はじめに

M&Aによって会社を売却する場合には、さまざまな手続きや交渉が必要になります。

経営者自らが主導して行うことはきわめて難しく、専門知識のあるM&Aアドバイザーへの依頼が不可欠と言えるでしょう。

 

M&Aにおいて一般的に必要になる書類・契約書は5種類あります。

アドバイザーと締結する機密保持契約書とアドバイザリー契約書、さらには買手と売手とが締結する基本合意契約書、意向表明書、最終契約書です。

本記事ではM&Aを成立させる過程で必要な契約書について、M&Aの専門家である株式会社エクステンドの岩永敦司さんに詳しく解説していただきました。

 

1.M&Aの基本的な流れとは

経営者が自分の会社を売却すると決めた場合には、まずM&Aの専門家であるアドバイザーを探すところから着手します。

アドバイザーが決まったのちに秘密保持契約を結ぶのが一般的な流れです。

さらにアドバイザーに依頼することが正式に決定した場合には、アドバイザーとアドバイザリー契約を締結します。

 

その後に買手を探して、買手との間で交渉が進んだ場合には意向表明を書面を通じてかわし、その後に基本合意を結び、デューデリジェンス(買収監査)が行われたのちに、最終合意を締結するのが通常の流れです。

つまりM&Aにおいては、5つの書類・契約書を交わすのが一般的なのです。

 

・機密保持契約書(Confidentiality Agreement「CA」/Non-Disclosure Agreement「NDA」)

・アドバイザリー契約書

・意向表明書(Letter of Intent「LOI」)

・基本合意契約書(Memorandum of Understanding「MOU」)

・最終契約書(Definitive Agreement「DA」)

 

機密保持契約書とアドバイザリー契約書は売手とアドバイザーとの間だけではなく、買手とそのアドバイザーの間でも交わされます。

本記事では基本的には売手にとって必要な契約書について解説します。

この5種類の契約書は機密保持契約から順に締結されますが、意向表明書と基本合意契約書は省略される場合もあります。

次の章からそれぞれの契約書について、詳しく解説していきましょう。

 

2.機密保持契約書の基本的知識

M&Aにおける一連の流れの中で、最初に締結されるのが機密保持契約です。

売手から「会社を売りたい」という問い合わせがあった際に、売手から決算資料を始めとする会社の情報を提供してもらうことになるため、そのタイミングで機密保持契約を締結します。詳しく見ていきましょう。

 

(1)売手・買手双方の機密情報を守るための契約書

機密保持契約書は、売手と買手双方の機密情報を守るために交わされる契約書です。

万が一、第三者に機密情報が漏れた場合には損害を被る可能性があるので、機密保持契約の締結は必須となります。

売手が「買手を探している」という情報だけではなく、買手が「売手を探している」という情報が流出してしまうことが問題になるケースも考えられます。

 

上場企業の場合であれば、買収や売却の動きが広まってしまったとしたら、株価に影響を与える可能性が出てくるでしょう。

「あそこの会社、売却するらしいよ」という情報が流れてしまったがゆえに、競合する他社が攻めの姿勢へと経営方針を転換した場合には、情報が漏れたことがマイナスに働いてしまったことになります。

基本的に機密保持契約書は二部作り、売手と買手の双方が押印して保管します。

 

(2)契約書で守られる機密情報の範囲

機密保持契約とは、M&Aにおける交渉の過程で相手から知り得た情報を漏らしてはならないという考え方に基づく契約です。

契約書の中に損害賠償の規定を設けるケースもあります。該当する項目に違反があった場合には損害請求でき、法的拘束力があります。

ネットで調べるとわかる内容のように、一般的に公開されている情報であれば問題ないでしょう。

しかし、当事者以外にはわからない情報が漏れた場合には損害請求されるケースも考えられます。

 

会社の決算内容など、内部の人間しか知らないような情報の取り扱いには注意が必要です。

売却を検討しているという情報が、売手となる会社の従業員や取引先に広まってしまうことも避けなければなりません。

売手の経営者であっても自社の情報を気軽に話してしまわないように、十分な配慮をすることが求められるのです。

 

