2022年9月の頭、ラスベガスで開催された「ワールドマスター柔術選手権2022」に挑んだ私。
階級別で準優勝、そして無差別級で優勝を手にすることができた。
円安の煽りをモロに受け、エントリーフィーから旅費交通費まで、トータル50万円の超豪華な旅となった今回の試合。
こうなれば当然、手ぶらでは帰れないという思いも強まるわけで、結果的にメダルを持ち帰れたことは安堵につながった。
そしてこの「柔術」という、決してメジャーとはいえない競技の世界大会について、ここ最近見聞きしたことのある人は多いかもしれない。
そう、お笑い芸人であるガリットチュウ・福島善成が、同大会に参戦したからだ。
福島という芸人が柔術を始めたことを私が知ったのは、およそ半年前のこと。
昨今のMMA(総合格闘技)ブームからか、
「とりあえず、怪我が少ない柔術を始めよう!」
という、イージー入会希望者が増えているのは事実。
そのため、福島という人もその流れなのだろうと、興味なさげにネットニュースを読み飛ばした記憶がある。
・・・それにしても著名人は大変だ。
ちょっと何かを始めれば、すぐさまニュースに取り上げられる。その延長で試合に出たって、やれ勝ったの負けたのいちいち発信されるわけで、たまったもんじゃない。
本人だって、変に持ち上げられたらやりにくいだろう。勝手にもてはやされて、勝手に一喜一憂されて、「頼むからほっといてくれ!」と思っているだろうに。
*
柔術界は、帯の色による絶対的なヒエラルキーが存在する。
黒を頂点に茶、紫、青、そして白が底辺となっている。
柔術歴5年の私は、ちょうど真ん中の紫帯。会社でいうところの部長クラスだろうか。
たとえるならば、白帯は新入社員。青帯は新人から中間管理職の一歩手前まで、幅広く存在するステージ。
そして、紫帯という中間管理職を経て役員クラスの茶帯となり、最後は代表取締役=黒帯へと続くのだ。
ちなみに、黒帯取得までには10年かかると言われている。そのため、家庭環境や仕事の変化に対応しつつ、練習を継続しなければならないわけで、想像以上に過酷な長旅なのである。
よって、競技におけるテクニックの向上だけでなく、様々な社会的要因と向き合い、それらを乗り越えられる人間性を持った人物が、黒帯を巻いているといっても過言ではないだろう。
柔術界における中間管理職の私は、部下の面倒見が悪い。そのため、男女問わず自分よりも下の帯を巻く者に対して、まったくもって無関心である。
「己の技術向上のために道場へ通っているわけで、友達をつくるためではないからだ!」
などというカッコいい大義名分を盾に、役員や代表取締役の背中だけを追っていた。
そんなある日、朝練のスパーリング中に、動きのいい青帯が視界に入ってきた。
新入会員だろうか?見たことのない顔である。中肉中背で背の高いその男は、私が思う青帯よりもずっと「柔術」ができていた。
その男こそが、ガリットチュウ・福島だったのだ。
青帯の新人の快進撃
男尊女卑ならぬ黒尊青卑(黒帯を尊敬し、青帯を見下す傾向にある)の私からすると、衝撃に近い驚きだった。
少なくとも自分が青帯の頃は、持ち味といえばパワーのみで技術など皆無。それが福島は、遠目からでも柔術の動きになっていることが確認できる。
(芸能人は一般人とは違うと聞くが、これがその実力なのか?)
