
この文章で紹介したお二人は、それぞれに出口戦略を語っている──「何かのために必死で戦っている人もいつかは老いるのだから、誰かと共に楽しめることを始めてみなさい」「できないことが増えていく前に思い出や経験を増やしてみなさい」──どちらも違和感をおぼえるものではないし、私も参考にしたいと思う。
でも、それらとは似て非なることを私も思い、決意せずにいられないものだから、それについて最後に記しておきたい。
このお二方に限らず、最近は老いの限界について書かれた文章をネットでよく見かける。
また、老いの限界を口にはしていないけれども、(悪い意味で)限界を体現している人も少なくない。
自分が年を取って変わってしまったこと・変わっていけなくなってしまったことに無自覚のまま活動し続け、晩節を汚し続けているネットアカウントといえば、だいたいわかっていただけるのではないだろうか。
それらを踏まえたうえで、彼らより少し年下の私は何をすべきなのか。
今、私のなかで一番優勢な気持ちは「絶望する暇があるなら、心を、身体を動かせ」だ。
四十代の残りの時間、それと五十代前半の残りの時間を、ラストランのつもりで力いっぱい駆け抜けてみたい。
四十代の後半という境遇は、これもこれで面白い境遇だと私は感じている。
生物学的にはかなり年を取っているし、思春期の人々の歌声がだいぶ聞き取れなくなった。
そのかわり、この年齢になったからこそ見えてきたこと・わかってきたこともたくさんある。
四十代という時間が死んだ魚のような目をしているとは、私はまったく思わない。
だとしたらだ、私に残された幾らかの時間を、余力を、全力で生ききってみたい。
書籍の原稿を書くにしても、ゲームやアニメに親しむにしても、誰かと会って楽しみをシェアするにしても、今のようにそれができる残り時間・残り回数はそれほど多くなく、ひとつずつの機会を噛みしめるように大切にしたい。
そして自分自身の伸びしろなんてたかが知れているとみなしたうえで、今、できることに力いっぱい取り組んでみたい。
平均余命という考え方でみる人は、私の想定を大げさで、早合点で、生き急ぎすぎだとみるかもしれない。
しかし年上の人々の述懐や境遇をみるに、六十歳より先のトライアルは余生とみておくべきだし、そうでなくても人生の一寸先は闇である。
平均余命に基づいたタイムリミットの当て推量など、私はあてにしないぞ。
案外、明日か明後日には私は力尽きているかもしれない。
だとしても、いや、だからこそ、私は今を駆けなければならないのだ。
私は、年上の人が語る人生の話はタイムマシンでやってきた未来人の言葉として受け取ることにしているし、ICHIROYAさんやfujiponさんの文章もそのように受け取った。
だけど、老いの限界がこれからやって来るからといって、悲観的にはなることはない。
逆だ。人生を徹底的に生ききってやると誓う限りにおいて、どんな時間も、どんな年齢も、それは一度きりの、かけがえないものだと、お二方のテキストをとおして再認識した。
私は、川を遡上して産卵する鮭のような、そんな全力疾走の中年として今を生きたい。
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奥田 真輔 氏
システム開発やITコンサルティングを経て、
外資系製薬企業で15年以上のITビジネスパートナーとして人事からコマーシャル、 メディカルなど製薬企業の様々な分野のプロジェクトに携わる。
現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
日本発グローバルバイオ製薬企業にむけて、同社の成長基盤の構築に尽力している。
岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
BOOSTRYでは信託銀行向けSaaSの立ち上げと成長を牽引。
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(2026/01/19更新)
【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。
twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』

Photo by Philippe Leone