(3)契約書の有効期限

機密保持契約書の有効期限は、基本的には1年というケースが多いです。

口頭もしくは書面で解除をしてほしいという意志を伝えない限りは、自動更新という形式を取るのが一般的です。

毎回結ぶというよりも、自動的に継続するケースがほとんどと言っていいでしょう。

 

3.アドバイザリー契約書の基本的知識

アドバイザリー契約書とは、アドバイザーが請け負う業務の内容が定められたものです。

ここからはアドバイザリー契約書の基本知識を紹介します。

 

(1)売手・買手とM&Aアドバイザー間で締結する契約書

アドバイザリー契約書には売手とM&Aアドバイザー、買手とM&Aアドバイザーが交わすものの2種類のパターンがあります。

それぞれ契約した相手によって、売手の立場に立って助言するか、売手の立場に立って助言するかが変わるのです。

仲介形式では売手と買手とが同一の仲介会社と契約を結ぶ場合もあります。その場合も仲介会社はそれぞれの相手と契約を結びます。

 

(2)アドバイザーの業務内容

売手と交わすアドバイザリー契約書の内容は、買手を探す業務、M&Aの取引に関する助言、交渉手続きにおけるスケジュールの管理、交渉過程の助言と支援、契約書等の作成支援、顧問弁護士などの外部専門家の紹介など、M&Aに関する全般のアドバイスとなっています。

 

業務内容における注意点としては、最終合意契約の締結までで終了するのが一般的であることです。

アドバイザーの仕事は契約を締結することなので、その後のクロージングに関しては、売手と買手の問題になります。

クロージングで何か問題が発生した場合には、アドバイザーの範囲ではなくなるため注意が必要です。

大手のM&Aアドバイザー会社が、そこから先の業務を別途費用で請け負うという場合もあります。

 

(3)契約書の有効期限

有効期限は一般的に1年というケースが多いです。

解約する場合には1カ月前に通知します。売手が期待するほどアドバイザーが動いてくれない場合に、解除するといったケースが考えられます。

 

(4)アドバイザーの報酬体系

売手がアドバイザリー契約書の中で特にしっかりと確認しておかないといけないのは、報酬の仕組みと金額がどのようになっているかということです。

M&Aアドバイザーへの報酬には、一般的に4つの種類があります。それは契約時に支払う着手金、基本合意時に支払う中間金、契約成立時に支払われる成功報酬、業務委託の開始から契約成立まで定期的に払われる固定報酬の4つです。

M&Aアドバイザーによって、着手金と中間金と成功報酬、着手金と成功報酬、固定報酬など受け取る報酬の種類が変わるので注意が必要になります。

 

成功報酬は、契約時にレーマン方式と呼ばれる方法で売買金額の何%と定められるのが一般的です。

その場合同時に最低報酬が定められている場合もあるので、契約時にしっかり確認しておく必要があります。

例えば成功報酬は売却価格の5%で、最低価格が1千万円という契約内容だったとしましょう。

会社の譲渡代金が2千万円だった場合には5%にあたる100万円ではなくて、最低価格の1千万円がアドバイザーに支払われることになります。

 

譲渡価格に対して報酬の代金が適正なのかどうかが、依頼するアドバイザーを選ぶ際に大きな基準となるのです。

売却価格の何%であるのか、また最低価格がいくらであるのかは、アドバイザー会社の規模によって変わるのが一般的です。

予想される売買金額に対して報酬が高すぎる場合には、案件の規模と依頼する会社の規模感があっていないということになります。

 

(5)アドバイザーの契約形態

アドバイザーとの契約形態には専任と非専任の2つの種類があります。

専任契約は1社と単独で結ぶものです。大手のアドバイザー会社の場合は専任契約を結ぶ必要があるのが一般的です。

専任契約を締結した場合には、契約期間内にほかのアドバイザーに依頼することはできません。

一方の非専任契約である場合は、同時に何社に頼むことへの制限がないのです。それぞれメリットとデメリットが考えられます。

 