認めたくはないが、柔術経験年数の短さからしても明らかに上手い。そしてその時、彼がワールドマスター柔術選手権にエントリーしていることを知った。
*
次に福島と顔を合わせたのは、ラスベガスの試合会場だった。
柔術の試合は、帯色や年齢にもよるが制限時間が設けられている。
福島の試合時間は5分。短時間で勝敗が決まるため、残り時間や獲得ポイントなどを、随時伝える必要がある。
これは柔術あるあるだが、本人が「勝ってる!」と勘違いしていたり、掲示板の点数が正しくなかったり、あとは、ラスト1秒で逆転したりもするので、セコンドや観客の声は非常に重要なのだ。
そこで私は”チームメイト”として、のども張り裂けんばかりに叫んだ。
(つい先日まで「青帯など眼中にない!」と、あれほど偉そうに豪語していたにもかかわらず、福島の実力を知ってからは、急に仲間意識が芽生えたのだ。厚顔無恥とは、まさに私のことである)
世界の大舞台においても、福島の快進撃は止まらなかった。
青帯に昇格して半年ちょっとの彼が、青帯歴の長い外国人相手にバンバン技を繰り出し、見事に勝ち進んでいった。
そしていよいよ準々決勝。メダルは確定したので、あとは色の問題。
……と、ここで無念の敗退となってしまった。
両者の実力はほぼ互角。そして金メダルを手にしたのが対戦相手だったことからも、見応えのある充実した5分間だったことは言うまでもない。
だが結果は、福島が苦杯を喫することとなった。
その日の夜、チームメンバーで食事会を開いた。そこで、各人の考え方について興味深い「衝突」が発生したのである。
黒帯、紫帯、青帯それぞれの言い分
「いやぁ、悔しいっす。気持ちが足りなかったっすね」
うつむきながら福島が呟く。
本人にとっては納得のいかない結果だったかもしれないが、客観的にみれば、この短期間で驚異の成長を遂げた末恐ろしい男である。
そこで私は、紫帯の先輩として福島へアドバイスを贈った。
「練習を続けているとね、テクニックが気持ちを上回るときが来る。気持ちとか気合いみたいなファジーな要素より、確固たる技術が助けてくれるようになるんだよ」
――フッ、決まった。少しばかり柔術をかじった年数が長くてよかった。
すると横から、写真家であり黒帯の大先輩である井賀がカットインしてきた。
「おまえの言っていることは正しい。だがな・・・」
井賀は柔術指導員として、白帯時代から福島を見てきた。
黒帯歴7年、柔術歴は17年を超える井賀。学生時代からボクシングや総合格闘技に身を置き、今もなお、闘いながら写真を撮り続けている。
そんな根っからの勝負師である井賀が、こう教えてくれた。
「今の福島にとって必要なのは、気持ちでいいんだよ。俺もお前と同じことを思っているし、それは正しいと思う。だけど、柔術を始めて間もない福島に対して、技術ばかりを押しつけるのは違うと思うんだ」
現に福島は、日本国内の試合はすべて優勝している。それは紛れもなく、彼の「強い気持ち」が導いた結果だろう。
ましてや黒帯の大先輩の前で、私はなぜしゃしゃり出るような真似をしてしまったのか。顔から火が出るほど恥ずかしいではないか。
「ちょっと待ってよみんな。福島さんはワールドマスターで優勝するために、すべてを賭けて今日までやってきたんだよ?それを技術だのなんだの・・・」
各人各様の言い分に憤慨しながら、そして軽く目を潤ませながら、柔術に関する福島のマネジャーを務める新明(しんみょう)が乗り込んできた。
黒帯歴9年、柔術歴はなんと26年。日本柔術界の黎明期を支えた男、新明。
過去の試合では、今は反則となる「フライングボディアタック」を炸裂させるなど、マットを飛び回る鳥人として観客を楽しませてきた。
そんな鳥人・新明は、当然ながら、柔術に関する酸いも甘いも熟知している。その上で、多忙なスケジュールの福島に対して、柔術の道を切り拓かせた張本人でもあるのだ。
よってその言葉には、競技としての柔術だけでなく、仕事を抱える社会人としての、そして人生における柔術の立ち位置までをも見据えた重みがあった。
「まずはここでひと段落。世界三位という素晴らしい結果を、称賛するべきだと思うんだ」
感極まる鳥人。それを見て私は胃が痛くなる思いがした。
(金輪際、黒帯の前で偉そうな発言は控えよう…)
それにしても今回の出来事は、リアルに三者三様となった。
経験の浅い私は、現段階で知り得た情報を福島に伝えた。
経験豊富な井賀は、今後の成長も踏まえて福島を見守っていた。
そして福島の友人でもある新明は、競技のみならず福島の人生にまで思いを巡らせていた。
柔術に限った話ではないが、立場や経験年数によって得られるものは異なる。ノブレス・オブリージュといえば大袈裟だが、単純に「正しいことだけを伝えればいい」というものでもないだろう。
最後に教訓として、
「会社でいうところの代表取締役に、部長クラスが偉そうに意見するのは避けた方がいい」
ということを学んだ。
どう考えても、恥をかく可能性が高いからだ。
*
それから2週間ほど経ったある日、私は、あのとき福島自身はどう思っていたのかが知りたくて、本人に尋ねてみた。
「正直なところ、フラットな状態ならば誰にも負けないと思っていたので、皆さんの話を聞きながら『は?』って感じでした。頭おかしいですよね、オレ(笑)」
うぅむ。これこそが成長著しい青帯の、正直な感想なのだろう。
そんな本音を伝えてくれた福島は、出張先のホテルでスクワットを500回終えたところだそう。
この調子ならば、来年は手放しで喜べる結果が期待できそうだ。(了)
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システム開発やITコンサルティングを経て、
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現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
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岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
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【著者プロフィール】
URABE(ウラベ)
早稲田卒。学生時代は雀荘のアルバイトに精を出しすぎて留年。社会人になり企業という狭いハコに辟易した頃、たまたま社労士試験に合格し独立。現在はライターと社労士を生業とする。
■Twitter https://twitter.com/uraberica
Photo by :Joshua Jamias










