皆さんは、名医の条件といってどんなものを連想しますか。

 

大昔の漫画なら、めちゃくちゃ手術の上手なドクター、何でも治療できるドクターが名医ってことになったのでしょう。

もちろんそんなスーパーマンみたいな医者はいないのですけれど。

 

患者さんに誠実であることや、最新の知識や知見に通じていることを名医の条件として挙げるかたもいらっしゃるでしょう。どちらもすごく大切ですよね。

また、日本のように医療と制度が密接に結びついた国では、制度を詳しく知っていて、患者さんにそれをガイドできることも名医の条件のひとつかもしれません。

 

そうした諸々をあらかじめ断っておいたうえで、今回は、私がしばしば見かけるタイプの名医について今回は紹介します。

なお、諸般の事情により、今回はいろいろとお話を盛ってフィクション性を高めていることをあらかじめお断りしておきます。

 

「わからん」から紹介状をどしどし書くD先生

ここでは仮に、D先生としておきましょうか。D先生は結構有名な大学の医学部を出て、結構すごい研究業績をあげた、アカデミアでは一流のお医者さんでした。

しかしアカデミアで一流であることが、患者さんへの治療で一流とは限らないのも医者の世界。

街の病院に転勤してからのD先生は、「自分は現場の医療、ようわからん」とイントネーションにくせのある関西弁でたびたびおっしゃっていたのでした。

 

でもってこれもアカデミアで一流のお医者さんが時々おっしゃることですが、D先生には「苦手な病気」がいくつかあるのでした。

てんかんの治療には大変詳しく、これは、名医と呼べる領域で間違いように思われるのですが、ASDやADHDといった発達障害や種々の認知症についてはとりわけ苦手だ、とこぼしてらっしゃいました。

もちろんそれらを全く診ないわけではないのですが、それらの患者さんは最初しばらく診た後、どこかの段階でよその病院やドクターに紹介してしまいます。だから彼のもうひとつの口癖は、

 

「あかんあかん。紹介紹介。」だったのでした。

 

だからといって、患者さんが減るかといえばそうでもなく。

てんかんの治療の第一人者として、患者さんを紹介するぶんだけ紹介されて、あっちこっちから患者さんを引き受けてもいらっしゃったのでした。

 

誰に依頼すれば良いのかわかっている人が名医

では、このD先生は「あかん」お医者さんなのでしょうか。

私には、到底そうは思えません。

 

第一に、第一人者と言えるほどの専門領域があって、そこでは縦横無尽に活躍する。

これだけでも名医の条件と言って良い気がします。

少なくとも、他の多くのドクターに解決できない問題をD先生ならば解決できる、そんな領域があるのは間違いありません。

 

でもって第二に、こちらも私は重要だと思うのですが、D先生は自分の「苦手な病気」をよく心得て、誰に紹介すれば患者さんがよく診てもらえるのかを熟知していました。

これも、名医の条件としてプライオリティが高くないですか。

 

どこの業界もそうでしょうけど、いまどきは専門性が高くなり、あらゆる問題をたった独りで解決できる人はなかなかいません。

医療の世界もそうで、手塚治虫の『ブラックジャック』のような名医を夢見る余地はなくなった、と言えるでしょう。

 

ですがブラックジャックにはなれなくても、D先生にはなれるかもしれないのです。

そのためには、自分が得意としている領域がどこで、自分が苦手としている領域がどこかを知悉していなければなりません。

それだけでなく、自分が苦手としている領域のうち、A病は誰に依頼するのが望ましいのか、B病なら誰に任せればうまく解決してくれるのか、そこまで知っていなければなりません。

 

……ということは、名医の条件のひとつとして“地元の同業者コミュニティによく通じていること”を挙げても良いのではないでしょうか。

 

自分の得手不得手を知っているだけでは、まだ足りないのです。

自分の手に負えない患者さんや病気をどこの誰に紹介するのが適切なのか、これをよく知っていなければ、ただの選り好みの激しい医者、ただの苦手の多い医者ってことになってしまうでしょう。

 

コミュニケーションができて、後光が差している人が名医

さて、自分の得手不得手を知り、手に負えない患者さんの紹介先を知っていても、それでもまだちょっと足りません。

D先生には、それらに加えてコミュニケーションの地盤があります。

これも名医の条件のひとつをなしていると思うので、それについても書きます。

 

D先生の紹介状はいまどき珍しい手書きで、字がちょっと汚いのですが、内容はしっかりしていて礼儀正しく、丁寧です。

そうした紹介状をお書きになるのに加えて、地元の同業者コミュニティの会合に頻繁に顔を出し、顔と名前が通っています。

今は新型コロナウイルスの影響で自粛モードになっていますが、もともと、研究会や懇親会や医師会の集まりなどにも足しげく出席し、自分が紹介する/される地域の先生がたと顔パス状態になってらっしゃいました。

 

そうした顔パス状態に加えて、急ぎの相談がある時には電話をかけてきて、これが急ぐべき案件かどうか尋ねたりもします。

顔パス同士の間柄で、電話でこと細かに事情を説明できるのは、医者なら誰でもできることのようで、案外そうとも限りません。

地域連携室やソーシャルワーカーや医療事務の皆さんの力を借りてなお、この、電話でこと細かに事情を説明するのがうまくない医者は案外いたりするものです。私も、正直そこまで得意ではないと自認しています。

この点において、D先生のコミュニケーション能力はきわめて高い、といわざるを得ません。

 

でもってD先生のコミュニケーション能力の高さのさらに背景には、D先生の威光というか後光というか、オーソリティー性も一役買っているのではないか、と私は推測しています。

 

なにしろD先生はアカデミックの第一線で活躍されたお医者さんなのです。

その威光というか後光というかは、D先生が謙遜している時でも現れ出るのです。医者の世界では、アカデミアの第一線で活躍していた来歴はリスペクトの対象になりますし、D先生の場合、そのうえで素の話術の巧みさや人徳、年の功まで加わっているのですからまさに鬼に金棒です。

 

要は、D先生って地域の医療コミュニティの間ではちょっとしたカリスマ的存在なんですよね(地域の患者さんの間では、ちっともそうではありませんが)。

ちょっとしたカリスマ的存在だから、他の先生との連携がうまくいく確率も高く、他の先生に診てもらいたいと思った時にツーカーでそれを成し遂げてしまう。

それでいて慎み深く、自分の力量や得手不得手まで知っている。こうやって挙げてみると、D先生やっぱり名医ですね。やばすぎです。

 

自分の専攻領域にかけては天下無双、そうでない病気については手に負えないとみるや、最適なドクターに紹介するコネというかコミュ力というかを持ちあわせているD先生こそ、ブラックジャック無き現実の医療世界において、名医の称号に最も近い存在ではないでしょうか。

 

このお話はフィクションですが事実無根ではありません

なお、冒頭で断ったとおり、このD先生そのものは架空の人物であり、現実の名医を何人も合成・精製したものだとご想像ください。

 

とはいえ、このD先生の元ネタに相当するようなドクター、D先生の名医条件の7割~8割ぐらいを満たしているドクターは各方面に存在していて、専門領域の治療技術はもちろん、人望良し、コミュニケーション力良し、年の功良しの優れた先輩がたであることは断っておきます。

名医にもいろいろありますが、初診でこういうドクターに巡り合えたらとてもいいなぁと個人的には思っています。

 

 

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(2024/3/26更新)

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo by National Cancer Institute