専任契約のメリットは「アドバイザーのモチベーションが高くなる」、「情報の漏洩のリスクが低くなる」などです。

一方のデメリットとしては、依頼したアドバイザーに対して不満があった場合も契約期間中はほかのアドバイザーに依頼できないことです。

 

非専任契約のメリットは、広く相手を探せることでしょう。

A社、B社、C社と3社に依頼した場合は、それぞれの情報ネットワークを利用できます。

デメリットとして考えられるのは、アドバイザーのモチベーションが下がる可能性があることです。

また複数のアドバイザーに依頼することによって、情報漏えいのリスクも高くなります。

 

(6)契約前のヒアリング

売手がアドバイザーとアドバイザリー契約を結ぶ前には、基本的にヒアリングを実施します。

希望する譲渡代金やM&A成立までのスケジュール、アドバイザーへの報酬の体系と金額などを確認する必要があるからです。

報酬価格とスピードとが連動している場合もあります。報酬が多少高くても、早く売りたいという場合もあるでしょう。

経営者がバランスを見ながらアドバイザーを選ぶのがいいでしょう。

 

4.意向表明書の基本的知識

意向表明書とは、買手が売手におおよその売却価格の目安やスケジュールなどを示すために提出するものです。

名前のとおり、買手が買収意向を売手に表明することを目的とした契約書です。

売手と買手の面談が行われた後に提出されますが、省略される場合もあります。

 

(1)法的拘束力はない

基本的に意向表明書には法的拘束力がありません。意向表明書の中に但し書きとして、「法的拘束力はありません」という内容の文面が書かれているのが一般的です。

意向表明書に書かれている売却価格も、あくまでも1つの目安になります。価格に関してはデューデリジェンスののちに正式な価格が提示されるからです。

 

買手候補が複数いる場合に、買手が条件を見比べるために利用するものと考えていいいでしょう。

候補が1社だけの場合は、買手の条件を把握して納得がいった場合にはそのまま基本合意に進んでも問題ないでしょう。

 

5.基本合意契約書の基本的知識

基本合意契約書も意向表明書と同じように、省略される場合があります。また法的拘束力を持たないのが一般的です。

 

(1)一般的な基本合意書の内容

一般的な基本合意書の内容となっているのは譲渡される事業の明確な規定、役員や従業員の引き継ぎや雇用条件、デューデリジェンスのスケジュールと調査範囲、最終契約書の締結までのおおよそのスケジュール、独占交渉権の有無などです。

 

(2)独占交渉権

基本合意契約書において最も大きな意味合いを持っているのは、独占交渉権です。

独占交渉権が重要であるのは、基本合意契約書を締結したのちに買手がデューデリジェンスに入るからです。

デューデリジェンスには通常、150万円から300万円くらいの費用が発生します。

 

デューデリジェンスで精査の作業を行っている途中で、売手が「ほかを探します」などと交渉を中止した場合には、買手が大きな損害を被ることになります。

そうした事態を避けるために独占交渉権が設定されているのです。

独占交渉権を獲得できたならば、買手は安心してデューデリジェンスを行えます。

 

(3)法的拘束力

M&A成立までのスケジュールも売却価格もデューデリジェンスによって変更になる可能性があるので、基本合意契約書に記載しても、あくまでも目安以外の意味は持ちません。

正式な価格が決定するわけではないので、法的拘束力がないとされています。

ただし、第何条から何条までは法的拘束力を有するなどと明記することによって、部分的に法的拘束力を持たせることは可能です。

 

基本合意契約書の中で例外的に法的拘束力を持つものとして考えられるのは、独占交渉権と秘密保持契約、それと裁判所所轄です。

裁判所所轄の条項は、トラブルが生じて裁判で争うケースが発生した場合を想定して設けられています。

売手と買手の所在地が東京と福岡のように離れている場合、どちらの管轄の裁判所で扱うのかを取り決めたものとなります。

通常は、原告の管轄内にある第一裁判所で行うのが一般的です。

 

(4)上場企業の適時開示義務

上場企業の買収や売却では、株価に大きな影響を及ぼすことになります。

不公平な状況にならないように、上場企業の場合はルールに則って適時報告する義務があるのです。

特に売手は情報の管理を徹底する必要があります。

 

6.最終契約書の基本的知識

デューデリジェンスが終了したのちに買手と売手が交渉を行い、最終的な売却価格を決定し、交渉結果に基づいて最終契約書を作成します。

この契約書は法的拘束力を持つものとなります。

 

(1)正式かつ最終的な契約書

最終契約書に盛り込まれる内容は、事業を引き継ぐために必要な項目すべてとなります。

通常、基本合意書のボリュームがA4の紙で2~3枚くらいであるとすると、最終契約書は10数枚になるのが一般的です。より具体的に細かく責任の所在が記載されるのです。

最終契約書はスキームによって株式譲渡契約書ないしは事業譲渡契約書という名前になり、それぞれ株式や事業の譲渡内容についてくわしく記載され、法的拘束力を持ちます。

 

(2)表明保証

最終契約書の中で特に重要なのは表明保証です。

売手が買手に対して、デューデリジェンスの際に提出した資料が正しいものであることを表明し、保証するものです。

また法的な手続きをすべて履行済みであること、裁判で揉めている事案がないことを保証するものでもあります。

 

資料の内容が偽りだった場合や経営に関わる重大な問題がある場合には、売却価格が変わってしまう可能性が出てくるでしょう。

双方が正しい情報を開示していない場合は契約自体が破棄になり、それまでにかかった金額を相手方に請求できることが記載されています。

 

(3)解除条件

最終契約書に記載する内容の中で、解除条件はM&Aアドバイザーによって差が出る項目と言えます。

最終契約書を交わして最終合意となったタイミングで第三者に売却の情報を開示すると、その決定を知って従業員がやめてしまう、あるいは取引先が取引停止を決めてしまうというケースも考えられます。

そのままの状態では会社を維持できないとなった場合には、最終合意したのちであったとしても契約を解除できるというのが解除条件の内容です。

 

いかにして不測の事態を想定し、具体的な項目を契約書に盛り込めるかどうかはアドバイザーのスキルや経験値に関わってくる部分となります。

一般的な会社の場合は「従業員をすべて引き継ぐ条件」や「取引先をすべて引き継ぐ条件」などです。

飲食店の場合ならば立地が重要になるので、「不動産の賃貸借契約を変更して引き継げるのが条件」ということも想定すべきでしょう。大手のインターネットショッピングモールに加盟しているネットショップの場合は、「加盟条件を引き継ぐことが条件」となります。

 

M&Aをする場合に、関わってくるのは売手と買手だけではありません。

従業員や取引先、関連する企業など第三者が関わってくるので、最終合意後の情報開示からクロージングまでの間に起こりうることを想定し、条件に盛り込むことが必要になるのです。

 

7.まとめ

M&Aを成立させるための契約書の作成には、かなりの労力が必要となります。

アドバイザリー会社は契約書のひな型を持っているので、効率的な契約書の作成が可能になります。

 

契約書に関して重要なことは2点です。

1点目はアドバイザーのスキルや経験値の差が出るので、経験豊富なアドバイザーに依頼することがM&A成功の鍵を握るということです。

2点目は、アドバイザーはあくまでも助言する立場であり、最終的な決断と責任は経営者に委ねられていることです。

アドバイザー任せにせず、契約書の作成に関わることが求められます。まずは信頼できるアドバイザーを選ぶことから始めてください。

 

(話者:Seven Rich法律事務所 代表弁護士・弁理士 石原 一樹(いしはら かずき))

※本記事は、「株式会社リクルート 事業承継総合センター」からの転載です。

 

 

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■著書プロフィール

株式会社リクルート 事業承継総合センター

㈱リクルートが運営する「M&A仲介会社・買手企業の比較サービス」です。

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